鯉は故意に恋をしていました。
初恋は実るのですか?
幼稚園の頃のわたしの夢は、女の子なら必ず憧れてやまない「お嫁さん」だった。お化粧をして、真っ白なドレスを着て、大好きな人とウエディングロードを歩いて、誓いの言葉を言って、指輪を交換して、みんなに祝福される。そんな夢のような夢を抱いていたわたしの隣では、泥んこになった幼なじみが真っ黒のクレヨンで、「せかいせいふく」とでかでかと書いていた。
そんな夢を見た、とある早朝。
あの頃のわたしたちは小さくて、政治とか世界の常識とか男女の夜の営みも、なんにもしらないつるつるの脳ミソで、真っ白な状態だった。そう、まるで憧れていたウエディングドレスの色みたいに。
「あ」
信号待ちをしていたら、向こうに幼なじみの姿が見えた。今朝見た夢の残像が残っているからか、なんだか変な感じ。向こうはわたしの姿には気付いていなくて、隣にいる砂糖菓子みたい笑顔の女の子に優しい眼差しを送っている。前に見せてもらった、というより見せ付けられた写メで見るよりもかなり可愛くて、あいつにはもったいなさすぎると思う。でも幸せそうだから、まあ、いっか。
信号が青に変わって、幼なじみのあいつとの距離が近くなっていく。あいつはまだ気付かない。そういえば、同じだった背丈がいつの間にかぬかされていて、それが寂しいような悔しいような置いてきぼりをくらったような気持ちになった時があった。今、あの時と同じ気持ちだ。とうとうあいつはわたしに気付くことなく、洗濯物を畳むのがとても上手なんだと自慢していた彼女と仲良く手を繋いで人ごみに消えていった。
なんとなく携帯電話を取り出して、なんとなく通話ボタンを押していた。発信先は、しあわせデート中の幼なじみ。
「おっす。色ぼけくん」
「おーっす。最近彼氏にこっぴどい振られ方して傷心中の失恋ちゃん」
「余計なお世話です」
「なんだよ。どーした?」
「あのさ」
ああ、恋がしたい。
「末永ーーく、お幸せにね」
忘れられない初恋を忘れるくらいの恋がしたい。
「余計なお世話だよ、ばーーか」
電話の向こう側のわたしに、照れくさそうにふやけた笑みを向けている幼なじみがぼやけた視界にしっかりと見えた。
確かにあの頃は、政治とか世界の常識とか男女の夜の営みも、なんにもしらないつるつるの脳ミソで、真っ白な状態だった。でもお嫁さんを夢みてたわたしは、世界征服を夢見てた幼なじみに確かにあのとき恋をしていた。でも、わたし達は大人になって、あいつはタバコを吸うようになって、わたしはお酒を飲めるようになって、真っ白なわたし達は、それぞれ異なる色に染まっていった。
そんな初恋の幼なじみから結婚式の招待状が送られてきたのは数日後の話である。
ああ、わたしも恋がしたいなあ。
昔に書いたお話を少しリメイクしたもの。
…精進します。