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第18話 王、奇跡の焼きそばパンで料理神を沈黙させる

次なる部屋の扉が開いた瞬間、エレボスは鼻腔をくすぐる香ばしい匂いに思わず立ち止まった。


「……え? 焦げてる?」


ところが、視界に飛び込んできたのは、巨大なキッチンスタジアム。ステンレスが光り輝き、中央には料理台、両脇には炎を吹くオーブン。さらに奥には――神殿っぽく鎮座する黄金の包丁。


「ここは“料理の間”。あなたの一皿で神の舌を唸らせなさい」


司会者のような者が、先ほどのファッションショーのテンションそのままで宣言する。


「料理? 俺が?」


エレボスは自分の過去を思い返した。家庭科の実習ではゆで卵すら灰に変えた男。それが料理の間とはどういう因果か。


「王、あの時のおにぎりを思い出してください」


副官が神妙な顔で語りかけてくる。


「いや、アレは偶然にも程があるだろ。中に入れた昆布がなぜか“神の涙”って名前の高級食材だったってあとで判明したんだぞ?」


「それでも、あの味を再現できるのは王だけです」


「むしろ再現できる気が一切しないんだけど?」


周囲の仲間たちは真剣な顔で、鍋を研いだり、計量スプーンを握って気合を入れている。


「くっ……仕方ない。やるだけやってみるか……」


そんな気合とは裏腹に、エレボスが向かったのは――迷宮の片隅にあった、なぜか完璧に管理されていた“購買部”。


「パン……パンはどこだ……!」


「王!? 料理とは!? 調理とは!? 食材の命を活かすとは!?」


「いや、俺にできるのは“焼きそばパンを温める”くらいだ。最悪、ソースを足す」


そして完成したのは――


見た目はただの焼きそばパン(しかも袋入り)。


ところが、エレボスがレンジで温めて、ちょっとだけマヨネーズを足した瞬間――


「おおお……光っておる……ッ!!」


黄金の包丁がブルブル震え出し、神殿の奥からふわりと現れた“料理神”は、パンを一口食べた途端――


「……ッ!!!」


その場で崩れ落ち、膝をついて涙を流した。


「この、庶民的にして高貴な味わい……温度管理、具材の偏り、パンの湿り加減……計算され尽くしておる……!」


「計算とかしてないけどな! ただ適当に温めてマヨ足しただけだしな!」


副官たちはすでに涙ながらに拍手し、仲間の魔導士は「焼きそばパン……最強の召喚食か……」とぶつぶつ言い始めていた。


料理神「……汝、焼きそばパンを、超えた」


「どんな判定だよ!?」


そして黄金の包丁が光を放ち、次なる封印が音を立てて解除された。


「王! 次の間が開かれました!」


「ちょっと待て、休憩とか無いの!? 焼きそばパン1個で勝ったんだぞ!?」


「焼きそばパンこそが、真の料理。迷宮にそう刻まれました」


「刻むなそんな価値観!」


こうして、またしてもエレボスは“何もしてないのに結果的に大勝利”を収め、迷宮を一歩進むのだった。


焼きそばパンパワーで料理神を撃破し、迷宮の奥へと歩を進めるエレボス一行。ところが次の部屋の扉が開くと、そこは一転してディスコ風の煌びやかな空間だった。


「うおっ……まぶしっ!」


ライトがグルグル回り、スピーカーからは重低音がズンズン響いている。壁には大きなターンテーブルと、真ん中にはステージ。


「ここは……音楽の間?」


そこに現れたのは、ピカピカのスパンコールジャケットを着た音楽神。彼の名前は“ビート・ザ・リズム”。


「君たちが挑戦者か。ここは俺の領域、リズムとダンスで勝負だ」


「……ダンス?」


エレボスは思わず後ずさる。音痴の上に運動音痴で、しかもダンスとなるともう何をどうしていいのかサッパリ分からない。


「王、踊らなければならないのです!」


副官の真剣な声にエレボスは俯く。


「俺は……踊りが……」


「大丈夫、俺も踊りは苦手だ」


仲間の魔導士が真顔でフォローするも、彼の動きはすでにリズム無視のガタガタ状態。仲間たちはみんな苦笑いだ。


「でも……あの料理の時みたいに、何か“偶然”があるかもしれないだろ?」


「王の奇跡に期待しています!」


「……仕方ない、やるか」


そして、始まったダンス対決。


ビート・ザ・リズムがリズミカルにステップを踏み、カッコよくポーズを決める。その隣で、エレボスは何とか体を動かすも、まるで足がバラバラに動いているかのようなグダグダ感。


