第22話 プリン騎士団、襲来
「はあ……やっぱ昼寝どころじゃなかったな……」
王都の中央広場。足湯はまだ湯気を立て、半分屋台と化した警備兵たちが非常食のプリンを配りながら魔力感知を続けていた。
「焼き芋はうまかった。けど次はやっぱスイーツだよな……」
そんなエレボスの独り言がまたも王都結界に干渉し、今度は“供物反応式精霊防壁”が勝手に起動。
大気中の魔素がプリン型のフォルムに変化し始め、謎の黄金色バリアが空に浮かぶ。
「プリン……バリア……?」
この意味不明な現象を“神託”と受け取ったのは、騎士団長エルミナだった。
王都防衛を担う聖騎士団の副団長にして、“スイーツ騎士道”を極めし者。
「ついに……ついにこの時が来たのですね……創造主様が“選ばれし甘味”を告げた」
エルミナは涙を流しながら立ち上がり、剣を天に掲げた。
「全プリン型魔装、展開! これより王都は《スイーツ聖域モード》へ移行します!」
「なぜ!? なぜ甘味だけでそんな戦闘モードが!?」
「問うな! 問えば問うほど糖分が足りなくなるぞ!」
そして――その“甘味結界”に気づいた敵がいた。
王都の東、山間から現れたのは、灰色の外套に身を包んだ謎の軍団。その名も『無糖派』。
スイーツ文化を否定し、塩味と渋みを重んじるストイックな集団。彼らはこう名乗った。
「我ら、苦味を尊ぶ者……《ビター結社》!」
その中でも一際強い魔力を放っていた男が、エレボスに目を向けた。
「……貴様が、“あの言葉”を口にしたのか」
「え? どの言葉? “飯がうまけりゃいい”ってやつ?」
「それだ! その言葉は我らの教義に反するッ!」
「えぇ……なんで俺が宗教戦争の引き金に……」
ビター結社は、かつてスイーツ文化に敗北した元・王国精鋭部隊。
かの“シュガー戦争”で糖分に屈し、国を追われた禁欲の戦士たちだった。
「ここで貴様を倒し、塩気と渋みの時代を取り戻す!」
「待て待て、ちょっと何言ってるか分からn――」
その時、エルミナが華麗に割り込んだ。
「創造主様に、塩気などという冒涜を向けるとは……甘味の敵、許しません!」
「よく分からんけど俺、甘味の神っぽい扱い受けてる……?」
エレボスの困惑などお構いなしに、スイーツVSビターの壮絶な戦端が開かれた。
プリン騎士団の一撃が、ビター結社の“ブラックコーヒー弾”と衝突し、空に巨大な蒸気爆発が起こる。
「おのれ、糖分に屈するかぁあああ!!」
「黙れ塩派! スイーツは世界を救うのよッ!」
「……これ、国家間の戦争じゃなくて“味覚戦争”なんじゃ……?」
と、そのとき。どこか遠くから馬車の音が響いてきた。
商人風の男が息を切らしながら到着し、叫んだ。
「た、たいへんだぁああ! 王都南門にて、巨大な……巨大なモンブラン型の怪物が出たぁああ!」
「は?」
「今度はスイーツが敵かよ!?」
動揺が広がる中、エレボスの視線は、広場の片隅に並ぶ屋台の片隅――ある小さな木箱に向いた。
「……あ、プリンあった」
スプーンを取り出し、ひとすくい。
「んー、卵のコクがあって、なめらかで……最高」
その瞬間――王都全体にまた地脈の共鳴が走り、空に巨大な金色のプリンが出現。
それがまさか“対モンブラン迎撃兵器”だとは、誰も気づいていなかった。
「創造主の加護が再発動! 黄金プリン砲、発射準備ッ!」
「撃つの!? プリンで!? しかも“砲”って!?」
――こうして、謎のモンブラン型魔獣の撃退と、ビター結社の蜂起鎮圧に成功した王都。
だがこの戦いは、やがて世界中を巻き込む『第四次・味覚大戦』の幕開けにすぎなかった。
だが、エレボスはそんな未来などつゆ知らず。
「はあ……次は温泉プリン食べに行こうかなあ」
と、のほほんと歩き出すのだった。
「まあ、飯がうまけりゃそれでいいか」
そんな彼の言葉が、王都の空に響いた。
その直後、どこからともなく「ごおおおん……」という重低音の鐘の音が鳴り始める。
