謎の少女
そういえばあの後はどうなったのだろうか?
すぐに気絶してしまったし、色々忙しかったのであの二人に聞くこともできなかった。
「お、俺はこれで」
たとえ今のおじさんに戦う気がなくても俺が仲間を倒した張本人だと知ればどうなるか分かったものではない。
なんたって全てを愛し、悪を蹴散らすお方ですから。
だからここは面倒になる前に逃げるのが賢明だ。
しかし、俺の肩には丸太のような腕が迫り掴みかかってきた。
「まて少年。あれはいいのか?」
指し示したのは先ほど百円玉を落とした溝。
「べつに大金落としたわけじゃないんでいいですよ」
むしろこの状況を打破できるのなら百円など安いものだ。
「ならん! それでは少年は負けることになるのだぞ」
「負けるって…誰に?」
他に人もいないしガーディアンレッドにだろうか?
「自分にだ!」
出たよ。争也さんとは別の種類のめんどくさい人だ。こういう熱血系は初めて会ったがなるほど、なかなかにうざい。
「いや…でも俺忙しいんで」
もちろん嘘だ。バリバリの嘘だ。帰ってもやることなどない。
「それはただの言いわけだ。自分から逃げるんじゃない」
いえ、俺はあなたから逃げたいんです。
「でも鉄の格子があって取り出せないじゃないですか」
だから帰してくれ。
「それも言いわけに過ぎん! こんなもの気合があればどうとでもなる。見ていろ」
そういうと徐に鉄の格子を両手でしっかりと掴んだ。
「ふんぬぅぅぅぅぅぅぅっ!」
気合の声とともにそれは持ち上げられ、はるか上空まで飛んでいきふんわりと宙を舞って地面に衝突したのに目をやると掴んでいたところは大きく曲がっていた。
「これがヒーローパワーだ。驚いたか少年よ」
やはり人間の領域を超えている。
グリーンの方、伏見 緑馬と戦った時もそう思った。争也さんは力がどうとか言っていたがこれで確信に変わった。どうやらこの街には普通ではでないことを可能にする超能力的なものがあるらしい。
「う、うわああああああああああああああ!」
勘違いしないでほしい。別にこのレッドの力にビビったとかでこうやって叫んで逃げているのではない。こうすれば力のことなど一切知らない一般市民と思わせることができるし、何より自然な感じに逃げることができる。
いや、多少変かもしれないが相手が相手なので大丈夫だろう。
「おーーーーい。百円忘れてるぞーーーー」
しまった。予想外だ。
あの野郎百円もってこっちに突っ込んできている。まるでイノシシだ。
「う、うわ!ついてくんな。それいらないから」
「そういうわけはいかない。これは少年のお金なのだろう?」
「そ、そうだけど……」
俺がバイトをして稼いだというわけではない。もちろん高校生になったのだからバイトはする予定なのだがあれは親父からもらった小遣いの一部だ。
「お金は大事なものだ。汗水流して働いたからこそもらえる。いわば努力の結晶!それは百円でも一円でも一銭でも無駄にしてはならんのだ!」
一銭って言葉を使う人を始めて見た。
そしてもう二度と会いたくない。そうするにはまずここで逃げ切ることだ。
ここで一旦止まって百円を返してもらってから逃げる手もあるが、それだと顔を覚えられてしまうし気づかれてその場でボコスカなんて可能性もある。
一番被害を出さないようにするには馬鹿力で熱血で猪突猛進な変身前のヒーローから逃げるしかない。
「こら! 待ていっ!」
「待てって言われて待つバカはいねーよ」
まるでパトカーに追いかけられている悪ドライバーとのやり取りみたいになっているが実際は外人みたいなおっさん?が百円を掲げて男子高校生を追いかけているという図だ。
「クッ…。やっぱり速いな。このままじゃ追いつかれちまう」
体力に自信はあったがあの筋肉には勝てない。
「こうなったら」
小回りで勝負するしかない。争也さんがやっていたレースゲームでもデカイ車が勝つわけではない。無駄なくゴールに向かうことの出来る者が勝てるのだ、という団長の名言というか迷言がある。
だから入り組んだこの道は好都合。
早速目の前に現れた曲がり角を左に進んで距離を突き放そうと一気にスピードを上げる。
「うぉっと!」
そこで漫画で良くある展開になった。
美少女とぶつかったのだ。しかも白髪で同じ制服を着ている。短く切られた髪と雰囲気から大人しい感じが醸し出されていた。
まあ、後ろから熱血系のイノシシに追われていなかったら最高なのだがこの場合どうしたら良いのだろうか頭をフル回転させる。
手を引っ張ってこのまま逃げれば良いのだろうか?いや、それだと彼女を巻き込んでしまう。ならばこのまま逃げるのが先決か?しかし、今のでだいぶ差を詰められてしまった。小回りが通用するとは思えない。だったらどうしたらいいんだ?
「ついて来て」
「え?」
思考が停止したのは今会ったばかりでなんの接点もないはずの白髪美少女が手を引っ張ってきたからだ。
「こっち」
追われているのを知ってかこの入り組んだ道の奥へ奥へと進んで行ったが惜しくも行き止まりとなってしまった。
「何処だーーー少年!」
声はすぐに近くまで来ている。
「ヤバっ」
他の道に行こうとしたら見つかってしまう。万事休すか?
「しっかり掴んでて」
だが彼女は諦める気など全くないようでその目は上空を見つめている。
そして、膝を深く曲げたと思うと次の瞬間、二人の体はあの男が投げた鉄の格子のように飛んでいた。違うのは高さだ。それよりも遥か上を飛んでいる。
ぐんぐんとその高さは伸びて彼女が見つめていたビルの屋上にまで足が届いた。
「むぅぅっ! 見当たらん! こっちか!」
ここまで聞こえてくる大声で叫びながら大通りへと出て行った。
「ふぅ……助かった」
まさかこんなところでヒーローに会うなど思っていなかった。しかも俺が倒したあのクール系イケメン野郎の仲間に。
完全に油断していた。
それを助けてくれたのはこの白髪の美少女だ。
「えっと、ありがとうございました」
女子に助けられるなんて我ながらかっこ悪いが素直に感謝しておかないのは失礼だ。
「別に……それよりも驚かないの? 飛んだんだぞ」
「ああ、驚きましたよそりゃあ」
ビルの屋上にまでの跳躍力なんて普通の女子高生というか人間にはあり得ない。
「そう? リアクション薄かったから」
風になびく髪を手で押さえながらこちらを見つめてくるその顔は会った時から全く変わっていない。
「俺の周りには変な奴が集まってくるが多くてさ。特に親父なんてトラウマレベルだからこれぐらいの事じゃあ驚かなくなってるんだよ」
あれはまさしくマッドサイエンティストと呼ぶに相応しい。なんたって自分がつくった武器を自分の息子に確かめさせる男だ。そのせいで何度死にかけたことか。十年以上前に死んだおばあちゃんが川の向こうで手を振ってる光景なんて何度もみた。
「そうなんですか……」
驚かなかったことに驚いている少女は納得したように頷いてそうつぶやいた。
「じゃあとりあえず下まで降りましょうか」
もちろん階段をつかって。
「待って…」
「ん? 何か問題でも」
しつこい外人?ヒーローは遠くへ消えて行った。ここら辺に戻って来ることもないだろう。
「私、アクト団。あなたもそうなんでしょ」
何となく予想はしていたヒーローから逃げるのなら悪の方の人なのだろうと。何も知らない人があんな風に助けてくれるわけがないと。




