婚約破棄パンデミック
「何やらかしてるの王子様!?」とは世界観を共通しています。
魔法の発動、行使を自動で行える技術が確立した魔導革命より早100年。諸国は魔導技術の導入、改革を進めながら国内の近代化を推し進めていた。
貴族や王族の特権階級は絶対的な支配者ではなくなり、平民が力をつけていく。平民たちも自分の意見を持ち、国の為に、自分の為に虎視眈々と漬け込む隙を狙っている中でリューネンベルゴ王国は特権階級による安定した支配を確立していた。
別にそれは平民たちを力で支配しているとか魔導技術の導入が遅れいているわけでもない。単純にそういう国民性のせいである。それでも上がまともであれば平民たちも不満はない。自分達がまじめに働く事で上はそれで国力を高める。
そう言った関係がきちんとできていた為にここまでうまくいくことが出来たのだ。この100年で国の在り方が変わり、平民も力をつけてきた隣国のトラキア王国とは何もかもが違っているのだ。
それでも代わりと言っては何だが女性の権力は増幅している。主に貴族令嬢を中心にだが屋敷内で奥ゆかしくすごく事が美徳とされていた価値観は一新され、夫の隣に名実ともに立てる女性こそが良き女性の見本の一つとされている。そして、夫婦円満の秘訣は互いに思いあい、手を取りあう事である。独善的なものに円満な家庭は訪れない、と。
そしてそれは最悪の形で証明される事になったのだ。
「リリアーナ! 貴様との婚約は破棄させてもらう!」
「そんなっ!? で、殿下、何故ですか!」
「知れたこと。この愛らしいカレンへの日ごろの嫌がらせと暗殺者を送り込んだことが原因だ!」
王都にある貴族学院では卒業パーティーが開かれていた。今年はリューネンベルゴ王国の第一王子にして王太子であるアルフレッド・ベール=リュー・アークレイドも卒業生として参加する為に例年以上の賑わいを見せていたが始まって直ぐに二人の男女の叫び声が響いたのだ。
突然として起きたその叫び声に周囲の人々が視線を向ければその王太子と腕にしがみつく一人の女性と対峙するように立つ女性。何も知らない者からすれば王太子の腕にしがみつく女性が婚約者乃至妃と考えるだろうが実際は違う。対峙している女性が婚約者なのだ。
彼女の名はリリアーナ・レイ・バウネット。リューネンベルゴ王国西部のまとめ役をしているバウネット公爵家の令嬢であった。バウネット公爵家は代々王家の影響力が薄い西部領土を王家の代わりにまとめ上げてきた忠臣の家柄であり、それが認められる形でリリアーナとアルフレッドの婚約へと至っていたのだ。
しかし、それもこの学院での生活によって破綻した。アルフレッドの腕に今もしがみつくカレン・ジュラルド男爵令嬢によってである。カレンの実家であるジュラルド男爵家は王都が存在する王家直轄領と隣接しており、王城勤務が許されていた。その関係故かアルフレッドとは顔なじみであり、リリアーナと婚約するまでは友人として仲を深めていたのだ。
そんな二人が数年ぶりに再会したのだ。どうなるかは火を見るよりも明らかだろう。アルフレッドはリリアーナという婚約者を蔑ろにしてカレンとの逢瀬を楽しむようになっていたのだ。リリアーナは幾度となくアルフレッドにカレンとの関係を改めるように進言したが受け入れられることは無く、むしろ自分たちの仲を引き裂く悪鬼としてより冷遇するようになった。
リリアーナは次第に学院内で孤立をし始めていた。当然だろう。公爵家とは言え王家よりは立場が下なのだ。大概の貴族令息令嬢たちはアルフレッドの怒りを買う事を恐れてリリアーナに近づく事は無くなっていった。
幸い、学院内には西部の貴族たちも数人だが通っていた。彼ら彼女らはリリアーナ側に立つことを選び、アルフレッドを非難したのだ。元々王家の影響力が薄い上に数年前にはジュレイ辺境伯が職務の怠慢を理由に取り潰しとなっている。