空気が震えるようなその音に、街の人々は一斉に顔を上げ、騎士たちは剣に手をかけた。
そしてエレボスは、目の前の皿に残った肉団子を口に放り込みながら呟いた。
「ん?今のって……ベル?」
「いえ、これは“封絶の鐘”……っ、まさか!」
隣にいた女官――リリスの声が震える。
その名を知る者は少ない。王都東端にある古代の封印区画、通称“禁域”を警告するために作られた鐘。
封印が緩む時だけ、誰が鳴らしたでもなく勝手に鳴り響くという、言い伝えレベルの代物だった。
「……誰かが触ったんじゃないか、封印に」
「……はい、創造主様がさっきスプーンを落とした場所、ちょうどその真上です」
「俺かあああああ!?」
肉団子が喉に詰まりかけた。
だが、そんなギャグみたいな封印解除で済むなら、世界はもっと平和だったろう。
鐘の音と同時に、王都の地下から黒い靄が立ち上がり、夜でもないのに影が伸び、魔力が街の端をなぞる。
「……なんか、嫌な空気になってきたな」
言葉通りだった。
王都の魔術結界が反応し、塔の先端にある監視水晶に、黒衣の者たちが映し出される。
顔のない仮面。長いローブ。杖ではなく刃物のような魔具を持ち、歩くたびに空間が歪む。
「やべーやつ来たな……」
「“影の連邦”です。五百年前に創造主様が封じた魔導組織」
「いや封じたとか覚えてないから!」
そして、さらに追い打ちをかけるように、王宮から使いが走ってくる。
「創造主様! 緊急御前会議への出席を――って、あれ?また地べたで寝てる……?」
スヤァ。
エレボスは、すでに昼寝モードに突入していた。
王宮会議室。重苦しい空気の中、王と宰相たちの前に、椅子ではなく座布団を要求した男が胡坐をかいている。
もちろんエレボスである。
「いやー、みんな緊迫してるねえ。そんな顔してたらシワ増えるよ?」
「……我が国の結界が、敵の干渉で歪んでいる。我々に残された選択肢はもう少ないのだ」
「ほうほう。それで、俺が何とかしろと?」
「そうだ!」
「即答かよ!」
影の連邦が目指しているのは、“創造主の核”――創世の魔導核と呼ばれる魔力の源泉。
それがこの王都の地下にあるらしく、完全に破壊されれば世界の“魔法体系”そのものが崩壊するという。
「創造主様の身体にもその一部が同化している可能性が高く……」
「じゃあ、俺がやられたら世界ヤバい?」
「はい」
「軽っ!」
とはいえ、やるしかない。
そう思った彼は、軽く腰を上げると、ひとまず地下の封印区画へと足を運んだ。
エスカレーターのように自動で降りていく魔導階段に揺られながら、彼は思う。
「しかし……こういうのってさ、ラスボス戦の前にやるやつじゃない?」
地下は静かだった。魔力のうねりだけが、地面から上がってくる。
そして、そこにいた。
仮面を被った男が、黒く濁った魔導書を持ち、彼を見下ろしていた。
「“創造主”よ。我らはこの世界を終わらせる。お前の“平和な日常”など、泡と消える運命だ」
「……いや、俺の平和な日常は飯と昼寝だけなんだけど」
そう言って、手に持った“スプーン”をカチンと床に落とす。
その瞬間、反応したのは魔導核そのものだった。
巨大な魔力の逆流が仮面の男を吹き飛ばし、地下空間は浄化の光に包まれる。
偶然?運命?そんなもの、本人は何もわかっていない。
ただ、王都の崩壊は防がれた。
「……は?」
「帰っていい?」
その晩、王都は祝福の鐘を鳴らした。
英雄の帰還を、誰もが讃えた。
だが、その英雄は……
屋台の焼き鳥を買い食いしながら、さっさと宿に戻って風呂に入っていた。
「ふー……うまかった」
それが、彼のすべてだった。
世界の均衡?歴史の敵?そんなものを巻き込んで、
エレボスは、今日も『いつもの日常』を生きていた。
王都は静かだった。
先日の“影の連邦”事件が嘘のように、街は平和を取り戻していた。
