仕事の話
訳のわからないまま強引に連れてこられたのは喫茶店の二階。
普通の人は入れないが争也が手を上げて挨拶するとマスターが案内してくれた。
あるのは丸いテーブルと椅子のみで薄暗かったが髪の長い女性が座っていることは確認できた。
「彼女はアクト団の幹部、つまり君の上司にあたる人さ。まあ、一番の上司は団長である僕なんだけど上下関係とか面倒だからちょっと変わったお兄さんとでも思ってくれればいいよ」
確かに上司というより親戚のお兄さんといった感じだが、上下関係が面倒だなんて……まさかそれで仕事をやめて何でも屋なんかに?
いや、それはなさそうだ。まずこの人がまともな仕事をしたがるとは思えない。最初っからこんなことをやっていたんだろう。
「またそんな事を。いいですか、仮にも長と名乗るならもっと威厳を大事にしてください。そんなのだとなめられまよ」
「はぁ〜、そういう話は後にしてよ。それよりも彼に自己紹介してあげて」
「一宮 零夏だ。このバカ上司から君のことは聞いている。斑鳩博士の息子さんなんだろ」
「バ、バカ上司!?」
「あ、はい。でも俺はそのなんとか団に入るつもりはないんですけど」
高校生になったんだから勉強は勿論だが友達と遠くに出かけたり、バイトなんかもしてみたい(金が入るから)。
だからこんなことに付き合う気など毛頭ない。
「十万……いや、二十万」
いつもの明るい表情ではなく、水たまりで溺れ死そうなアリを見つめるような顔でつぶやいた。
「な、なんすか突然」
「勿論、君がアパートに住む為に貰うお金の話だよ。もし、アクト団に入らないって言うなら月十万払ってもらうから。あ!でも敷金礼金とか難しいことは無しでいいから♪」
「イヤイヤイヤ! 俺はタダで泊めてくれるって聞かせたから来たのになんでそんな大金払わなきゃいけないですか!」
高校生に二十万を要求する大人がいるとは……。バイトをして稼ごうにも過労死してしまうかもしれないレベルだ。
しかも、やり方がせこい。親父から話を聞いているのなら俺にあそこ以外に行く当てがないことも知っているのだろう。
「あのね〜、君と僕の立場が対等だと思ってもらちゃあ〜困るんだよ。あの建物は僕の物なんだからさ」
つまり大家の特権ということなのだろうか? なんとも理不尽な話だ。
「そ、そんなに俺を仲間に引き入れたいんですか?」
無理やりここまで連れてくるし、脅したり。
どう考えても仲間にしようとしている。
「まあね。正直に言うと君というか君がもっている力がほしいんだ。それがないと和くんには勝てないからね」
「か、和くんって誰ですか?」
このふざけた人の話なら親父から何度か聞いたことはあるが、その名前は初耳だ。
「そっか……。まだ教えてなかったね。和くんはね、僕の幼馴染であり、僕たちの最大の敵にしてこの街のヒーローなんだよ」
「ヒーロー?」
またこの人は何言ってるんだか。どうせ俺をからかっているんだろ?
だが予想は外れた。いつになく真剣な眼差し。
慎太には何となく分かった。彼は嘘をついていないと。
「え〜と、マジすか?」
「マジも大マジだよ。ちなみに和くんのフルネームは平山 和斗だからそういう人に会ったらとりあえず逃げといてね。今の君じゃあ勝てそうにないから」
「いや、俺戦う気なんて……」
「三十万」
「やらせていただきます」
人生には諦めるしかない時だってある。しかし、それは敗北ではない。次をとつなげる足がかかりとなるのだ。
「賢いね〜。そういう人は長生きできるよ」
「終わったな。それでは依頼の話に進んでくるないか?」
コーヒーを飲み終わった零夏さんは退屈そうにこちらを見てくる。どうやらずっと待っていてくれたみたいだ。
「おっとそうだね。まあ、依頼主は同業者の人だよ。この写真を見て」
封筒から取り出した写真をテーブルの真ん中に置き、二人はそれを覗き込んだ。
そこには全身緑に包まれ、風を彷彿させるデザインのある衣装を着た男の姿が写っていた。堂々たるその姿はテレビで見たことあるヒーローそのものだ。
「ガーディアングリーンだね」
「すいません。当たり前みたいに言われても俺この人知りません」
今やっているものをチラリと見たことがあるがこんな奴はいなかったし、まず緑がいなかった気がする。
「ヒーローだよヒーロー。僕たちみたいな悪党を懲らしめるのが趣味のいけすかない野郎共だよ」
なんの恨みがあってかはそこまで言うかは知らないが子供がいたらその夢をぶち壊してしまうところだった。
「で? そのグリーンさんがどうかしたんですか」
いや、何がしたいのかは想像できるがねんのためだ。
「こいつを倒してくれってのが今回の依頼さ。和くんをやる前の練習相手にはうってつけなんじゃないの。君もそう思わない?」
そんな目で同意を求められても困る。
咄嗟に目を背けて話題を変える。
「その前になんでヒーロー戦うんですか」
