慎太怒る
目の前には美少女がいる。
白髪で大人しそうな少女でその瞳はこちらを見ているが俺を捉えていない。もっと奥を見据えているような不思議な人だ。
何とも言えない状況だが場所は逃げた末にたどり着いたビルの屋上で私は悪の組織のアクト団の一員です。あなたと一緒ですね的なことを言われた後なので喜べる状況ではない。
「えっと……つまりあなたは」
「紺堂 美未です」
「紺堂さんは争也さんとか零夏さんの仲間ってこと?」
他の団員がいるかとは聞いていない。
「そういこと……。あなたの話も聞いてる」
「だから助けてくれたのか?だとしてもこれは力を使ったのか」
でないと今のことは説明できない。寧ろそうであって欲しいとさえ思ってしまう。これ以上何か増えてしまうのはごめんだから。
「少し違うかも」
「どういうことだ?」
「この力は受け継いだものなの。でもあなたと変わりはない……と思う」
「俺と……なんだって」
その口調だとまるで俺が力が使えるみたいじゃないか。
「あなたも力が使えるだよね。櫂羅おじさんから聞いたよ」
櫂羅とは俺の親父が博士としての名前。それを知っててその親父が言っていたというならその言葉は偽りではない。
「争也さん。知ってて黙ってましたね」
「美未ちゃんのこと?」
帰ったらまず、ソファに座っている団長と向かい合った。そして隣にはその美未がジッと座った。
「それもですけど力の話ですよ!俺も争也さんみたいに力があるってことです。美未さんに教えてもらったんですよ」
普通に聞いてもしらばっくれるのは目に見えていたので証人役を頼んだら文句も言わず頷いてくれて今に至る。
これならいくら争也でも嘘はつけまい。
「あ〜、美未ちゃん言っちゃったのか〜。もうちょっと引き伸ばしてから僕が堂々と告白しようと思ってたのに。これじゃあ僕の立場がないよ。それに美未ちゃんだったらあれでしょ。サラッと言った感じでしょ?僕だったらズババン! って感じにするのな〜」
証人がいるので嘘のつけない争也は開き直るが慎太にとってはそんか風に済まされてはいけない。
「だ、か、ら! なんで俺に力があることになってのかを説明しろって言ってるだろ!」
堪忍袋の緒が切れた。
年上だからと我慢をしていたがもう限界だ。
「そ、そんな怒んないでよ〜。僕だって早々に教えたかったさ。でも博士に止められたんだから仕方ない。あの人には恩があるからね」
その恩が一体どれくらいのものかは知らないが慎太にはただの言い訳にしか聞こえない。
「親父が?」
「そうだよ。詳しくは聞いてないけどそう頼まれちゃってね。まあ、僕もそういうのは自分で知った方がいいと思ったし時間稼ぎになるかと思ったから賛成したんだ」
「時間稼ぎって一体なんの為に?」
「和くんが動き出すまでの時間だよ。もし君が力に気づいて他のヒーローを次々となぎ倒していくとして最終的にはどうなる? ……そう、相手は切り札を出してくる。つまり和くんをね。そうなるのは僕としては不本意じゃないんだよ。このアクト団は力のバランスを保つ為に設立したんだから無駄な争いは出来るだけ避けたいんだ」
「だから俺が改造されてるのを知りながら仲間に誘ったんですか」
力があるなら即戦力になる。
そう考えたのだろう。バランスを保とうとするなら出来るだけ力を蓄えてここぞという時に使えなくてはいけない。自分はその為の駒に選ばれたのだろう。
何だか自分で考えておいて腹が立ってきた。
「いや、違うよ。ただ僕は君に興味があったんだ。博士から話を聞いてね。どうやら博士は君に無理難題を押し付けていたみたいだね。それも大量に」
「ああ。それがどうした」
その無理難題があったからこそ一人暮らしを決意した。ただし親父は学校の金ならきちんと払うがその為の金は払わないと言い出した。さらにここなら家賃はタダだと言い出した。
罠だということは分かっていた。俺をこのアクト団に入れる為の。
だが親父から逃げたかった。
しかし、それは無意味に終わってしまったわけだ。今だに親父という呪縛から解き放たれたわけではないのだから。
