第19話 モフモフ召喚獣とエレボスの迷惑全開パートナーシッ
モフモフ召喚獣――正式名称は未だ謎に包まれたままだが、エレボスの肩の上で気ままに尻尾を振りながら、時折小さく「にゃん」と鳴くその存在は、どう見てもただの猫……のはずだった。
「なあ、これ本当に最強の召喚獣なんだよな?」
エレボスは軽く不安を隠せず、仲間のミラに問いかける。
ミラは目を輝かせながら、
「ええ!エレボス様の真の力を引き出す聖なるパートナーですよ!伝説には“最強にして最高の癒し系”って書いてあります!」
「癒し系……?」
エレボスは肩をすくめて、
「いや、癒しはありがたいけど、俺が戦わないといけないんだから、癒しだけじゃ頼りにならない気が……」
だが、その言葉は一同には全く響かず、ただの“謙遜”に聞こえるらしく、みんなは口々に
「謙虚すぎる!」 「エレボス様、完璧です!」
と叫ぶばかりだった。
そんな空気の中、モフモフは突然、ぷいっと顔をそむけ、エレボスの鼻先にツンと鼻を突き出した。
「え、なにそれ?」
エレボスは少しびっくりしながらも、ぽかんとした顔でモフモフを見つめる。
モフモフは次の瞬間、予想外の行動に出た。
ひょいっとジャンプして、エレボスの顔に飛びついたのだ。
「おい、待て待て!お前……本気でかまってちゃんか!」
エレボスは慌てて手で顔を押さえ、モフモフのわちゃわちゃ攻撃に耐えた。
仲間たちはそんなエレボスを見て、ますます熱烈な支持を送り始める。
「エレボス様の器の大きさがモフモフちゃんにも伝わっているのですね!」 「愛と力の共鳴です!」
エレボスは苦笑しながら、内心こう思っていた。
(俺、これからどうやってまともに戦うんだろうな……)
が、彼の予想に反して、モフモフの尻尾がひらりと宙を舞った瞬間、不思議なエネルギーが部屋中に広がった。
「なんだこれ!?魔法のオーラ……?」
ミラが声を震わせて言う。
「どうやら癒し系召喚獣はただの癒し系じゃなかったみたいですね!」
エレボスは相変わらず半信半疑のまま、モフモフに肩をすり寄せられながら、
「まあ……俺が強いんじゃなくて、こいつの力だと思っとけば気が楽かもな……」
と思わず口にしてしまう。
すると仲間たちは、その言葉をまたもや“謙虚な自覚”として大絶賛。
「エレボス様のその謙遜こそが、本物の英雄の証!」
「だからこそ、皆も全力でお支えいたします!」
こうして、モフモフ召喚獣との不思議なパートナーシップはスタートした。
ところが、彼らが迷宮から脱出した瞬間、別の問題が待っていた。
「次の目的地は……王都での大歓迎祭!」
と仲間の一人が言うや否や、どこからともなく拍手と歓声が沸き起こった。
どうやらエレボス一行の偉業は、もう噂となって王都中に広まっているらしい。
街の入口では、道行く人々がこぞって手を振り、「エレボス様!」と声をかけてくる。
「お、おう……なんかすげえ歓迎されてるけど、俺、そんなにすごいのか?」
とエレボスは照れ隠しに手をひらひらさせる。
モフモフもそれに合わせて尻尾をふりふり。
しかし、そんなお祭りムードの中で、エレボスの頭の中はひとつの思いでいっぱいだった。
(俺はただ、迷宮の中で一歩ずつやってきただけなのに……こんなに騒がれる理由がよくわからん)
そのギャップに、思わず彼はぽつりとつぶやいた。
「俺って、周りが勝手に持ち上げすぎなんじゃないのか?」
その言葉も、またもや聞いた仲間には“謙虚さの極み”と解釈され、感動の涙を誘う結果に。
エレボスは内心、こんなに自分の“たいしたことない”と思ってる気持ちが、周囲にはまるで“偉大さの証”みたいに映るのが面白くて仕方なかった。
「まあ、こんなに騒がれてるなら、調子に乗ってもバチは当たらないかな!」
と、心のどこかでふざけた考えも生まれ始める。
だが、その時だった。
「お待ちしておりました、エレボス様!」
王都の広場に現れたのは、豪華なローブを纏い、誰もが振り返るほどの威厳を放つ長老だった。
その眼光は鋭いが、どこか優しさもあり、堂々とエレボスを迎え入れた。
「あなたの迷宮突破は、王国の未来に希望の光を灯しました。我々の信頼はあなたにあります」
周囲が深々と頭を下げるなか、エレボスはちょっと戸惑いながらも、
「へえ、そんなに期待されてるのか……まあ、できるだけ迷惑かけずにやってみるよ」
とだけ言った。
すると、またもやそれは“最高の謙遜”として称賛され、エレボスは「これはもう、ボケるしかねえな……」と心に決めたのだった。
王都の大歓迎祭は予想以上に派手だった。街の広場は色とりどりの旗や提灯で彩られ、屋台からは美味しそうな匂いが漂い、音楽隊が陽気なメロディを奏でている。まるで王都全体が「エレボス様ばんざい!」と言わんばかりの熱狂ムードだ。
「ま、まさかこんなに盛大に歓迎されるとは思わなかった……」
エレボスは肩をすくめつつ、モフモフを膝に乗せてぼんやりと広場を見渡す。
「モフモフ、これは俺が戦闘で強いから……じゃなくて、ただの勘違いなんじゃないか?」
