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第4話 ようやく辿り着いた快適空間と、まともそうな水龍姫

第一階層は、これまでの階層とは全く雰囲気が違った。じめじめした最下層、無機質な第五階層、薄暗い第四階層、凍てつく第三階層、灼熱の第二階層…まるで苦行のような道のりだったが、第一階層はまさにオアシスだ。清らかな水の音、ひんやりとして澄んだ空気、そして幻想的な光。


そして何より、「風呂はありますか?」という俺の第一声に、リリスやヴァルティナのようにズッコケず、フッと微笑んで「ございます」と答えてくれた水龍姫アクアリア。なんか、この子だけまともっぽいぞ!


アクアリアに案内されて、クリスタルの宮殿の中へ入る。内部も外観と同じく、透明なクリスタルを基調とした幻想的な空間だった。床は水面のように揺らめき、壁からは柔らかな光が溢れている。


通された湯殿は、これまた凄かった。広さは最下層の湯殿と同程度だが、全く雰囲気が違う。湯船は巨大なクリスタルでできていて、その中に満たされた湯は、透き通った青色をしていた。湯船の縁からは絶えず新しい湯が流れ込んでおり、湯気と共にほんのり甘い香りが漂っている。


「これは…すげぇ!」


思わず声が漏れた。これぞ温泉!って感じだ!


「主にお気に召していただけたようで、何よりです」


アクアリアが穏やかな声で言った。リリスとヴァルティナは、少し離れたところで静かに控えている。ヴァルティナは、第一階層の清涼な空気に当てられて、少し動きがスムーズになったように見える。第二階層の熱地獄で相当参ってたんだろうな。


「どうぞ、ごゆっくり…何かございましたら、お呼びください」


アクアリアはそう言うと、リリス、ヴァルティナと共に湯殿を出て行った。三人の背中を見送り、俺は服を脱ぎ始めた。


ザブン、と湯船に体を沈める。


…あぁぁぁぁぁ……………。


五百年ぶりに目覚めた体の疲れと、最下層から第一階層まで移動してきた道のりの疲れが、一気に吹き飛ぶ気がした。肌を滑る湯はとろりとしていて、湯船の底からは微かな泡がシュワシュワと湧き上がっている。これが「最上の湯」か! アクアリアさん、マジで分かってる!


「ふぅ…極楽、極楽…」


湯船の縁に頭を乗せ、天井を見上げた。クリスタルの天井を通して、湖面の淡い光が揺らめいている。


(…しかし、なんで俺が「王」とか「魔王」とか言われてんだ?記憶、全くないんだよな…)


湯に浸かりながら、改めて考えてみる。本当に俺がこの塔を作った? 世界を創造した? そんな大それたことができるような人間だった覚えは、全くない。せいぜい、ゲームの世界で最強キャラを作って悦に入ってた程度だ。


(もしかして、これも全部、俺が見てる夢だったりして…?)


いや、リアルすぎるだろ。あの湯の触感も、アクアリアさんの美しさも、リリスとヴァルティナの忠誠心(と残念さ)も、全部リアルだ。それに、視界の端に表示される光の文字列も。


『『終焉の塔』第一階層統治者:水龍姫アクアリア』


その文字列が、この状況が夢ではないことを告げている。


湯から上がり、用意されていた清潔なタオルで体を拭く。着替えもあったが、どこか見慣れない豪華なローブだった。まあ、服よりはマシか。


湯殿を出ると、アクアリアが宮殿の一室に案内してくれた。部屋はシンプルながらも洗練されていて、大きな窓からは美しい地下湖が一望できる。テーブルには、湯上りにちょうど良さそうな、ひんやりとしたデザートが用意されていた。


「湯加減は、いかがでしたでしょうか、主?」


アクアリアが優しく尋ねた。リリスとヴァルティナは、部屋の隅で再び控えている。


「最高だった! いやー、あの湯はヤバいね! 今まで入った風呂の中で一番だ!」


俺が興奮気味に言うと、アクアリアは嬉しそうに微笑んだ。


「主にお喜びいただけて、光栄です」


「ありがとう、アクアリアさん。いや、アクアリア。タメ口でいいよ。俺、そんな畏まられる柄じゃないから」


「…しかし、主…」


「いいからいいから。それより、ちょっと話を聞かせてもらえるか?」


俺はテーブルに着き、デザートに手を伸ばした。ひんやりとしたムースのようなものだ。口に含むと、爽やかな甘さが広がった。これも美味い!


