第23話 魔獣より怖いのはリリスの嫉妬(物理)
ちょいと方向転換。
魔獣化事件が王都を席巻しはじめた――その裏で、塔の主である俺は、特に緊急感もなく、干し肉とスパイスをリュックに詰めていた。
「まあ、飯はちゃんと食っとかないとな」
そんな俺の元に、爆風を纏った黒い影が真っ直ぐ降下してくる。
ズドンッ!!!
地面が揺れる。市場の外れにできた巨大なクレーターの中心に、黒翼を広げた少女が仁王立ちしていた。
「主ぃぃぃいいいぃいい!!!」
「……リリスじゃん」
「どこに行ってたの!?リリスが目を離したすきに……魔獣事件!?王都が炎上!?しかも“主が原因”って噂が流れてるって何それ聞いてないんだけど!!?」
「いや俺、干し肉落としただけなんだけどな……」
「干し肉で王都を救う主、尊い……でも危険に晒される主、絶対許さない……!裏で操ってたやつ、リリス、文字通り八つ裂きにするから!」
リリスの背後で、黒炎がめらめらと上がる。
その直後、別の爆風。今度は地面から突き上げるような爆発とともに、鎧をまとった長身の女が出現。
「主……遅れました」
「ヴァルティナまで……」
「王都が動乱と聞き、全階層の防衛を残して単騎で駆けつけました。第五階層を一時的に封印しています。問題ありません」
「いやいや、問題しかないからな?」
すると、上空から雷鳴と共に、風を裂くような轟音。
「我が王よ、ここに参上いたしましたぞ!」
第四階層の風帝・ゼフィロスが空から優雅に着地。バチバチと帯電したマントを揺らしながら、なぜかバイオリンを片手に持っていた。
「なにそれ」
「王都という舞台にふさわしい登場演出を考えてみたのです。似合っていましたか?」
「いや、だいぶ浮いてた」
その直後、路地裏の水路からドバァっと水柱が上がり、美しき蒼髪の女性が登場。
「王よ、アクアリア、三秒で駆けつけました」
「三秒で水遁してくるなよ」
そしてトドメのように、地下からズシンと大地が揺れる音。地面が陥没し、炎と共に赤黒い巨体が飛び出す。
「王ーーーッ!!バルグロス、参上ッ!!」
「いやなんでお前まで!?」
次々と現れる塔のボスたち。全員がそれぞれの階層の象徴であり、強さもカリスマも兼ね備えた存在。それが――
全員、俺の周りに集まって、全力で過保護モードを発動していた。
「主、額に傷が!?誰がやった!?」
「この服、血の匂い……!?脱がせて確認します!」
「食事は!?睡眠は!?湿度は!?」
「乾燥は喉をやられます、王は講演用の喉ですから!」
「誰が講演すんだよ!」
市場の人々があっけにとられて見る中で、俺の周囲にだけ塔の歴戦ボスたちが集結。まるで“世界を守る神々の定例会”みたいな構図になっていた。
しかも皆、完全に“主に触るな”の構え。
「――主、魔獣の情報を」
ヴァルティナが膝をついて札を差し出してきた。
「この呪符は第七階層で封印した禁呪と酷似しています。発信源の座標を突き止めました」
「え、もう?」
「主の安全を守るため、情報収集班を七秒で組織しました。後方支援も完了済みです」
「お前ら、どんだけ全力なんだよ……」
「主のためですから」
塔の最強たちが、当然のように即答する。
それを見ていた市場の魚屋がぽつりと呟いた。
「なんなんだあの人……王族より王族っぽい……」
「干し肉落としただけでこれかよ……」
「いやでも……確かに助かったしな……」
「救世主……?」
「うおおおぉおん!主ぃぃいいいいっっ!」
リリスが号泣しながら俺に飛びつき、ヴァルティナが即座に抱きとめ、ゼフィロスが優雅にバイオリンを弾き始める。
「主のテーマ曲、即興で作りました!」
「頼むからやめてくれ!」
――こうして、なぜか王都の人々に「塔の王」としての存在感を知らしめることになった俺。
