第20話 そんなつもりはないんだけど
(まあ、こんな“普通じゃない普通”でいても悪くないな…)
その夜、エレボスは王都の宿の薄暗い小部屋で、抱きしめたふわふわのモフモフをそっと撫でながら、何気なく今日の出来事を思い返していた。宿の隅から漏れる柔らかな灯りが、部屋の壁にゆらゆらと影を落とす。
「俺は……こんな感じでいいのかもしれない」
心の中でそう呟くと、不思議と肩の力が抜けた気がした。確かに、今日一日、俺は王都の住人や関係者の間を普通に歩き回った。誰も特別な目で俺を見てはいない。ただの一人の男として。
それなのに、俺が知っているのは“普通”の俺と、この世界で誰もが“王”や“創造主”として扱う俺とのギャップ。周囲の人間は俺を敬い、警戒し、時に動揺し、でも普段はそこまで奇異な反応もせず――なんとも不思議な関係だ。
リリスの鋭い瞳や、ヴァルティナの厳しい忠誠心も頭に浮かぶ。彼女たちは俺の本当の姿を知りながら、変わらず一緒にいてくれる。ありがたい反面、俺がどれほど“普通”からかけ離れているかを考えずにはいられなかった。
だが今はただ、こうしてモフモフを抱いている時間だけが、俺にとっての癒しだった。
「お前がいるから、今日は少しだけ安心できた」
モフモフの温かさに顔をうずめながら、エレボスは軽く微笑んだ。
外の世界は依然として騒がしい。討伐隊が動き、アーテーの影がちらつき、塔の封印の謎がじわじわと明らかになろうとしている。でも、そんな外の嵐も今だけは遠い話のように思えた。
「まあ、いいか。俺は俺だしな」
その気楽さと緊張の狭間で、エレボスは少しだけ自分を許せたような気がした。
そして翌朝――
陽光が窓から差し込み、小部屋を金色に染める。エレボスは伸びをしながら目を覚まし、そばに置いたモフモフをそっと撫でた。
「起きたか、主よ」
控えめにだが毅然とした声が部屋に響く。リリスがいつものように現れ、彼の目覚めを告げる。
「おはよう、リリス。今日も平和そうだな」
「ええ、けれど油断は禁物です。魔王討伐作戦は、依然として進行中ですから」
「相変わらずか……まあ、いつものことだな」
エレボスは苦笑いを浮かべつつ、今日も“普通じゃない普通”な日常に身を投じていくのだった。
心の中の疑問は消えない。
「俺は本当にこの塔の王なのか? それとも、ただのモフモフ好きで口だけのヘタレなのか?」
その問いに答えはまだ見つからないけれど、それでも彼は歩みを止めなかった。
それが、エレボスという男の、“普通じゃない普通”な日々の始まりだった。
了解です!
「普通じゃない普通」のテーマで、さらにエレボスの心情と周囲の反応、世界観のディテールも深く掘り下げて、続きを自然に書き進めますね。
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朝の光が差し込む部屋の中、エレボスはまだ眠気の残る頭を手でかきながら、モフモフを優しく撫でた。ふわふわの感触が手のひらに伝わるたび、妙に現実感が薄れていく。こんな小さな癒やしが、どれだけ彼の心を支えているかは本人も分からなかった。
「モフモフ……お前は何も知らず、ただそこにいるだけでいいな」
ぽつりと呟く声に、モフモフはただ静かに目を細めるだけだった。その無邪気さに、エレボスは少しだけ救われている自分に気づく。
だが、現実はそう甘くなかった。
宿の戸口が開き、リリスが入ってくる。黒い翼は室内の明かりでわずかに煌めき、いつもの凛とした佇まいを崩さない。
「主、討伐隊の動きに新たな情報が入りました。東錬区周辺で小規模な衝突があった模様です」
その言葉にエレボスは眉をひそめる。東錬区は、術者の痕跡を追っている自分にとっても重要な場所だ。無防備な一般市民が巻き込まれるのは避けなければならない。
「リリス、俺たちの動きはまだ秘密にしておきたい。討伐隊には警戒を強めるよう伝えてくれ。あいつらに本気で踏み込まれたら、正直俺たちも危ない」
「承知しました。ただ、もし討伐隊が我々の真の姿に気づけば、状況は一変します。いずれにせよ、準備は怠れません」
エレボスは小さく頷きながら、ふと自分の手を見る。王としての自覚と、まだ実感の湧かない現実が微妙に混ざり合っている。昨日の彼の姿は、あまりにも普通だった。しかし、内側には確かに強大な力が眠っている。けれどもその力はまだ制御しきれていない。
「俺……本当にこれでいいのか?」
そう自問しても、答えはすぐには返ってこない。彼を取り巻く環境も、周囲の人間の反応も複雑だった。
王都の住人たちは、彼のことを伝説の王と呼び敬う。しかし、彼自身はそんな期待に応えきれていない自分を知っている。信じてもらえないかもしれないが、心の中はぐちゃぐちゃだった。力が強いだけでは、王として認められない。何より、味方の心を掴みきれていない自分がいる。
そんな自分を見ていると、リリスの鋭い視線が胸に突き刺さる。
「主、あなたが動揺しているのは分かります。でも、あなたには私たちがいます。どんなに難しい状況でも、私たちは共に戦います」
彼女の言葉は心強かった。だが、それでも孤独は消えない。力のギャップだけではなく、自分の存在そのものがまだよく分からない。
「そうか……ありがとう、リリス」
エレボスは小さく微笑み、視線を遠くに向けた。宿の窓の外では、王都の雑踏が静かに動いている。だが、その背後には見えない戦いの気配が忍び寄っていた。
その時、ふとモフモフが鳴いた。エレボスは気づけば声をかけていた。
「お前みたいな存在がいてくれるなら、俺ももう少し頑張れるかもしれないな」
了解です!
