呪われた狩人
"Du Wütrich, teuflischer Natur,
Frech gegen Gott und Mensch und Tier!
Das Ach und Weh der Kreatur,
Und deine Missetat an ihr
Hat laut dich vor Gericht gefodert,
Wo hoch der Rache Fackel lodert.
Fleuch, Unhold, fleuch, und werde jetzt,
Von nun an bis in Ewigkeit,
Von Höll und Teufel selbst gehetzt!
Zum Schreck der Fürsten jeder Zeit,
Die, um verruchter Lust zu fronen,
Nicht Schöpfer noch Geschöpf verschonen!"
「狂人め、悪魔のような男、人と神と獣に不遜なる者よ!
生けるものの苦痛と悲しみ、そして彼らに対する貴様の悪行が
復讐の松明が燃える法廷へ貴様を招き寄せるのだ。
逃げろ、残忍な男よ、逃げろ、今すぐに!
今から永遠に!
サタンが自ら追ってくる!
彼は、あらゆる時代の王たちを恐怖に陥れた!
創造主も被造物も彼は、容赦しない!」
『Der wilde Jäger』
(呪われた狩人)
―――ゴッドフリード・アウグスト・ビュルガー
「ねえ、先生。
私ってすっごく馬鹿で、軽くて、いい加減なんだよ。」
淫靡な目つきで彼女は、俺にそう言った。
それまで人を好きになったことはなかった。
大人になるまで童貞だった俺が。
コイツは俺が好きで、俺はコイツが好きなんだと直感した。
教師が生徒に手を出していいのか。
はじめは、それしか頭に浮かばなかった。
第一、彼女は、あまりにも魅力的過ぎた。
同じ種と思えないほど美しく産まれついていた。
磁器のような肌、はち切れんばかりの豊満な体。
俺は、彼女が好きなんじゃない。
彼女の身体が好きなだけなんだ。
これは、不純な感情に過ぎないんだ。
そう考えて彼女を避けることに決めた。
それがある日、互いに貪り合うように結ばれた。
彼女の細い腰を取って俺が彼女の男になることができた。
俺に避けられた彼女が辛そうだったからか。
単に俺が欲望に負けて理性を捨ててしまっただけか。
どうしてそうなってしまったのか説明できない。
説明できない癖に俺は、平然と男だった。
彼女と繋がり、好きなだけ、好きなようにした。
だが彼女にとって遊びだろうといつも考えていた。
俺の何が彼女を時めかせたのか。
俺には、何一つ分からなかった。
教師と肉体関係になる。
そんな異常な行為に彼女が充足感を持っているんだ。
そう俺は、冷めた目で自分を品定めした。
でもコイツが欲しい。
俺にとって彼女は、必要なんだ。
それがどんな馬鹿な行き違いでも。
そんな彼女が獣になった。
古い御伽話で俺たちが聞かされていた怪異。
人間が獣になってしまうという―――
パニックになった。
すぐに彼女の血質がかなり低いことを確認する俺は、最低だと思った。
血統鑑定局が特殊鑑定にやって来た。
―――彼女と寝た俺には、血液感染の可能性があるからだ
金刺繍を施した深紅の狩り装束の血統鑑定官を見るのは、20年ぶりだ。
普通なら一生に一度しかお目にかかることはない。
「私ね、先生。
最近、どんどん頭が悪くなってきたの。
もう、おかしくなってるの!」
彼女は、そんなことを書いた手紙を残していた。
いつ書いたのか分からないが獣になる前兆を言っているのかも知れない。
俺のベッドを温めてくれる彼女は、もういない。
虚ろな目で俺は、部屋の一隅を睨んだ。
ゴッ、ゴッ、とドアノッカーを鳴らす音した。
「……ふう。」
女子生徒を犯した変態教師に学校がクビを宣告しに来たか。
俺は、そう覚悟して玄関に降りて行った。
「……はい。」
「ごきげんよう!」
玄関口に立っていたのは、教頭じゃない。
絹帽を被った男の子で黒いコートにピカピカのエナメル靴を履いていた。
「アルビン・ウィズダム・ハリバートン閣下ですね?」
男の子は、典雅な発音でそう言った。
いったいどんな場所で暮らしていたのか。
まるで200年ぐらい前の貴族の召使みたいだった。
「閣下なんて身分じゃない。」
「こちらの手紙をどうぞ。」
男の子は、真っ黒な封筒を俺に突き出した。
蓋には、金色の封蠟で黄金虫の紋章が捺されている。
差出人は、糞虫の巣。
「ははっ。
新手の売春宿の宣伝か何かか?」
18歳の教え子を汚した男には、お似合いのお誘いだな。
世間から人でなしの烙印を捺されたようで気が咎めた。
だが何故か封筒の中身が気になる。
封筒を開けると2枚の手紙があった。
一つは、間違えもしない彼女の字だ。
俺の手が震えた。
こんなにも感情が揺さぶられることがあるんだと知った。
悲しいとか嬉しいとか、そんな問題じゃない。
「何から話せばいいのか。
きっと納得してもらえないと思う。」
俺は、彼女の字を目で追った。
「先生は、私が騙してると思っててぜんぜん楽しくなかったでしょ?