モフモフはまるでわかっているかのように、にゃあんと一声鳴いて、エレボスの顔に顔をすり寄せた。
「ああ、わかってるよ。俺もそう思うよ」
そんなエレボスのぼやきを聞く者はおらず、近くにいる熱狂的なファンたちは彼の一言一言をまるで聖典のように聞き入っている。
「エレボス様の謙虚さに感動しました!」 「これぞ真の英雄の姿!」
エレボスは顔を赤らめつつも、内心ではこう考えていた。
(いや、俺そんなにすごくないんだけど……でも、この誤解はうまく利用しよう)
その瞬間、祭りの主催者である王都の長老が近づいてきて、
「エレボス様、せっかくの歓迎祭です。是非、なにか特技を披露していただきたく」
と言った。
「特技……?」
エレボスは首をかしげる。
そんな彼の姿を見ていた仲間のミラが、真剣な顔で囁いた。
「エレボス様、ここは迷宮突破者としての力を、皆さんに魅せつける絶好のチャンスですよ!」
「うーん、でも俺そんなに派手なことできるわけじゃ……」
エレボスは謙遜をこえ、ただ単に本音で言っているのに、それもまた「謙虚な姿勢」と解釈され、拍手喝采。
「もう仕方ないな……ちょっとだけやってみるか」
エレボスはため息混じりに腰を上げ、モフモフを背に乗せて広場の中央に向かった。
「では、これから“エレボス式・迷宮突破テクニック”の一端をお見せしましょう!」
そう言うと、彼はとにかく無理矢理カッコよく振る舞おうと頑張った。
だが、その“カッコよさ”の狙いが全く的外れで、なぜかジャンプした途端に足を滑らせてズッコケる。
「おっとっと!」
とバランスを崩すエレボスに、観客たちは爆笑しながらも暖かい拍手。
「なんて親しみやすい英雄だ!」
「お茶目なところも最高!」
エレボスは膝をついたまま、苦笑いしつつ心の声。
(俺は間違いなく“カッコよくない”……でも、こんなにみんなに好かれてるなら、それはそれで悪くないか)
次に彼は、ゆっくりと剣を抜いてみせたが、その時、モフモフがまたもや突如ジャンプしてエレボスの腕に飛びつき、剣を握る手にじゃれついた。
「おい、やめろ!邪魔だ!」
しかし、その“邪魔”も、観客には「可愛いパートナーとの絆」として映ったらしく、
「最高のコンビだ!」
「これぞ真のパートナーシップ!」
の声が響く。
エレボスは再び心の中でつぶやく。
(俺が本気出してないのに、みんな期待しすぎじゃね?)
そして最後に、彼は“必殺技のような何か”を見せようと、一大決心をして叫んだ。
「これが俺の迷宮突破の秘訣、必殺『適当ジャグリング』!」
と言いながら、ポケットから転がり出た石ころを3つ、見よう見まねでジャグリングし始めた。
しかし、石は一つ、二つ、そして三つめ……勢いよく飛び出し、後ろの屋台の屋根をぶち抜いた。
「うわあああ!」
屋台の主人が叫び、観客は一瞬の静寂の後、どっと笑いの渦に包まれた。
エレボスは青ざめながらも、苦笑い。
「……まあ、結果オーライってことで」
その言葉もまた、熱狂的なファンたちには“最高のユーモアセンス”として受け止められたのだった。
屋台の屋根をぶち抜いてからというもの、エレボスの周りは笑いと拍手の嵐になった。普通なら怒られて当然の大事故だが、なぜか彼のやらかしは「魅力的な失敗」としてカウントされている。
「エレボス様、まさに“天然爆弾”ですね!」
「これだからみんなエレボス様の虜になるんだ!」
仲間のミラが嬉しそうに顔を輝かせる。
「そうそう、誰もが真似できないこの独特の空気感!まさにエレボス様ならではです!」
エレボスは苦笑いしながらも、内心で思っていた。
(いやいや、俺はただただ運が悪いだけだし、技術もたいしたことないし……)
でも、そんな思いを誰も聞こうとはしなかった。むしろその謙遜が「本物の英雄の証」らしい。
その後もエレボスは意図せず“伝説のトラブルメーカー”として祭りを盛り上げることに成功する。
例えば、子どもたちと触れ合おうとしたら、なぜかモフモフがその子の帽子を盗んで走り回り、追いかけるエレボスがカッコつけようとして転んで泥まみれになるシーン。観客は大爆笑しつつ、彼を「最高に愛らしい英雄」と称賛。
また、料理屋台で試食を頼んだら、食べた瞬間に予想外の激辛だったせいで鼻を真っ赤にして悶絶。にもかかわらず「激辛にも負けない精神力!」と喝采を浴び、エレボス本人は「ただの辛さに弱いだけなのに…」と苦笑い。
祭りのフィナーレでは、王都の長老から「栄光の証」として大きなトロフィーが手渡された。エレボスは恐縮しつつも受け取りながら、
「俺がそんなにすごいとは思わないけど……皆の笑顔が見られて嬉しいよ」
と言っただけで、またもや称賛の嵐となった。
仲間のミラがそっと耳打ちした。
「エレボス様、あなたの“普通じゃない普通さ”が最高の魅力なんです。これからもずっと皆のヒーローでいてくださいね!」
エレボスはその言葉に照れくさくなりつつも、心の中で少しだけこう思った。
(まあ、こんな“普通じゃない普通”でいても悪くないな…)
その夜、エレボスは王都の宿でモフモフを抱きながら、なんだかんだで楽しい一日だったと思うのだった。