ヒーローの苛立ち
「チッ! 胸糞わりー」
携帯の掲示板はアクト団がどうとか騒いで腹がムカムカする。
道端の小石を踏み潰すが収まる気配は全くない。
「はいはい。機嫌悪いのは分かったからさっさと仕事するぞ」
何もヒーローだけで生活しているわけではない。他にも仕事はある。というかこっちの方が本職。
詳しいことは良く分からねーが暴力団抑えて白い粉回収したりもするし、借金の取り立てだってする。
「次で最後だから頼むぜ。まあ、やり過ぎない程度にだがな」
この人は上司だ。というか社長。茶髪でサングラスかけて何処ぞかのおっさんに見えるが一応社長だ。
小さな会社だから俺みたいなはみ出しもんにも仕事をくれる。そこんとこは感謝してる。
「で、次はなんすか社長」
別に呼びたくてこう呼んでるわけじゃねー。前はあだ名で呼んでいたが社内で誰も社長と呼んでくれる人がいなかったせいで「あ〜、誰でもいいから社長って呼んでくれねーかな〜」とか愚痴り始めて恩がある俺はそれに従うしかなかった。
「ん〜、そんな難しい仕事じゃないって。いつもみたいに借金の取り立てだから多分和斗出番はないんじゃないの? まあ、お相手が逃げようとしてたらそん時はよろしくね」
こんな風でも社長は仕事が出来る人だ。俺がやるのは大抵雑用か力仕事くらいだ。
「ああ」
「ちょっと社長にその態度はないでしょ。そんなんだから社員にも怖がられてるんだよ」
「すいませんね。でも敬語とか知らねーし指図されるのは嫌いなんだよ」
「ですますを最後につければいいだけだよ」
「知るかよです」
「うん、やっぱいつも通りでいいよ。てかいきなり敬語にされても気持ち悪いだけなんだけどね」
そう言うと和斗を無視してケラケラと笑う。
それが和斗の怒りをより一層濃いものにする。
「もうそろそろ着くけど気を抜いたら駄目だよ零夏ちゃん。遠足は家に帰るまで、悪事は成功して高笑いするまでだからね」
「あなたは先生になったつもりですか。できたらとても似合っていませんよ」
「そんな酷いな〜。もし僕が先生だったら生徒の悩みは聞くよ」
「弱みを握ってその生徒を裏から操るんですね」
聞き覚えのある声が近づいてきたと思ったら左の角からにやけ顔で鬱陶しい記憶が蘇らせる黒髪の男とその話を冷静に受け流す長髪の女が現れた。
「あ〜、俺もあれくらい可愛い娘と歩きたいな〜。なんでこんな無愛想なヤンキーまがいが相棒なんかね〜」
「ちょうどいい。社長、仕事一人行ける。俺はちと野暮用ができたから後は頼むぞ」
愚痴など聞こえないほど現れた二人をギラギラと睨んでいてそれだけ告げると一直線に走りし出した。
「え! ちょ、ちょ! 困る困る」
しかし、和斗は既に声の届かない距離まで離れて一人ポツンと残されてしまった。
「争也〜〜〜〜! ぶっ潰してなるからそこ動くんじゃねーぞ!」
「うわ、和くんか。これりゃあ運が悪いね。零夏ちゃんお願いできる?」
突然迫ってきた暴虐無人なヒーローから慎太の鞄から盗……借りてきた鍵を握りしめながら背を向けて逃げる。
「承知した」
命令され零夏は素早い動きで距離を詰めて渾身の一撃を放ち顔面にめり込んだ。
「何であんなクソ野郎の下についてるか知らねーけどよ。俺の邪魔すんなら女だろうが容赦しねー。前もそう言ったよな確か」
まるで効いていない。
顔色一つ変えず、いつもの凶悪な顔で拳を押して零夏を睨みつけた。
「ええ、それを承知でこうしているんです」
「そうか、ならガチでいくから後で泣いて後悔するなよクソが!」
顔に拳を当てられた状態で体を捻り、和斗の拳が空を切り地面に直撃しその直後にその場が爆発した。
「相変わらず強烈ですね。団長があなたを危険視するはずです」
彼がどんな性格かどんな力を持っているかを事前に知っていたので零夏は咄嗟に後ろに飛んで避難していたので傷一つない。
爆発の一番近くにいたはずの和斗も。
「無駄口は聞きたくねーーーー‼︎」
それから流れるように鋭さのある拳が次々と飛んでくる。
「チッ!ちょこまかと逃げやがって」
何十発も放ち爆発が何回も起きたというのにダメージは与えられていない。
「あなたとまともに戦うのは自殺行為ですからね」
「経験者は語るってか?だがお前らは何しようとしてやがる。最近忙しそうにしてるそーじゃねーか」
「あなたに話すわけが……」
「ハーハッハッ。泣いて叫んで我らを見上げろ!」
などと決め台詞っぽいのが上空の方から聞こえてきた。
「争也……」
塀の上で仁王立ちしながら先ほどまで持っていなかったはずのケースを掲げて現れた。
「いや〜、目的地が近くてよかったよ。もちろん僕は零夏ちゃんを信じていたけどね」
「オイ! クソ野郎、俺と勝負しやがれ」
まだ苛立ちは収まっていない。それどころか攻撃をことごとく躱されたせいで増している。
「残念だけどそれは無理じゃないかなー。僕の予言だともうそろそろ和くんにストップがかかるからね」
「何が予言だ。ふざけやがって」
そんなの無視して目の前に立ちふさがる零夏を倒してその先にいる男をボコボコにしてやろうと一歩踏み出そうとするとポケットに入っていた携帯が短い音を鳴らした。
「あ? こんな時に誰だよ」
社長か? いや、メアドは教えていない。
「いいよいいよ。僕らに構わず確認して。もしかしたら大事な大事なお知らせかもしれないでしょ」
「チッ!」
余裕な感じがまたムカつく。
仕方ないので携帯を開いてメール確認すると信じられない内容がそこに書いてあった。
ヒーロー協団の団長、つまり上からの指示。これよりヒーローとしての活動を禁止する。ただし巨悪の事件が起き、その場に他のヒーローがいなければ特別に許可する。それ以外の時に力を使った場合はそれ相応の罰を与える。
「な! これはどういことだ?まさかお前の仕業か」
「さあね?それはご想像にお任せするよ。ただ馬鹿がこの世を渡るには厳しいってだけ。ヒーローとかね」
「何か知ってる口ぶりだな。それに裏に何かいるパターンだな。テメェがそんなに言い方する時は絶手ェ後ろ盾がありやがる」
「ご想像にお任せするって言ったでしょ。でもこれで和くんは当分動けないね。これで心置き無く動けるよ」
塀をおりて二人は通り過ぎて行った。
正直、あの顔をぶん殴って修復不可能くらいグチャグチャにしてやろうかと思ったができなかった。
「糞がぁ‼︎」
結局は更にムカムカして、腹が立って、苛立つことになっただけだった。