本人は「自分の実力は普通で真面目に普通だと思っている」けど、周囲から見ると明らかに逸脱していてギャップが生じている、という構成ですね。
本人はまったく自分の実力の凄さに気づいていない真面目な認識で書き直します。
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「……これが俺の“普通”なんだろうな」
ぽつりと呟くエレボスの声には、揺るぎない自信が込められていた。自分の実力を冷静に把握し、身の丈にあった戦い方を心がけているだけ。決して無謀でも、豪腕でもない。常識の範囲内で淡々と対処する“普通”の戦士。それが、彼の認識だった。
だが、問題はその「普通」があまりにもズレていることに、本人がまったく気づいていない点にあった。
たとえば昨夜のこと。闇市の片隅で、アーテーの手下とみられる連中が執拗に絡んできた。彼らはこぞって身の丈に合わない武器や魔術を振りかざし、俺を挑発してきた。
「仕方ないな。相手が調子に乗るのは良くないから、ちょっと教えてやるか」
そう言って俺はひとまず手を抜いた“普通の勝負”を見せた。だがその“普通”のつもりが、通りすがりの市民や見物人からは明らかにオーバーキルだったらしい。
「な、なにあれ……? ただの男が敵の群れを一瞬で制圧してる……」
「噂の影の王様って、こんなに強いのかよ」
彼らのざわめきが耳に入るが、俺はどこ吹く風でただ淡々と酒場に戻った。
自分の実力は「周りと同じくらいか、ちょっと上くらい」のはずなのに、どうしてみんなそんなに騒ぐんだ? 俺にとってはいつも通りの“普通”の出来事に過ぎなかった。
もちろん、その“普通”の基準が一般的なものと全く違うことに、俺はまったく思い至らない。
「俺はただの実直な戦士だ。派手に暴れたり、威張り散らしたりなんてしない。必要なことだけを、必要なだけやっているだけだ」
そう胸を張り、誰にも過剰な期待をさせないように振る舞っている。
しかし、周囲の連中はそれを見て混乱し、時には動揺し、内心では慌てている。
「まさか、あんな物静かな男が『影の王』だったとは……」
「こいつ、絶対に何か隠してる。いや、隠しているというより、そもそも自覚していないんじゃ……?」
ある情報屋は眉をひそめ、報告書にこう書き加えた。
「対象は自己評価が著しく低い。だが実力は全階層ボスの中でも群を抜く。本人の認識と周囲の認識に大きな乖離あり。注意深く監視すること」
それでも俺は変わらない。
「戦いは効率が大事だ。派手な見せ場なんていらない」
そう考え、今夜も王都の小さな宿でモフモフを抱きながら、静かに夜を過ごしていた。
モフモフの温かさに包まれていると、まるで世界の喧騒が遠くなるような気がする。
「まあ、これが俺の“普通”だ」
エレボスは、そう呟いてゆっくりと王都の街を歩いた。
昼下がりの柔らかな陽射しが石畳に反射し、通りには活気があった。
商人たちの威勢のいい声、子供のはしゃぐ声、どこからともなく漂うパンや香辛料の匂い。
その光景に溶け込むように、彼はまるで何も特別なことはないかのように振る舞っていた。
店先に並んだ野菜や果物を一つずつ見て回り、時折軽く手に取り、吟味する。
「このリンゴは……悪くないな。酸味がほどよく効いてる」
かじってみたリンゴは意外と美味しく、満足そうに頷く。
横目で見ていた商人が驚いた顔でこちらを見ているが、エレボスは気に留めない。
あくまで自然体で、財布から金貨を出して支払った。
「王様がこうして買い物を……」
そんな噂が、街の片隅で囁かれ始めている。
エレボス自身は、そんな視線など気にしなかった。
彼にとって、日常の些細な出来事こそが今一番の安らぎだったのだ。
ところが、その午後の穏やかな空気は突然破られた。
路地裏から不意に飛び出した男が、いきなり剣を抜いて襲いかかってきたのだ。