「……これじゃ勝てるわけが……」


その時、なぜかステージの床に置いてあったビニール製のバナナが転がり出て、エレボスの足元にピタリと止まった。


「あ……!」


バナナの皮だ。伝説の滑りポイント。


「……いけるかも?」


思い切ってバナナの上で滑りながら、エレボスは意図せず派手なスピンを決めてしまう。


「おおおっ!?」


会場の全員が息を呑む中、ビート・ザ・リズムも一瞬動きを止める。


「……何だあれは……!?」


「王の滑りは天からの贈り物……!」


仲間たちが声を揃えて称賛する中、エレボスは無自覚に何度もバナナスライドを繰り返し、結果的にダンスの神をノックアウトしてしまった。


「な、なんだよこれ……」


倒れた音楽神は「…負けた…」とぼそり。


エレボスは自分の動きが完全に運任せだったことに気づかず、またもや謙遜の言葉をつぶやく。


「いや、俺はまだまだ……ただバナナが滑っただけで」


だが周囲はこれを最高のパフォーマンスと信じ、歓声が鳴り止まなかった。


「王は迷宮の神かもしれない!」


「もう次の間へ!」


こうして、エレボスはまたしても自覚ゼロの大勝利を重ね、迷宮を進んでいくのだった。


煌びやかな音楽の間を突破し、次の部屋は巨大な迷路だった。壁は高く、天井は見えず、薄暗い照明が神秘的な雰囲気を漂わせる。


「ここが……迷宮の核心か……」


エレボスは慎重に足を踏み入れる。だが、彼の自信の無さは相変わらずだ。


「俺、正直迷路は苦手なんだよな……方向音痴ってわけじゃないけど、複雑すぎるよなあ」


と、独り言をつぶやきながら壁に手をついた瞬間、壁が動いて突然通路が変わる。


「うわっ、なんだこれ!」


周囲の仲間たちは真剣な表情で地図や魔法で位置を把握しようと必死だ。けれどエレボスはというと、


「まあ、こんな時は直感に任せるのが一番だよな」


と、言いながら何となく右へ曲がる。


その“何となく”が大当たり。


先に進むほど迷路は複雑になるが、エレボスの“勘”がなぜかビシビシ的中。壁のスイッチや隠し扉、迷路の罠まで避けてしまう。


「王、まるでこの迷路を知り尽くしているような……」


仲間の一人が驚きを隠せない。


「いや、ただ勘だって言ってるじゃないか……でもなんで全部当たるんだ?」


エレボス自身も驚いている。正直、まるで迷路の攻略法なんて知らない。ただ適当に歩いているだけなのだ。


「なんだろうな、迷路って意外と複雑そうに見えて、考えすぎると逆に迷うんだよな。だから俺はあえて考えないでいるだけだ」


まるでリラックスして迷路を楽しんでいるようなこの言葉に、仲間たちは半ば呆れ顔。


「それで道を当てるのは“さすが王”以外の何物でもない!」


「まさに神の直感!」


一同は大盛り上がり。エレボスはすっかり困惑しながらも、知らぬ間に迷路の出口へ到達。


「ふう……着いたか……でも俺、本当に何かすごいことしたのかな?」


そう聞くエレボスに、仲間たちは「もちろんだ!」と声を揃え、信仰のような眼差しを向ける。


エレボスはぽかんとしながら、こうつぶやく。


「俺のすごさって、こういうもんなのか……」


実力の自覚は無いのに結果は超一流。そんなエレボスの迷宮攻略はまだまだ続く。


巨大迷路を突破し、ようやく迷宮の最深部にたどり着いたエレボスたち一行。そこで待っていたのは、今までの試練とは一線を画す、不思議すぎる光景だった。


薄暗い部屋の中央には、ふわふわと宙に浮かぶ謎の球体が光を放っている。球体の周囲には、何かを召喚しようとしているような魔法陣がキラキラと動いていた。


「これは……召喚獣か?」


真剣な声が飛ぶ中、エレボスは例によって自分の実力に自信がなく、しかも雰囲気についていけてない。


「俺……こういうの苦手なんだよね。なんか、うまく扱えなさそう……」


しかし、彼がそっと手を伸ばすと――


ぽん、と球体が跳ねてエレボスの手のひらに収まる。


「うわ、なんか意外と軽い……」


仲間たちは目を丸くし、


「さすがエレボス様、運命の器に選ばれた!」


「この召喚獣は、エレボス様の真価を示す鍵だ!」


と、歓喜の声を上げる。


エレボスは困惑しつつも、


「え、これ俺のペット?なんかめっちゃ重責だな……」


と、ぼそっと呟く。


その瞬間、球体がパッと弾けて、小さなモフモフした生き物が現れた。


「にゃん!」


と鳴いたその生き物は、かわいい見た目とは裏腹に意外なパワーを秘めているらしい。


エレボスは内心で、


「まあ、俺が持ってるだけで強くなるってやつか……ラッキーだけどな!」


と軽く流す。


周囲は「エレボス様最強!」の大合唱。本人の実感はちっともついてこないまま、彼らは迷宮の外へ向けて歩き出す。


さあ、次はこのモフモフ召喚獣と共に、どんな珍道中が待っているのか?エレボスの無自覚チカラがまた爆発する予感が……!