「僕は博士のやり方は知ってるよ。本当に性格が悪いよね。実験とか何度か見たけどあれは世間に公表でいないね。確実に逮捕されるレベルだったよ。それで一番の極め付きは力の研究。それを全部君に注ぐ博士は本当にマッドサイエンティストと呼ぶべき人だよ。でも君はそれに耐えた。その強靭な精神でね。僕はそこに惹かれたんだよ。だからアクト団に招待したんだ」
「………」
理由なんてどうでもいい結局は俺をこちらに引き込んでいる。あいつと同じだ。
「精神が強い人はどんなことにも強い。たとえば力をコントロールするなんて意識すれば簡単に出来るようになるだろうね。お陰で修行パートが必要ないんだよ。この意味が君には分かるかな?」
「さあな」
もはや考えるのもめんどくさい。ただ聞きに徹する。
「答えは簡単だよ。つまり博士の君への愛が詰まってるんだよ。その体にはね」
「力のことか? こんなのただの押し付けだろ。自分の実験の為にここまでするかよ」
昔も危険な武器の試運転で散々頭にきていたが自分の体がいじられていたのだ。
自然と歯ぎしりがなってしまう。
「どうやら慎太くんは勘違いしてるみたいだから言うけど博士は自分の為に研究だの実験だのは一切してない。それは長年腐れ縁をやってる僕が保証するよ」
争也が一体何歳なのかは不明だがそれなりに付き合いが長いのだろう。
そういえば子供の頃、会ったことがあるかもしれない。実験の時にも見かけたことはない。というか実験の時はそんな余裕がなかったのでどうでもいい。
「そうですか。でもなんで力なんて……」
「言ったろ。君を守る為さ。どうゆう力かは知らないけどこの団にいるならあった方が得だよ。みんな持ってるから慎太くんだけ仲間はずれっていうのも可哀想だからこれでフェアでいいんじゃない」
問題はそこではなく、親父が勝手に力を使えるように体を改造した事をどうして黙っていたということなのだが……
「もういいですよ」
この人と話していても気が滅入るだけだ。
「なら、美未さん以外にも零夏さんとかも力が使えるってことですか」
「もちろん僕もね。まあ、いつか分かるから楽しみにしておいてよ。その方が分かった時の嬉しさとかが倍増するから」
今後のことではなく楽しさを優先する。いかにも争也らしいが彼からは教えてくれそうにないので気になる気持ちを飲み込んだ。
「じゃあ、俺はこれで。これからは隠し事とかしないでくださいよ」
息をするように嘘をつきそうな人だ。仲間になったのにそれはいい気がしないので、それだけ言い残して自分の部屋へ戻ることにした。
「ふぅ〜、美未ちゃん。慎太くん怒らせちゃ駄目だよ。あれでも昔はやんちゃしてたって話だからね」
慎太が消えて深いため息を吐く争也は次に愚痴を吐き始めた。
「やんちゃ?」
「ヤンキーとか不良ってことだよ。ここら辺じゃあ少ないけどね」
それもこれも街にヒーローがいるからだ。裏には争也のような悪党はいるが不良という類はいない。
「でも…慎太はリーゼントじゃなかった」
「いや、不良は全員リーゼントってわけじゃないんだよ。それに慎太くんは不良をやめたからね」
「なんでやめたの?」
「さあ?そこまでは聞いてないなら直接聞いたら慎太くんのことだから教えてくれるよ」
「うん…」
小さく頷くと美未も自分の部屋へと戻った。
「本当にいいのかあれで?慎太は完全に納得したようには見えなかったが」
扉に体重を預けながら様子を見ていた零夏は問いかける。
「同い年の方が色々話しやすいだろうからね。この件に関しては美未ちゃんに任せることにしたよ」
「まあ、団長よりはいい線いくでしょうね」
「酷いな〜。それじゃあ僕が慎太くんに嫌われてるみたいじゃないか」
「実際そうだろ。慎太は団長みたいなテキトウな人は苦手そうだからな。斑鳩博士だってそういうところあったし」
「ふ〜、これだからお堅いさんは。でも嫌いじゃないよ」
それだけ言うと何処からか持ってきた荷物を倉庫へ運んで行った。