いや、ほんとにやったことって、干し肉落としただけなんだけどな――。
「で、発信源ってのはどこなんだ?」
俺は干し肉を手に取りながら、膝をつくヴァルティナに聞いた。彼女の瞳は、まるで“主に説明できることに歓喜している犬”のようにキラキラしていた。
「はい、王都の北東、かつて王国が封印した旧研究区画……《蒼の棺》と呼ばれる禁忌領域です」
「また物騒なネーミングだな。大体そんなとこ、なんで封印されてんの?」
「“そこに何かがあるから”……だそうです」
「いや、説明になってねえ」
そのとき、アクアリアが手を挙げた。
「主、アクアリア、先行偵察を希望します。ついでに水位も上げておきます。バイオ環境調査のついでに、ついでに、ついでに……」
「ついで多すぎない?」
ゼフィロスがうんうんと頷く。
「我が王が向かう場所なら、雷雲と風を先に送っておかねばなりません。歓迎の意を込めて嵐でも用意して……」
「何を歓迎すんだよ!?やめとけ、被害が出る!」
「でも、主が通るなら“聖域”として再定義されるべきです」
「俺、ただの通りすがりの干し肉の民なんだけど」
そんなこんなで、どういうわけか、俺が魔獣化事件の核心に迫るべく“自ら進んで出向く”ことになってしまった。言っておくが、俺は「出向く」とか一言も言ってない。勝手に出発が決まってた。
移動は第二階層の巨人王・バルグロスが用意した“移動要塞型魔動車”――名前の響きはすごいけど、要は超巨大なカート。中にはキッチン、バス、寝床、サウナ、ライブラリー、展望台……どんだけ積む気だ。
俺がうっかり「なんか修学旅行みたいだな」と呟いたせいで、ゼフィロスが車内アナウンス係になったのは、今でも後悔してる。
「さあ、みなさま、ご乗車ありがとうございます! 我らが王を中心に、世界の闇を暴く旅へと出発でございます~!」
「やめろ、やめろったら!」
しかも沿道にはすでに市民たちがずらりと並び、「王!」「塔の主様!」「干し肉持ってけー!」と歓声と謎の差し入れが飛び交っていた。俺は気付いた。
――これもう俺、王都のアイドル枠になってないか?
「主、これは“干し肉奉納の儀”として後世に伝えましょう」
「伝えなくていいからな!?」
そんなこんなで、俺は望んでもいない大騒動の渦中、塔の歴戦ボスたちに囲まれて、魔獣事件の発信源――《蒼の棺》に向かうことになった。
道中、どう見てもただの廃村に迷い込んだのに「ここが敵の拠点だ」と騒がれ、ボスたちが全力で“掃除”していく姿を横目に、俺はただ、干し肉とお茶を用意する係だった。
「主のこの穏やかな所作……敵への心理攻撃ですね!」
「ちげーよ!ただの茶出し係だよ!」
しかも、途中立ち寄った村で起きていた“夜にだけ魔獣が現れる怪異”は、俺が寝言で「にんにく足りない……」と呟いたのを村人が聞いた結果、料理ににんにくを入れるようになったら魔獣が寄って来なくなった、という謎のオチで解決してしまった。
「主の予知能力……!」
「偶然だっつってんだろ!!?」
気付けば、国王直属の諜報部すら動き出し、「塔の主、次期神託者か」とか噂され、国中が浮き足立ち始めていた。
「なんでこうなるんだ……」
と呟いた俺に、リリスが満面の笑みで答える。
「だって主は、私たちの“世界そのもの”ですから」
「……重い」
こうして、干し肉と寝言と誤解の連続で、俺はまた一歩、“国を救う男”に近づいていた。
だが、本人だけはまだ――
「次は塩分多めの干し肉にしようかな……」
のんきに旅の飯計画を立てていたのであった。
アクアリアは水を撒き散らしながら「主の通った道を“聖なる水路”に」とか言い出し、ヴァルティナは巨大な戦斧を“門前掃除”と称して振り回し、ゼフィロスは空に向かって「祝雷!」とか叫びながら雷雲を召喚する始末。何かが確実に間違ってる。