隣国ガスコーニュ帝国による侵略戦争では英雄級の活躍をした彼は抵抗する間もなくとらえられ、数日のうちに処刑され、一族は皆殺しの憂き目にあっていた。王家への忠誠が薄い西部領土の貴族たちへの見せしめも兼ねたこの動きは完全に失敗に終わり、西部領土の貴族たちは反王家で固まってしまっていた。
それを防ぐ意味も兼ねての婚約だがアルフレッドの愚かな行為によりそれらは全て台無しになりかけていた。
「普段からカレンに対するいじめを咎めていたのに今回のこの仕打ち、許せるはずがない! 貴様はこのまま牢獄に送り、処刑してくれる! 貴様の一族もただでは済まないと思え!」
「殿下ぁ。かっこいいですぅ」
「な……!?」
あまりの事に絶句するしかないリリアーナにアルフレッドの護衛の騎士たちが近寄ってくる。彼らの瞳には同情の感情が移っていたがアルフレッドの命令には逆らえず、リリアーナの両腕を掴んだ。
「っ! 離して! 殿下! お願いです! 今一度再考を!」
「黙れ! 騎士たちよ! 早くこの犯罪者を連れて行け!」
「殿下! 殿下ーーー!!!」
リリアーナは目じりに涙をため、必死に訴える。その様子を周囲の貴族は同情的な視線を送るも手を出す者はいない。本来であれば彼女の盾となり、王太子にすら反発する西部の貴族令息令嬢たちはいない。パーティーが始まる前に王太子によって投獄済みであるからだ。リリアーナだけがパーティーに参加できたのは王太子が貴族の前で彼女を断罪したかったからであった。
「カレン。これで私とお前の仲を切り裂こうとする者は消えた。私はこの場で宣言しよう。お前を、王太子妃に迎え入れると」
「殿下……。うれしいですぅ。その告白お受けしますぅ」
カレンは甘ったるい、男受けを狙っている口調でアルフレッドを情熱的な視線で迎え入れた。そんな二人の様子に周囲のパーティー出席者は冷ややかな視線で見ていた。あまりにも愚かな二人が引き起こすだろう暗闇の将来を予想して。
その後、パーティーが終わった翌日にはアルフレッドによってリリアーナは処刑された。本来、王太子であるアルフレッドにそんな権限はない為に完全に違法行為だが国王がそれに気づいた時には全てが終わった後だったのだ。
「アルフレッド……! 貴様よくも……!」
「父上。リリアーナはカレンに対して暴言暴力を日常的に振るっていたのですよ? あのような女死んで当然です」
国王に呼び出されたアルフレッドは平然とそう言い切った。実際、アルフレッドはリリアーナを悪と断じ、自分が正しいと疑っていなかった。実際はそんなことはないというのに。そして、例えリリアーナが悪だとしても彼女の死によって引き起こされる事態が理解できていない事に国王は呆れていた。
「……アルフレッド。リリアーナ嬢はバウネット公爵家の令嬢とは知っているな?」
「ええ。あんな辺境の貴族令嬢が随分と思いあがっていたと思っていましたが」
「アルフレッド! 貴様は国を二つに割くつもりか! 今回の件でバウネット公爵家は怒り狂っておる! このままでは挙兵をしそうな勢いでな!」
バウネット公爵家だけの挙兵であれば国王とてそこまで慌てる事はないが彼の家は西部領土のまとめ役をしており、人望も高かった。バウネット公爵家が王国に反旗を翻せば西部領土の貴族たちはこぞって後に続くだろう。
「何が問題なのですか? 王家に歯向かう無法者どもを一網打尽にするチャンスではありませんか」
「一昔前であればそれも可能だっただろう。だが、時代は変わったのだ」
魔導革命による新技術の登場により世界の在り方は変わらざるを得ない状況になった。でなけば魔導革命によって国力を向上させた国々によって食い物にされかねないのだから。そして、リューネンベルゴ王国はそれが遅れている国でもあった。隣国のガスコーニュ帝国は魔導革命にいち早く乗り、北伐によって大量の領土を獲得するに至った。単純な国力だけではリューネンベルゴ王国は太刀打ちすら不可能だろう。
