推し活アリとキリギリス
全ては推しのためだ。毎日泥水を啜って働くのも、推しの女王アリちゃんの笑顔が見たから。それが働きアリの勤めであり、使命では?
「女王アリちゃーん! こっち向いて! 好きー!」
働きアリの僕は、週に一回女王アリちゃんのライブに行っていた。うちわやペンライトを振り回し「尊い……」と鳴く。仕事の疲れなんて吹き飛ぶもんだな。
「みんな、大好きよ!」
女王アリちゃんの笑顔。なんて眩しいんだ。この子のためだったら、僕は自分の全てを捧げられる。
帰りの物販ではタオル、シャツ、パンフレット、缶バッチ、アクリルスタンドも買い漁った。おかげでボーバスも飛んでいったが、後悔はない。他のファンとも缶バッジやアクリルスタンドを交換したし、あぁ、楽しい一日だったな。
「今日の女王アリちゃんも最高だった〜」
鼻歌混じりの帰り道。少し風が冷たい。そうか、そろそろ秋が始まる。冬もくる。女王アリちゃんも大切だけど、冬を乗り越えるためにも仕事しないとな。
そんな事を考えていたら、誰かにぶつかった。キリギリスだった。
「あ、ごめん」
いかにも貧弱そうなキリギリスだった。痩せ細り、猫背で顔も暗い。ギターを抱えていたが、こんな弱そうで演奏なんてできるんだろうか。
「君、大丈夫かい? なんか具合悪そう」
「じ、じつは仕事がクビになって全然食べれてない」
キリギリスはその場で倒れてしまった。さて、どうしよう。救急車を呼ぼうかと思ったが、たぶんご飯を食べれば回復するだろう。それに女王アリちゃんの言葉を思い出す。「ファンのみんなも目の前に困っている人がいたら助けてあげてね!」ってチャリティーイベントで言ってた。
仕方ない。僕はキリギリスを家に連れていき、おにぎりと味噌汁、それにぶどうも食べさせてやった。
「働きアリくん! 君はなんて親切な人なんだ!」
なぜかわからないが、キリギリスくんは感動して泣いていた。
「いや、僕は推しの言葉を実践したまでさ」
恥ずかしい。推しのグッズを見せながら、経緯を説明した。今日買った女王アリちゃんのアクリルスタンドも自慢する。
「え!? 何この子、可愛い……」
キュンという音が聞こえたのは気のせいか? キリギリスは顔を真っ赤にし、もじもじとアクリルスタンドを見つめている。
「俺、女王アリちゃんに一目惚れした」
「なんと! キリギリスくんも女王アリちゃんの良さがわかる!?」
「か、可愛い……」
女王アリちゃんに一目惚れ惚れしたキリギリスくん。意気投合してしまった。女王アリちゃんの動画や音楽を聴きながら、ずっと語り合う。僕も仲間ができたみたいで嬉しかったが、弱そうだったキリギリスくんの目に意思が宿っていた。
「女王アリちゃんのライブもグッズもこんなに高いのか。よし、俺も働い女王アリちゃんを推すぞ!」
キリギリスくん、もう目がバリバリ燃えているじゃないか。
その日を境にキリギリスくんは全く変わってしまった。僕の紹介とはいえ、工場の仕事を頑張っていた。確かに最初は全然仕事もできず、辞めたいとつぶやいていたが、女王アリちゃんのアクリルスタンドや缶バッジで励まされたらしい。結局一日も欠勤せず働いていた。
それに女王アリちゃんを語るキリギリスくんは案外親しみやすいと、工場内でも友達ができていた。すごい。推しの力は。
「働きアリくん、ありがとう。君が俺に女王アリちゃんを教えてくれた。女王アリちゃんと出会えなかったら、俺、ずっと引きこもってニートしてた。本当にありがとう」
そんなこと言われたら、僕の目頭も熱くなるよね。そうして働きアリくんの初給料日、女王アリちゃんのライブのチケットを買った。
「嬉しい! 初めて俺、推しのために何かができた!」
無邪気に喜ぶキリギリスくんをみていたら、僕の方こそ嬉しかった。うん、こんな嬉しいことはないね。
そして季節が流れ、冬。キリギリスくんも働きアリたちも耐え難い寒さだ。僕の家にも北風が吹き込む。
「働きアリくん、寒い」
「キリギリスくん、もう少しの辛抱だ。夏の間に貯めた食糧もある。それにもうすぐ春がくるよ」
二人で震えながら、どうにか冬を耐えていた時だった。推し活仲間から連絡があり、心も身体も凍ってしまいそうだ。
「働きアリくん、どうしたたんだ?」
「あぁ、あ。女王アリちゃんが亡くなったらしい。冬の寒さに耐えられなかったって……」
キリギリスくんも凍ってしまったみたいに動けなくなった。
「は?」
キリギリスくんの目はもう完全に凍っていた。北風も容赦なく吹き抜け、ボタボタと雪が降り始めた。水分を含んだ重たい雪だった。
それからはあっという間だ。女王アリちゃんのお別れ会に出たり、ファンたちと追悼動画を作成したり。色々忙しかったけれど、キリギリスくんの目は凍ったまま。仕事も休みがちになってしまった。もう北風はやんだ。桜の花びらも見えてきたのに。
「推しを失った俺はどうしたらいいんかね……」
キリギリスくんの呟きは、弱々しい。
「キリギリスくん……。でも、僕たちは生きてるよ。ほら」
僕はキリギリスくんのギターを指差す。冬の間は全然弾いてなかったけど、キリギリスくんの大切なものらしい。
「そっか……。最後は推しのために歌うか……」
キリギリスくんは一人で曲を奏でていた。女王アリちゃんの代表曲。本当は明るい曲なのに、今は湿っぽい。
「この曲、天国に届きますように」
僕は祈りながら目を閉じた。涙は出なかった。再び目を開けると、もう春だ。桜の花びらは満開。やわらかな風も吹き抜ける。そうか、もう冬は終わったんだ。
「キリギリスくん、明日はちゃんと仕事行こうな。みんな心配しているから」
「う、うん……」
キリギリスくんの目も柔らかくなってきた。そう、大丈夫だ。もう冬を乗り越えたのだから。