アクアリアは少し戸惑っていたが、やがて俺の向かい側の席に座った。リリスとヴァルティナは、まだ遠慮している。


「お前たちも、ほら、座って食えよ」


俺が促すと、二人はおずおずと席に着いた。リリスはデザートを見て目を輝かせている。ヴァルティナは相変わらず無表情だが、どこかリラックスした様子だ。


「でさ、アクアリア。お前、俺のこと『主』だって言ってるけど、何か知ってるのか? 俺、記憶が曖昧でさ」


アクアリアは静かに頷いた。


「…主は、この塔を…そして、この世界を創造なされた、始まりのお方。あまりにも強大すぎるその力を、世界の均衡を保つため、ご自身の意志で封印なされ、この塔と共に眠りにつかれた…と、伝え聞いております」


リリスやヴァルティナが言っていたことと同じだ。しかし、アクアリアの口から語られると、もう少しだけ真実味がある気がする。話し方が落ち着いているからだろうか。


「そうか…で、なんで俺が今、目覚めたんだ? 封印が解けた理由とか、知ってるか?」


「それは…」アクアリアは少し考え込むような仕草をした。「この塔の力と、世界の均衡が、再び大きく揺らぎ始めた兆候であると、私は考えております」


世界の均衡が揺らぎ始めた? それってつまり、外で人類が「魔王」である俺を討伐しようとしてるから、とかそういうことか?


「…外の世界が、俺を『魔王』とか言って討伐に来てることと、関係あるのか?」


「可能性はございます。主の力が、世界の脅威として認識され、それに抗う力が生まれた…その反動で、封印が緩んだのかもしれません」


なるほど。俺が目覚めたから世界が危機に瀕したんじゃなくて、世界が危機に瀕したから俺が目覚めた、という可能性もあるのか。…いや、どっちにしても俺のせいか?


「他の階層の連中も、俺の目覚めを待ってたって言ってたけど、あいつら、どういう奴なんだ?」


アクアリアは一瞬、言葉を選ぶように間を置いた。


「…リリスは、主への忠誠心が強く、誰よりも早く主のお目覚めに気づきました。しかし…少し、情緒が不安定な部分が…」


リリスがプルプルと震えている。バレてるぞ、情緒不安定なところ!


「ヴァルティナは、無口で頑固ですが、主への忠誠心は揺るぎません。彼女の力は、主の意志を体現する剣…」


ヴァルティナは無言で頷いている。まあ、彼女は鎧のせいで感情が読めないからな。


「バルグロスは、強大な力を持つ炎の王ですが、感情に任せて暴走しやすい傾向が…マリアは、全てを拒絶する冷たい魔女…ゼフィロスは、死を司る王…皆、主によってこの塔に置かれた存在ですが、それぞれの個性と力を強く持っております」