でも私は、楽しかった。
いろんなことをして楽しかった。
私の気持ちは、嘘じゃない。
でも先生に話してないことがあ―――」
そこから先は、中学校の保健の授業の内容だった。
生物は、全身を巡る血液によって細胞から情報を集積する。
どの筋肉がよく動いているか、どう働いているかを。
その情報―――経験をもとに筋力が増したり、骨格が成長する。
それは、精液と経血として子孫にも継承される。
これが世代を重ねると進化になる。
―――この世界の医学では、精子と卵子が発見されていない
魚が蛙になり、トカゲが鳥になり、猿が人間になる。
血の医療とは、特定の血液を精製し、血液製剤とする。
そしてそれらを輸血することで筋肉を高めたり、体質を変えることができる。
「―――で、先生の血が私に混じると獣になるみたいなんだけど。
いろいろ悩んだけどそれでも別に構わないかなって。」
何度か同じ箇所を読み直した。
なぜ彼女がそう思ったのか。
宿礼院や血統鑑定局さえ解明できない血の秘密を彼女が解き明かしたのか。
これは、冗談か。
それとも獣に変わっていくことに気付いていたのかも知れない。
「先生は、素敵な人だから新しい恋人ができるかも知れない。
でも、そんな奴、相手にしないで。
先生は、いますぐ私を殺しに来い!!!」
2枚目の手紙は、鍵盤印字機で打たれたものだ。
こっちは、前置きの挨拶や長ったらしい形式ばった文章から始まる。
「本題に入ります。
狩人の騎士団は、貴殿に獣狩りに加わることを要請します。
これは、獣本人―――もはや人ではありませんが彼女の希望です。
哀れな獣の最期の願いです。
他の狩人の手にかかる前に彼女を狩ることを願います。
糞虫の巣の長、ジョハン・ヴィリアム・エヴァルト・スペンサー・キャヴェンポール」
俺は、狩人を探した。
普通の猟師じゃない獣の狩人だ。
人が人を失って獣になる怪異。
それを追い、狩る、神秘の夜を踏破する人殺したち。
「誰、あんた?」
俺が伝え聞いてやって来た家を訪ねると若い男が顔を出した。
「……俺は、アルビン・ハリバートン。
獣狩りを教えて欲しい。」
「ちっ。」
舌打ちすると男は、ドアを閉めようとした。
俺は、ドアを掴んで抵抗する。
「ちッ。
馬鹿のふりは止めてくれ。
俺が何を言いたいのか分かってるだろ?」
「俺が、俺の女なんだ。
彼女をこの手で送ってやりたいっ…!」
俺は、無我夢中で男に訴えた。
だが彼にしてみれば、こんな手合いは、珍しくないのだろう。
ほとほとうんざりした顔で俺を睨んだ。
「ちィ…ッ!
酒でも飲んで女抱いて、そんな考えは、忘れろ。」
「じゃあ、殺してくれ!!」
「ああ、そうかッ!」
男は、俺を殴った。
狩人の怪力は、信じれないほど強烈で肉も骨も滅茶苦茶になった。
まるで蒸気四輪車に跳ねられたみたいだ。
俺は、軽く吹き飛んで石畳の上に落ちた。
激痛で体が痺れて動けない。
「………ちィッ!」
あまりに不憫だったのだろう。
男は、俺を家の中に引きずっていった。
男は、乱雑で不潔な棚から茶色い瓶を掴んだ。
そして中身を注射器に移して俺に突き立てる。
すると不思議なことに俺の怪我は、たちまち元に戻ったのだ。
「わかったろ?
死ぬってのは、こーゆーことだ。」
男は、俺を見下ろしてそう言った。
彼は、”去勢人”セス。
若くて実力のある狩人だという。
俺の話を聞いてくれそうなのは、彼ぐらいだという評判だ。
それは、本当だった。
「狩人は、弟子なんか取らない。
獣を狩るのに必要なのは、血だ。
神祖アルスの血が獣を狩る効果がある。
お前らみたいな一般人の血じゃ、獣に効果がない。
仮に仕掛け武器や水銀弾を使っても獣を倒せねえ。
知識だけじゃ狩人にゃあなれねえンだよ。」
セスは、そう言いながら缶詰を食べていた。
「狩人の血を俺に入れればどうだ?」
俺は、縋るように尋ねる。
セスは、鼻で笑った。
「フッ。
悪いが俺は、医者でも何でもないんだ。
少なくとも俺の血をどうこうしても無駄だろう。
馬鹿なことを考えたらキンタマを寸切るぜ。」
1つ数エキュの安い鰯の缶詰を食べながら1本100万エキュの高級ワインをセスは、手に付けた。
ワインの王様、シャトー・ル・ロンドンが鰯のお供にされている。
「さあ、これで納得してくれたか?
これ以上、何を話してもこれ以上、先に進むことなんか何もないぜ?」
「………そうだな。」
深いため息と一緒に俺は、そう言った。
幸運なことに俺は、教師を辞めることにならなかった。
俺が愛した女は、まるで最初からいなかったみたいだ。
俺は、家に持ち帰った仕事を終えてベッドに向かう。
布団に包まって眠りに就くと頭は、彼女のことでいっぱいだ。
口の周りを血塗れにして子供を食い千切る彼女の姿だ。
ランランと光る眼が闇の中を走っていく。
狩人たちの追跡を搔い潜って彼女は、今晩も逃れた。
「う………うあ………ああ。」
時計は、夜2時を指している。
俺は、汗だらけになって震えた。
寒くて寒くて堪らない。
今晩も彼女の声がする。
「先生。
追いかけっこしましょ。」
「ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!」
俺は、台所のナイフに飛びついた。
そいつを握って夜の街に駆けだす。
呪われた狩人になって。