衛兵は通りを巡回し、子供たちは広場でホットパイ片手に追いかけっこ。
まさに――穏やかな日常。
そしてその日常のど真ん中、エレボスは朝からスープをこぼしていた。
「……あっつ!なんでこんなに熱いんだよ、この店」
「お客様、それは“治癒のブイヨン”でして。病気や疲労に効果がある特製でして……」
「効果あるのはわかったけど、舌やけどしたら意味なくね?」
そう文句を言いながらも、二杯目を注文するあたり、なんだかんだ気に入っている。
だが――その数時間後。王宮が非常召集をかけた。
「王都全域に“原因不明の発熱症状”が拡大している。感染源は現在調査中だが、第一報では“南市場の食堂”――」
「……あ」
「ん?どうしました、創造主様」
「いや、なんでもない。たぶん……俺のブイヨンかも……」
その瞬間、空気が凍った。
「……王都疫病第一号、創造主様?」
「いや、ちょっと待て、言い方ァ!」
事態は急速に悪化していった。
高熱にうなされる人々、魔法による治療が効かない症例、ついには一部の家畜にまで感染が確認され、王都の出入り口はすべて封鎖されることに。
「封鎖?いや俺、パン買いに行きたかっただけなんだけど」
「申し訳ありません、創造主様。現時点で“感染していない者”は極めて少数と推定されます」
「それ俺じゃん」
そう、なぜかエレボスはピンピンしていた。
調べてみると、症状の発端となったブイヨンを飲んだ人間の中で、彼だけが“体温上昇ゼロ”だった。
「つまり……創造主様の体内に、病の免疫が――」
「はいはい、俺の体からワクチン抽出ね、いつものやつだ」
「いえ、今回は少々事情が……特殊です」
事実、病の正体は“魔素疫病”。
数百年前に魔導の暴走で発生した呪術型ウイルスであり、物理的な治療手段では完治できない。
感染者の“魔力”を逆流させて暴走させ、最終的には“異形”へと変貌させてしまう。
つまり、このままいけば――
「王都が魔獣の巣になる」
「えっぐ」
しかも、すでに一部の衛兵が変異しかけているという。
彼らは言葉を失い、目の色が濁り、魔力が煙のように漏れ出していた。
「……じゃあ聞くけど、俺が何すればいいわけ?」
「創造主様の体内にある“魔素安定因子”を、魔法儀式を通じて拡散します」
「それって、俺がみんなの前で踊るとかじゃないよな」
「踊りです」
「うそだろ!!?」
儀式は夜。王都広場にて執り行われた。
街灯の明かり、ステージの上に設置された魔法陣、
その中央で、エレボスが――
「うわあああ!恥ずかしさで死にそう!!誰だよこの演出したの!!」
「大丈夫です!可愛いって評判です!」
「やめろおおお!!」
しかし――その踊り(?)によって拡散された魔素因子は、確かに疫病を抑え、暴走を止めた。
人々は立ち上がり、魔法使いたちは自我を取り戻し、街に再び火が灯る。
「すごい!創造主様が疫病を踊りで浄化した!」
「いや、誤解がすぎる!」
だがその頃、王宮の議事堂では、深刻な報告がなされていた。
「創造主様の体質に、“魔導核の断片”が再び活性化した痕跡が……」
「つまり……?」
「彼がいれば、あらゆる魔導災害が再発する可能性があると――」
「……おい、聞こえてるぞ?」
「創造主様!?なんで壁の裏に!?」
「パン買いに行こうとしただけなんだけど!?」
世界の命運はまたしても、一人の男とその胃袋に預けられた。
王都セイアの朝は早い。
活気ある市場の路地裏には、焼き立てのパンの香りと、野菜を並べるおばちゃんたちの元気な掛け声が飛び交い、人々の生活音が心地よいリズムを刻んでいる。
そんな中、俺――エレボスは、干し肉とスパイスの調達のため、市場の露店をひやかしていた。
「お、半額シール貼ってある……?」
貼ってなかった。これは模様だった。くそっ、紛らわしい。
そしてこの絶妙に焦げたパンの表面、これは……芸術だな。むしろ売り物では?