アクアリアの説明を聞いていると、改めてこの塔のボスたちが、一筋縄ではいかない連中だということが分かる。リリスとヴァルティナはまだ可愛らしい方なのかもしれない。


「てかさ、お前たち、五百年も俺のこと待ってたのか? 暇じゃなかったのか?」


俺が素朴な疑問を口にすると、リリスとヴァルティナ、そしてアクアリアも、少し困ったような顔をした。


「暇、と言われれば…そうかもしれません…」


リリスがモゴモゴと呟いた。


「主の眠りは、我らにとっては世界の停滞と同義…」


ヴァルティナが重々しく言った。


「ですが、この塔を守護することも、主から与えられた使命…五百年間、私たちはそれぞれの階層で、静かに時を重ねておりました」


アクアリアが静かに答えた。


五百年か…。その間、ゲームもできないし、風呂にも入れないし、美味い飯も食えない。俺には耐えられないな、そんな生活。


「そうか…大変だったな」


俺が労いの言葉をかけると、三人は少し驚いた顔をした後、嬉しそうに頭を下げた。


「もったいなきお言葉…」


「それはそうとさ」俺はデザートを全て平らげた。「この塔のこととか、俺のこととか、世界の状況とか、もっと詳しく知りたいんだ」


「御意」アクアリアが頷いた。「ですが、主の記憶を取り戻すことや、塔の全ての秘密を知るためには…」


その時、ガガン!という大きな衝撃が塔全体を揺るがせた。さっきまでの戦闘音とは比べ物にならない、地響きのような揺れだ。


「な、なんだ!?」


「この揺れは…塔の結界に、強力な攻撃が…!」


ヴァルティナが素早く立ち上がり、警戒態勢に入る。リリスも顔色を変えた。


部屋の隅の魔法陣が光り出し、再び外部の映像が映し出された。今度は、さっきの指揮官だけでなく、その後ろにさらに巨大な部隊が控えているのが見える。そして、その中には、明らかに規格外の巨大な兵器のようなものも混じっている。


『第二波攻撃開始! 今度こそ、塔の結界を完全に破壊する! 魔王を滅殺せよ!』


指揮官の声が響き渡る。映像を見ていると、塔の外壁らしき場所に、巨大な魔法砲のようなものが向けられているのが分かった。


「これは…いけません! あの兵器は、塔の結界を貫通する可能性があります!」


アクアリアが立ち上がった。先ほどまでの穏やかな表情は消え、緊迫した表情になっている。


「主! 危険です! すぐに最下層へお戻りを!」


リリスが焦ったように言った。


「いや、今更最下層に戻っても同じだろ。それに、せっかく第一階層まで来たのに」


俺は立ち上がり、窓の外に見える美しい地下湖を見やった。


「なあ、アクアリア」


「はい、主」


「お前が言ってた、『塔の全ての秘密を知る』ためには、どうすればいいんだ?」


アクアリアは、俺の問いに一瞬ためらった後、答えた。


「…塔の全ての秘密は、最上階…第七階層にございます。そして、第七階層への扉を開く鍵は…塔の各階層の主たちが、それぞれ一つずつ持っております」


…なるほど。つまり、俺の記憶を取り戻すためにも、世界の秘密を知るためにも、そしてこの状況を打開するためにも、他の階層のボスたちに会いに行って、最上階を目指す必要がある、ということか。


ゲームで言うところの、「各ダンジョンのボスを倒して鍵を手に入れ、ラスボスがいる塔の頂上を目指す」ってやつだな! まさか、異世界転生してもゲームのノリから逃れられないとは!


「よし、分かった」


俺は決意を固めた顔で言った(たぶん)。


「こうしちゃいられないな。風呂と飯も大事だけど、まずはこの状況をどうにかしないと、ゆっくり風呂にも浸かれないし、美味い飯も食えないからな!」


目的が結局そこなのかよ! と、リリスが心の中でツッコんだのが見えた気がした。


「ヴァルティナ、リリス! アクアリアも!」


俺が呼びかけると、三人はピシッと姿勢を正した。


「行くぞ。次の階層へ!」


塔の外からは、結界に打ち付けられる強力な攻撃の音が響き続けている。世界は俺の目覚めを「災厄」と呼び、滅ぼそうとしている。そして、俺の正体は不明。


だが、そんなことはどうでもいい!


まずは、他の階層のボスたちに会って、最上階を目指す! そして、この状況を打開して、快適なスローライフを手に入れるんだ!


こうして、世界の命運を(またしても)握るかもしれない男の、風呂と飯を求める迷惑千万な塔攻略(?)が、本格的に始まったのだった。


先行き不安しかないけど、まあ、なんとかなるだろう!



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