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第6話 炎獣王バルグロスとの激突!眠りし力が目覚める時


灼熱の第二階層。足を踏み入れた瞬間から全身を焼くような熱気に包まれ、肌がヒリヒリと痛む。視界は炎の揺らぎで歪み、耳にはマグマが煮えたぎるような轟音が響いている。まさに、生きたまま焼かれる釜戸の中だ。その中心に立つのは、炎を纏う巨大な体躯を持つ焔獣王バルグロス。彼は俺の目の前で、全身から噴き出す熱気をさらに増幅させ、今にも襲いかかろうとしていた。


「来い! 主よ! 我にその力を見せつけよ!」


バルグロスが吼える。その声だけで、周囲の炎が巨大な波となって揺れ動いた。俺の背後では、リリスとヴァルティナ、アクアリアが固唾を呑んで見守っている。彼らの間にも、この灼熱の空気とは違う、張り詰めた緊張感が満ちていた。


俺は、力の使い方なんて全く知らない。バルグロスのような圧倒的な力を持つ相手と戦う術など、何も持ち合わせていない。頭の中は、どうすればこのピンチを切り抜けられるのか、どうすれば無事にこの階層を通り抜けられるのか、そればかりで埋め尽くされていた。エアコンとアイスの約束、バルグロスとの軽口。それらも、今となっては遠い世界の出来事のように感じられる。


バルグロスが、燃え盛る巨大な拳を振り上げた。その拳に宿る炎は、周囲の熱気を全て吸い込んだかのように、一段と輝きを増している。それは、全てを焼き尽くす破壊の力を内包していた。


速い! あの巨体に似合わない速度で、バルグロスの拳が俺に迫る。避ける? 無理だ。防御? どうやって? 体は硬直したかのように動かない。脳裏に浮かんだのは、焦げ付いたポテトチップスという、なんとも情けない比喩だった。


「し、主!」


「バルグロス! やめろォ!」


リリスの悲鳴、ヴァルティナの怒声。彼女たちの声が遠く聞こえる。バルグロスの燃える拳が、俺の顔の目前まで迫ってきた。熱い! 肌が焼ける! もう、ダメだ…!


その時、だった。


死の恐怖、絶望感、そして…「こんなところで、風呂と美味い飯、そして快適なスローライフを諦めるわけにはいかない!」という、なんとも不純で強烈な願望が、俺の体の中でスパークした。


体の奥底、腹のさらに下の方から、マグマのように熱く、それでいて光のように澄んだ何かが、一気に噴き出すような感覚。それは力というよりも、存在そのものが変質するような、抗いがたい流れだった。全身の細胞が活性化し、眠っていた何かが、強引に叩き起こされるような…。


視界の端に、例の光の文字列が、初めて見るような激しさで点滅し始めた。


『『終焉の塔』創造主:封印されし王:眠りし災厄』

『潜在能力:『原初の力』:認証完了』

『出力最大値:限界突破』

『警告:制御不能の可能性あり。周囲環境への影響増大確実。』

『緊急対応:周囲空間の絶対的歪曲を開始します。対象:指定範囲内の全存在(主を除く)。』


「な…! 何だ、この感覚は!?」


バルグロスが驚愕の声を上げた。彼の燃える拳が、俺に届く直前で、まるで透明な壁にぶつかったかのように停止した。


俺の周囲の空間が、ゼリーのように、いや、もっとドロドロとした何かのように、グニャリと歪み始めた。バルグロスの巨大な拳は、その歪みに飲み込まれ、内部でウニョウニョと、まるでビデオテープが絡まったかのように蠢いている。熱を発しているはずの炎も、その歪みの中では力を失っているように見えた。


「くっ…! この空間の歪み…! バルグロスの炎を…無効化するだと…! これが…これが主の…『原初の力』…!」


バルグロスが唸る。彼は、空間の歪みから無理やり拳を引き抜こうと、全身の力を込めているようだが、それはまるで水中で岩を動かそうとするように困難な作業らしい。


俺自身も、何が起こっているのか全く理解できていなかった。ただ、体の奥から uncontrollable な力が溢れ出し、それが勝手に周囲の空間を歪ませている感覚だ。制御しようにも、どうすればいいのか皆目見当がつかない。脳内で「キャンセル!」「停止!」と叫んでも、文字列は点滅を続けるだけだ。