なんて平和な朝だったのに、事件はその直後に起こった。
「う、うぐ……ぅあ、が……!」
市場の中心あたり、魚屋の前で、突如として一人の青年が悶絶し始めた。
周囲の人々がざわつき、あっという間に広がる動揺。青年の体が異様に膨張し、皮膚が変色しはじめ、目は虚ろで口から唸り声が漏れる。
――魔獣化。
街で最も忌まれる異変。人が獣に変わり、理性を失い、暴走する現象。
「うわああああっ!」
「逃げろ!また魔獣だ!」
「門番を呼べーっ!」
周囲がパニックになる中、俺はというと――
「あ、あぶねっ」
パニックに巻き込まれて足を滑らせ、見事に前方に転倒。手に持っていた干し肉が空中を舞い、ちょうど魔獣化しかけた青年の額にパシッと命中した。
「……グルル?」
青年(?)はピクリと反応し、ふらふらとよろめいたその拍子に、胸元から何か札のようなものがひらりと落ちた。
それは見るからに怪しい呪符。闇色の紋様と禍々しい気配が漂っていたが、俺の視界では“謎の薄紙”くらいにしか映らない。
「ゴミかな?」
そう言って俺は何の気なしにその札を拾い、地面に押しつぶして丸めた。
……すると。
「……はっ、俺は……?うわっ!?なんだここ、魚くさっ!?」
青年の目が正気に戻り、完全に元通りになっていた。
「……え?」
「す、すげええええ!」
「なんだ今のは!?」
「札を破ったのか!?それが封印だったのか!?」
「いや干し肉か!?あの肉が清めの品か!?」
ざわつく民衆。殺到する市場の人々。
そして、なぜか自分の手のひらをまじまじと見つめる俺。
「え、俺……干し肉を落として、転んで、札を丸めただけなんだが……」
いやマジで。それしかしてない。
「すっげえ……」
「お主、何者だ……!?」
「干し肉の聖者……!」
やめろ、その称号はやめろ。
その後、事態はさらに加速していった。
魔獣化現象が市場だけでなく、王都の各地で報告され始めたのだ。しかも症状はほぼ同一。胸元に札が貼られ、徐々に魔力が肉体を侵蝕し、やがて暴走する。
「くそっ、こんなタイミングで……!」
王都の治安隊も、魔術警備隊も手が回らず、町は阿鼻叫喚。そんな中、なぜか“干し肉で救った男”として俺の名が拡散され、各地の札を見せられるはめになった。
「これは……ちょっと湿ってるな」
「やっぱ肉汁か!?肉汁の力か!?」
「違うだろ」
だが俺の否定はほとんど聞き入れられず、次々と札が俺の足元に持ち込まれ、しまいには宮廷魔導師まで現れる始末。
「あなたが……札を無効化したという“市井の英傑”ですか……!」
「ちょっと待て、勝手に物語仕立てにすんな。俺はただ干し肉が落ちた位置が偶然良かっただけで――」
「なるほど、干し肉を霊的媒介とした限定的な空間浄化術ですね……!なんという天才!」
「だから違うって!」
こうして俺は、ただの買い物帰りだったはずなのに、何故か王都の一部から“魔獣化対策のキーマン”として担ぎ上げられてしまった。
俺自身の実感?
まあ、正直なところ――
「いや、あの札が風でめくれて外れただけじゃね?」
と、本気で思っていた。