それでもこの国が未だに安寧を保っていられるのは魔導技術の導入に成功し、一足先に近代化に成功した西部の貴族たちが防波堤となっていたからだった。尤も導入が遅れている王家はその状況を良しとせずにジュレイ辺境伯を謀殺してでも技術を得ようとしていた。
だが、それも不完全であり、他国と同程度になるまで10年はかかると考えていた。そんな中での今回の出来事である。技術で遅れ、人口ですら負けつつある西部の貴族たちに勝てるはずがないのだ。
「なっ!? それでは、我が王家は劣っていると言いたいのですか!」
「その通りだ。我らがこうして王として君臨できるのは王家の力が強大であるためではない」
ガスコーニュ帝国という強大な敵と隣接したくないと考える隣国のトラキア王国は王家に対してのみ支援を行い、先の戦争で超大国に上り詰めた中央ファンタジア帝国は周辺国の安定を第一に考えリューネンベルゴ王国にその矛先を向ける事はしなかった。
ハークレー連合は領土こそ少ないが技術力ではガスコーニュ帝国並に高い。製品の輸入先として王家の状況は素晴らしいと考えていた。パラクオン連邦も似た考えだろう。
「そんな……! で、では私の行動は……」
「王家の滅亡、で済めばいい大失態だな」
ガスコーニュ帝国がこのチャンスを放っておくはずがない。中央ファンタジア帝国もガスコーニュ帝国の領土拡大をこれ以上見過ごすことはしないだろう。トラキア王国も緩衝地帯の確保に動くはずだ。最早リューネンベルゴ王国が大国として存在することは不可能だろう。良くて国を分裂させての他国の傀儡。悪ければ滅亡して他国が勝手に作り上げる傀儡国となるだろう。
「とにかく、今は少しでも事態を良き方向に向かわせる事が必須だ。……アルフレッド。ここまで言えば分かっていると思うがお主の王太子の地位をはく奪し、第二王子に王太子の地位を与える。ジュラルド男爵令嬢は投獄し、処遇は今後の西部貴族との交渉で決まるだろう」
「はい……」
その後、バウネット公爵家との交渉は辛うじてまとまることとなった。バウネット公爵家も内乱は最終手段と考えていた為に王家との交渉次第ではと考えていたことが功を奏した形となった。
しかし、この交渉で王家は西部領土から完全に追い出される形となった。西部領土に持っていた直轄領は全てバウネット公爵家預かりとなり、配下や自分たちについてくれた貴族に与える事となった。一方でジュラルド男爵家は一族郎党が処刑され、カレンに関してはバウネット公爵家に引き渡される事になった。彼女は以降表に出てくることは無く、噂すら出回る事すらなかった。殺されたという者もいれば公爵家でリリアーナが大事にされていたことを考えれば今も生きており、地獄のような日々を送っていると考える者もいるが真相は闇の中である。
アルフレッドは王太子の座を追われ、王家からも追放される事となった。彼は断絶したジュラルド男爵領を与えられ、静かな余生を送ることになった。アルフレッドの行いは国中に知られた上に王家から追放されたアルフレッドに取り入ろうとする者は現れる事は無く、彼は老後を一人寂しく送ることになった。
今回の一件で国を二つに分断しての内乱は避けられることとなった。しかし、その代償として西部領土は事実上の独立状態となり、王家が西部に影響力を持つことは無くなった。バウネット公爵家は交渉の結果得られた特権や賠償を利用して発展を続け、リューネンベルゴ王国で最も発展した領土となっていくことになる。その集大成としてバウネット公爵領には新都市”リリアーナ”が建設される事になるがそれはまだまだ先の話であった。