「なあ……これ、潜入調査じゃなかったっけ?」
「はい、主に気づかれないよう、密やかに行動しております」
「全然密やかじゃねぇよ!?むしろ“主様お通りでぇす!!”って言ってるようなもんじゃん!!」
「おっしゃる通り、主。もっと主張を強めるべきです」
「違ぇよ!!」
こうして何もかもが予定とズレたまま、《蒼の棺》――王国の旧研究施設へとたどり着いた。
そこは、鉄と蒼い結晶がむき出しになった廃墟だった。無数の封印符が貼られ、立ち入り禁止どころか「絶対に近づくな」レベルの重々しい雰囲気が漂っている。
……が、俺が何気なく「なんかゴミ置き場っぽいな」と呟いたその瞬間。
「主が“解錠の言葉”を!」
ヴァルティナが叫び、封印が次々とバチバチと音を立てて解除されていく。
「いやいや、そんなつもりじゃ――」
「“主の一言”は世界の真理! やはりこの地は、過去の“ゴミ”を清算する場所だったのですね」
「ゴミって言っただけだよ俺は!!」
中に入ると、空間は異常に静かだった。埃に覆われた機器、割れたガラス、奇妙な形をした石像のような物体。そして、部屋の片隅には――なぜか、干からびた干し肉が置かれていた。
「……なんで、こんなとこに干し肉?」
俺がそれを拾い上げた瞬間、遺跡全体が震えた。
床の魔方陣が発光し、空気がざわつく。塔のボスたちが一斉に俺の前に立ちふさがる。
「主、お下がりください!」
「この反応……封印が、解かれようとしている!」
いや、ちょっと待て。俺がやったことはただの干し肉拾いだ。封印も真理も何もない。ただのつまみだ。
しかし、塔のボスたちは完全に“事件勃発モード”に突入していた。
「主が触れたことで、遺跡は真なる主を認識したのです」
「……その干し肉、もしかして王家の供物とかじゃない?」
「供物ショボくね!?」
直後、床が抜け、全員が地下へと落下した。
そして、そこに広がっていたのは――
広大な人工培養施設。そして、無数の水槽の中に浮かぶ魔獣の幼体。
「これが……魔獣化事件の元凶……!」
「いや、俺が拾った干し肉のせいじゃね!?」
その中の一体が、突然ぬるりと水槽から抜け出し、足元へ近づいてくる。
ぐるぐる目の、ヒョロ長いヤツだった。
「主……その……干し肉を……おおおおおぉおおお……」
しゃべった。
しかも、敬語。
「喋ったぁぁ!?何!?なんで干し肉に執着!?俺そんな“干し肉神”みたいな属性あったっけ!?」
魔獣(?)は俺の干し肉を両手で包み、恍惚の表情を浮かべると、こう言った。
「我が生は、すべてその香りの導きにより……我らは、干し肉王に忠誠を……!」
その瞬間、他の水槽からも同様の魔獣たちがぬるりと出てきて、全員が膝をついた。
「……主、彼らは“干し肉反応型人工生命体”かと」
「何そのピンポイントすぎる分類!?俺のせい!?」
その後、魔獣化事件は――
「干し肉の香りを嗅がせたら大人しくなった」
という、あまりにもシュールな解決を見せた。敵対どころか、魔獣たちは塔に帰りたがり、「干し肉王~」と泣いて縋りつく始末だった。
そして王国上層部はこの事件を《干し肉神事》と命名し、祝日制定を検討し始めた。
「俺は……なんなんだよ、ほんとに……」
旅の帰路、空を見上げた俺の手には、ちょっとだけ焦げた干し肉。
「まあ……飯がうまけりゃ、それでいいか」
その言葉は、再び王都の空へ――いや、今度は世界全土に広がりつつあった。
王都にて“干し肉神事”が終わり、街が変な意味で平和になった数日後――
俺は、あの塔の連中が騒がしくなる前にこっそり抜け出し、一人で街の市場を散策していた。