「な、何を……!」
周囲の人々がざわつき、騒ぎ始める。
だがエレボスは慌てることなく、ゆったりと身をかわす。
剣の一撃を軽く受け流すと、距離を詰めて男の腕を掴む。
「お前、何をしている」
男は動揺し、震えながら答えた。
「手が滑っただけだ……許してくれ」
その様子を見た周囲は息を呑む。
「影の王の力……」
だがエレボスはそんな注目など気にせず、静かに言った。
「手を滑らせるのは控えたほうがいい」
緊張は一瞬で解け、現場は穏やかな空気に戻った。
宿に戻った彼は、何事もなかったかのようにモフモフを抱きながらゆったりとした時間を過ごす。
「今日も悪くなかった」
その言葉に込められたのは、深い満足感と次の日も変わらず日々を過ごそうという意思だった。
彼の実力は誰もが認めている。だが本人は特別な自覚もなく、ただ淡々と過ごしている。
その落差は周囲には時折驚きと戸惑いをもたらすが、エレボス自身は気にもしていなかった。
静かに夜は更けていく。
夜の王都は昼間の喧騒から解き放たれ、静けさと月明かりが街を包んでいた。灯籠の柔らかな光が石畳に反射し、ゆらゆらと揺れる影が壁に映し出されている。そんななか、ひっそりとした宿の一室では、エレボスがゆったりとした時間を過ごしていた。
膝の上には、ふわふわの毛並みを誇る小さなモフモフが丸まっている。彼はその愛らしい存在にそっと手を伸ばし、指先で毛を優しく撫でながら、静かな満足感を味わっていた。
「……まあ、悪くない一日だったな」
口にした言葉は小さく、声も穏やかだが、どこか芯の通ったものがあった。
日中の王都での出来事を思い返すと、いつも通りではない出来事の連続だったが、本人にしてみれば何も特別なことではないのだ。
部屋の隅には、女将が静かに置いていった湯気の立つ茶碗がある。彼女は少し緊張しつつも、いつものように敬意を込めて声をかけた。
「エレボス様、本日も無事で何よりでございます。お疲れはございませんか?」
エレボスは軽く微笑み、湯を口に含みながら応える。
「悪くない。こうして穏やかに夜を迎えられるのは、ありがたいことだ」
彼の声には不思議な落ち着きがあり、長年の経験と覚悟が感じられる。
モフモフが膝からゆっくりと降りて、床にぴたりとくっつきながらこちらを見上げる。エレボスはそれを見て、少しだけ口元が緩んだ。
「明日は……もっと平和な一日だといいんだがな」
その言葉に、女将は軽く頷くと、そっと部屋のドアを閉めていった。
外の世界は、まだまだ波乱に満ちている。
だが、今この瞬間だけは、穏やかな時間が流れている。
そのとき、遠くから不意に物音が響いた。石畳を蹴るような、重い足音。
エレボスは瞬時に動きを止め、耳を澄ませた。
その音はゆっくりと近づき、宿の周囲を囲うようにして一周する気配があった。
「……誰だ」
声は低く静かだが、明確に警戒を含んでいる。
彼は立ち上がり、すぐさま扉の隙間から外を覗き込んだ。
月明かりの下、細長い影がふらふらと揺れている。
「また何か、起こるのか」
しかし、動揺は見せず、淡々とした表情のままだ。
何かあれば、彼は対応できる。
そう信じているからこそ、心は揺れ動かず、むしろ静かな闘志が胸に灯った。
宿の奥から、女将の声がかすかに聞こえてくる。
「お休みになるのは、まだ早いのでは……?」
「いや、俺は構わん」
エレボスは扉から顔を離し、静かに答えた。
「来るなら来い、だ」
その声には、長い時間をかけて培った冷静さと、決して揺るがぬ決意が込められている。
外の世界がどれだけ騒がしくても、彼は自分の役割を知っている。
そして、その役割を淡々と全うする覚悟があるのだ。
夜風が窓から差し込み、揺れるカーテンの影が彼の顔をかすかに撫でた。
その瞬間、彼の瞳にほんの少しだけ、未来を見据える光が宿った。
外の闇は深い。だが彼は、歩みを止めることなく進む。