和くんとやらもそうなのだかろうが何故ヒーローを憎み、倒そうとしているのかが分からない。というか、ヒーロー実際に存在しているのか。
「僕たちが悪党だからだよ。いいかい、この街は今危険な状態にあるんだよ」
「危険……ですか」
この街というより今は俺が変な団に入らされたことが危険に繋がっている気がする。どうせこの人が何かしでかして俺たちを巻き込んでくるのだろうから。
「そうだよ。この街には不思議な力があるんだ。種類は善と悪の二種類。どうしてそんなものが使えるようになったのか、なんの理由で、なんの為にそんなものが存在することになったかは不明だけど君のお父さん、つまり斑鳩博士の研究結果で分かったことがあるんだ。この力は危険だとね」
「親父が……」
あれは息子という立場かしてもふざけているとしか思えない。いつも変な実験を繰り返してその結果に一喜一憂する。息子である俺を放っておいてだ。
それで必要になったら頼ってくる。なんとも虫がいい話だが、親であり育ててくれているし協力しないと何をされるか分かったものではないので従っていたが素人の俺からしても大層なものではなく、子供じみた実験が多かったことを今でも覚えている。
そんな親父が危険だと言っても個人的には信じられないのだがあれでも技術だけは無駄にすごい。本当に無駄に。
だからこそ気になってしまうその力のことが。
「具体的にどんな風に危険なんですか?」
「お? 興味もってくれたみたいだね。やっぱり無理やりこっち側に引き込むのは嫌だったから嬉しいよ」
「はいはい。心にもない社交辞令あれがとうございます。だから続きをお願いします」
この人は分かり易い。ババ抜きをしたら確実に負けるタイプだ。
「酷! それじゃあ〜、僕が悪い人みたいじゃなあ~ないか。……まあ、その通りなんだけどね」
わぉ!認めちゃったよ。その方が清々しいのだがそれ以上にムカつく。
「団長、話を続けてください。この調子ですと日が暮れてしまいますよ」
零夏さんナイス!
この一言で渋々だが話は進む。
「はいはい。簡潔に言うとバランスが崩壊してこの街は滅びます。以上」
「早!事情を知らない俺でも分かるように教えてくださいよ」
バランスと言われてもそこからどう崩壊するか想像もできないし、争也さんは拗ねてしまったのかそっぽを向いてしまいそれ以上話してくれそうにない。
「すまんな。団長は機嫌を損ねるとこうなってしまうんだ。説明は私がしよう」
めんどくせ~人だな。そんなんで団長が務まってるのか?
それに引き換え零夏さんは大人の余裕というか、この人に従えば大丈夫だと思えてくる。さすがは幹部。
「説明と言っても結論はさっき団長が言った通りだ。力は放っておくと最低でもこの街が消える。だが、それを阻止する方法がある。それがバランスです」
「ああ、それも争也さんが言ってましたね。それってどういう……」
しかしこんな話を疑いもせず聞いている自分にビックリした。最低でもこの街が消えるということは最高でどれだけの被害がでるんだと想像するだけけでゾッとする。
「善と悪。この二種類の力のバランスです。それが大きく偏るとこの街に力が流れ込んできてしまうんです。過去に一度だけそれが原因で大きな被害が出ていますので博士も推論ではないですよ」
つまり、これは嘘偽りのない情報であるということだ。
というか何気なく俺が親父をよく思っていないことに気づいたみたいだ。末恐ろしい。心をのぞき込まれているみたいでいい気分ではないが、相手が零夏さんだからユアウェルカム。争也さんならノーサンキュー。
「へ~、何か対策とかしてるんですか?」
地震や津波で被害を受けたらその後どうするかが大事なように対策が必要だ。そうすれば事前に食い止めることができるかもしれなし、最悪被害を最小限に抑えることができるかもしれない。
「うむ、そのためのアクト団だ」
「ここだけは一口多いよの異名をもつ僕に任せて」
それってとかじゃなくて悪口言われているだけなのだがいちいちツッコむのも面倒なのでここはスルー。
「僕たちは何にでもなり、何でもするアクト団。それに僕は正義ってガラじゃないからね。僕たちはとことん悪いことしていいことは和くんとその他に任せて、力のバランスを保っているんだ」
え~、偉そうに言っていますが訳しますと「僕たちは好き放題やってま~す」ということだ。それは大人としてどうなのだと言いたくなるのだがこの人に関してはもう色々手遅れかもしれない。
「はあ~、なんとなく分かりました」
決定的な何かを見たわけではないので半信半疑だが、無理やり自分を納得させた。
「そう。流石は博士の息子さんだね。飲み込みが早い。じゃあ、早速仕事の話に移ろうか」
ようやく封筒の中にあった写真の話に入る。
といっても何を言われても動じない経験値は得た。大抵のことなら驚きはしない。
「正義の味方をやっつける。それが今回の仕事だよ」
ヤバい……。もう帰りたくなってきた。