理由は単純。
「干し肉……もっと、いいやつ食べたいな」
ただそれだけ。だが、ここで“それだけ”が、また世界を歪めるとは知る由もなかった。
王都の南部市場に足を踏み入れると、そこには様々な国から商人が集まり、見たこともないような食材が並んでいた。
塩漬けの竜舌、漆黒のマトン、スモークされたミスティルの心臓。
「おお、異国の干し肉ってやっぱり違うなぁ」
俺は適当に目に留まった干し肉の店に立ち寄り、一切れを口に運ぶ。
その瞬間――
「……うめぇな、これ」
それを聞いた店主(異国風のヒゲおやじ)が、突然震え始めた。
「い、今なんと……?」
「え? “うめぇ”って言っただけだが?」
「ま、まさか! あの塔の最下層の――!?」
なんか目がギラつきはじめたぞおい。
その日から、南部市場を中心に奇妙な現象が広がりはじめた。
「聞いたか!? 伝説の王が“我が国の干し肉”を賞賛したらしい!」
「何!? 我がハルザク帝国産の“極黒牛干肉”を!?」
「いや、うちの東ルフェン王国産“夜竜の尾肉”だろ!」
「違う、“冷凍コウモリのミイラ”だ!我が国唯一の特産だぞ!」
各国の使者が勝手に解釈し、それぞれ「自国の干し肉が選ばれた」と主張し始めたのだ。
結果、次第に外交関係がややこしい方向に進んでいく。
数日後――
各国で行われた“干し肉外交会議”は崩壊し、なぜか国境付近での小競り合いへと発展していた。
「うちの干し肉を否定するとは宣戦布告も同然!」
「その言葉、そっくりそのまま返そうか、干し肉愚民どもが!」
火種はすべて、俺の「うめぇな」ただ一言。
「……あれ? 俺、なんかしたっけ?」
そう首を傾げる俺の前に、アクアリアたち塔のボスたちが現れる。
「主、事態は重大です! 周辺六ヶ国が全軍待機状態に!」
「主が“おいしい”と認めた干し肉を巡って、世界が動いております」
「やめて!? そんな政治判断だった覚えないから!!」
だが時すでに遅く、各国の商業ギルド・軍部・王族までが動き始めていた。
ここからの事態の悪化は早かった。
干し肉を外交ツールに使い始めた国が出て、他国も対抗して“自国干し肉ブランド化政策”を打ち出し、国民の食糧政策が干し肉に極端に偏る。
「干し肉王の影響力、恐るべし……」
「だから俺そんな称号いらないってば!」
干し肉経済戦争勃発。
だが――意外なところで状況は収束へ向かう。
大量生産された干し肉が、市場に溢れはじめ、食糧価格が全体的に安定。
各国の食料事情が改善され、飢餓地域にも安価な干し肉が流通し、国民満足度が急上昇。戦意が低下し、武力衝突を避ける空気が生まれたのだ。
さらに追い打ちをかけたのは、俺が何気なく食べた別の干し肉に対して言った一言。
「これ、ちょっと固すぎるな……もうちょい寝かせてから食いたい感じ」
それを聞いた南部連邦の貴族がこう受け取った。
「……つまり、“寝かせる”=“戦を避けよ”とのご神託!」
いや、勝手に神託にするな。
結果――
・各国は“干し肉の育成期間”を設けて生産量を調整
・干し肉主導による物資の安定供給ルートが確立
・軍部の干し肉主導撤退命令(?)により衝突回避
・塔のボスたちは「主の平和戦術、完遂されました」と号泣
気づけば、世界は俺の一言で均衡状態へ。
「なんか、いろいろ片付いた……のか?」
塔へ戻った俺は、ボスたちに囲まれていた。
「主はやはり調停の王。世界を言葉で動かすお方……!」
「何もしなくても状況が動き、収束する……それが“創造主”の力……!」
「いや、ほんとに干し肉しか食ってねぇからな俺……」
こうして、“干し肉王の言霊”は各国に記録され、以降しばらくの間――外交場面では“食後の一言”が重要視されるという妙な伝統が生まれることになる。