『潜在能力:『原初の力』:出力、さらに上昇中』

『警告:第二階層全域への影響、不可避』

『緊急対応:対象範囲をバルグロス個体へ限定。局所的歪曲へ移行。』


文字列が表示される度に、俺の周囲の空間の歪み方が変化する。そして、その歪みは、まるで意志を持ったかのように、バルグロスの巨大な体へと集中し始めた。彼の全身が、グニャグニャと歪んでいく。まるで、巨大な粘土細工が崩れていくかのようだ。


「な…なんだ、この力は!? 五百年前の主よりも…否! 創造主そのものに近い力が…! このままでは…このままでは…我は塔から弾き出されてしまう…!?」


バルグロスが、パニックに近い叫び声を上げた。炎を纏っていた体が、空間の歪みに吸い込まれていく。強大な炎獣王が、目の前で物理法則を無視した力によって蹂觙されていく光景は、あまりにも非現実的で、恐ろしかった。


まずい! 戦闘に勝つどころか、バルグロスを本当に消滅させてしまいかねない! 鍵もエアコンもアイスも、全てが水の泡だ! ていうか、人が目の前で空間に飲み込まれそうになってるんだぞ!


「と、止まれ! 止まれってば! そこまでだ! ストップ!」


俺は必死に叫んだ。体を襲う力の奔流に抗おうとするかのように、両手を前に突き出した。


俺の必死の叫びが通じたのか、あるいは『原初の力』の暴走が制御可能になったのか、はたまたバルグロスが何かをしたのか…周囲の空間の歪みが、フッと収まった。バルグロスの体も、歪みから解放され、ドスン!と大きな音を立てて地面に落ちた。


「はぁ…はぁ…はぁ…」


バルグロスは、地面に片膝をついたまま、荒い息遣いを繰り返していた。全身を覆っていた炎は完全に消え失せ、体からは尋常ではない量の湯気が出ている。地面には、彼がいた場所に巨大なクレーターができている。どうやら、空間の歪みから解放された反動で、地面に叩きつけられたらしい。


「…恐るべき力だ…主よ…これが、お前の…『原初の力』…」


バルグロスは、震える声で言った。その顔には、さっきまでの威圧感は消え失せ、ただただ純粋な驚愕と、底知れない畏怖、そして…奇妙な興奮のような表情が浮かんでいる。まるで、求めていた究極の力を目の前にした狂信者のようだった。


「まさか…五百年の眠りが…ここまでとは…」


リリスとヴァルティナが、駆け寄ってきた。二人とも、俺の力を目の当たりにして、顔面蒼白になっている。リリスは俺の手を握り、「主…今の力は一体…」と震える声で尋ねる。ヴァルティナは、無言で俺の前に立ち、バルグロスから俺を護るかのように戦斧を構え直している。アクアリアも、宮殿の入り口で静かに事態を見守っていたが、その瞳には明確な驚きの色が浮かんでいた。


「俺にも分かんないよ! なんか勝手に体が動いて、変な空間が出てきて…」


俺は自分の手を呆然と見つめた。さっき、ここからあのヤバい力が出たのか? 全く実感が湧かない。まるで、自分の体ではないみたいだ。


バルグロスが、ゆっくりと、まるで生まれたての仔鹿のように覚束ない足取りで立ち上がった。体は傷ついていないようだが、精神的なダメージは相当なものらしい。彼は俺の目の前に歩み寄り、そして…深々と、頭を垂れた。


「…参った」


バルグロスは、その巨大な体躯を折り曲げ、畏敬の念を込めて言った。


「我の完敗だ、主。五百年の眠りは、貴様を弱体化させるどころか…さらに強大にしたらしい…このバルグロス、心より服従を誓います」


「え? あ、ああ…」


よく分からないが、勝ったらしい。しかも、前より強くなったとか言われたぞ。全然実感ないけど! むしろ、制御できない力なんて怖すぎる!


「約束は、守らせていただきます」バルグロスは頭を上げ、懐から一つの光る石を取り出した。それは、第一階層のアクアリアからもらったものと同じ、温かい輝きを放つ石だった。「これだ。最上階への鍵の一つ…預かっておけ、主」


バルグロスが差し出した光る石は、さっきの戦闘の熱とは違う、優しい温もりがあった。手に取る。これで最上階への鍵が二つ手に入った。


「ありがとう、バルグロス」


「ふっ…礼など無用」バルグロスは再びニヤリと笑った。今度は、さっきのような威圧感ではなく、どこか満足したような笑みだ。「主の力を目の当たりにできただけでも、五百年待った甲斐があったというものだ」


「そして…エアコンとアイスだ」バルグロスは、ドスの効いた声で言った。「この第二階層の片隅に、貴様が快適に過ごせる領域を作り出してやろう。冷気は我の炎で相殺し、新鮮な水と食材で、貴様が望むものを供給してやる…具体的には、どんなアイスが好みだ? バニラか? チョコレートか? それとも、フルーツがたっぷり入った奴か?」


「おお! マジか! 最高だぜバルグロス! 種類は多い方が嬉しいな! あと、かき氷とかもできたりする? 夏場とか最高なんだよ!」


俺の具体的な要求に、バルグロスは楽しそうに唸った。


「かき氷か…ふむ、面白そうだ! よし、任せておけ! 主の望むがままに、最高の避暑地を作り出してやる!」


やったぜ! これで灼熱地獄にオアシスができる! バルグロス、見た目は脳筋っぽかったけど、意外と話が分かる奴だった! ていうか、部下として最高だ!


「では、主よ。鍵は渡した…次なる目的地へ向かうがよい」


バルグロスは再び巨大な体に炎を纏わせ始めた。もう俺に用はなくなったらしい。彼の領域である第二階層から、穏やかな炎を眺めながら、俺たちの旅立ちを見送ってくれるようだ。


俺はバルグロスに礼を言い、リリス、ヴァルティナ、アクアリアと共に第二階層を後にした。後ろからは、バルグロスが何か楽しそうに唸っている声が聞こえてくる。きっと、エアコン付きアイス食べ放題エリアの設計図でも考えているのだろう。


灼熱の空気から解放され、再び第三階層への入り口に立つ。扉の向こうから、容赦ない冷気が吹き付けてくる。


「…はぁ、助かったぁ」


俺は安堵の息をついた。さっきの戦闘で体力を使ったせいか、体がだるい。それに、あの制御不能な力…あれをまた使うことになるのかと思うと、正直ゾッとする。


「主…大丈夫でございますか?」


リリスが心配そうに見上げてくる。背中の羽も、まだ少し震えている。ヴァルティナも、いつも以上に注意深く俺の様子を窺っている。アクアリアは、静かに俺の横に寄り添っていた。


「ああ、大丈夫だ。ちょっと疲れただけ」


俺は苦笑いした。自分の体なのに、何が起こるか分からない。これほど心細いことはない。


「それにしても…主の力…」


リリスが呟いた。


「あれが、主の『原初の力』なのでしょうか…」


アクアリアが静かに言った。


「しかし、あの力…あまりに強大すぎる…」


ヴァルティナが重々しく付け加えた。


俺の力について、三人は色々なことを言っているが、一番困惑しているのは俺自身だ。あれをどうやって制御するんだ? また勝手に暴走して、今度は味方を巻き込んだりしないだろうな?


不安は尽きないが、立ち止まっているわけにはいかない。次の階層は、第三階層。『氷棘のマリア』の領域だ。アクアリアの話だと、彼女は心を閉ざした魔女らしい。バルグロスの時のように、力任せでどうにかなる相手じゃないかもしれない。どうすれば、彼女から鍵を譲ってもらえる?


冷たい空気の中に足を踏み入れる。第三階層は、文字通り全てが凍てついている。物理的な寒さもそうだが、マリアの凍てついた心も、俺たちを待ち受けているのだろう。


世界の命運? 魔王? そんなことより、次の階層はどんなヤバい奴が出てくるのか、そして、いつになったら安心して風呂に入って美味い飯が食えるのか…それが今の俺にとって、一番重要な問題だ。そして、そのために、俺は前に進み続ける。


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