迷宮の最深部。薄暗くて湿った空気が肌にまとわりつく中、エレボスたちはようやく最後の扉をくぐった。そこには、これまでのどんな試練よりも異様な光景が広がっていた。


部屋の中央には、ぽっかりと宙に浮かぶ謎の球体がキラキラと光を放っている。その球体のまわりには、カタカタと動く魔法陣がぐるぐると回り、まるで古代のゲーム機のスロットが暴走しているかのような錯覚すら覚えた。


「これは……何だ?」


真剣な面持ちで球体を見つめる仲間たち。どの顔も、これが一筋縄ではいかないものだとわかっている。彼らの目は、エレボスに向けられていた。


一方、エレボスはそんな周囲の緊張感に気づきつつも、心の中は相変わらずの自信の無さでいっぱいだった。


「俺が触ったら、爆発でもすんじゃないか?」


と小声でつぶやきながら、どうにも手が伸びない。


しかし、仲間たちの期待は痛いほど伝わる。


「エレボス様!あの球体こそ、あなたが選ばれし者である証です!」


「これを手にすれば、あなたの真の力が覚醒すると!」


その熱気に圧倒され、エレボスは重い腰を上げた。そっと指先を球体に近づける。


「ああ、いや……マジで嫌な予感しかしないんだけど……」


だが、彼の手のひらに触れた途端、球体は不思議なほど軽やかに弾み、コロコロと転がって手の中にすっぽり収まった。


「うわ、軽っ!何これ、思ってたより全然平和なやつだ!」


エレボスの一言に、周囲は固唾を飲んで見守っていたが、一気に歓声が湧き起こる。


「エレボス様、これはまさしく――!」


「あなたにしか扱えない伝説の召喚獣の卵です!」


「さすが我らが英雄、運命の寵児!」


いっせいに称賛が巻き起こり、仲間たちはエレボスにすがりつくように近寄った。エレボスは軽く汗をかきながらも、


「いやいや、俺なんかにそんな大役まわして大丈夫なのか……?」


とボソリ。だが、誰もその謙遜を謙遜としては聞かず、ただただ“神のような謙虚さ”として受け止めていた。


そんな空気のまま、球体はプシュッと音を立ててはじけ、中からふわふわの小さなモフモフが顔を出した。


「にゃん!」


愛らしいその生き物は、小さな丸い体に大きな瞳、ふわふわの尻尾を持っている。見た目は完全に“可愛い系ペット”だが、なぜかどこか不思議なオーラを放っていた。


「なんだこれ……ただの猫……?」


エレボスは呟く。仲間たちはそれに向かって一斉に叫んだ。


「ただの猫じゃない!これはエレボス様の“真の力”を引き出す最強の召喚獣だ!」


「絶対に裏切らない絆の証!」


「これで無敵確定!」


そんな周囲の熱気に、エレボスは苦笑しながらも、


「まあ、俺が持ってるだけで強くなるんだったら、悪くないか……」


と軽く肩をすくめる。


モフモフはエレボスの肩に飛び乗り、嬉しそうにゴロゴロと喉を鳴らす。その瞬間、エレボスの心の中で何かがポッと灯る。


「……やっぱ、持ってるのかもな、俺。」


だが本人は相変わらず、自分の実力が“たいしたことない”と思っているので、その思いはまだ言葉にならず、胸の奥底にしまわれたままだった。


そして、仲間たちはまるでエレボスが選ばれし王だと言わんばかりの信仰にも似た崇拝のまなざしで彼を見つめる。


「これからは、この子と共に進みましょう。エレボス様!」


「全力で支えます!」


エレボスは内心で、こんなに盛り上がってもいいのかと笑いをこらえつつ、


「まあ、できるだけ迷惑かけないように頑張るよ……」


と、ささやくように呟いた。


だがその言葉は誰一人として謙遜とは受け取られず、「謙虚な王」としてますます称賛を浴びるのだった。


こうして、エレボスの新たな相棒――謎のモフモフ召喚獣を抱えて、彼らの冒険は次のステージへと動き出した。


一体どんな珍道中が待ち受けているのか、まだ誰も知らない。


だが確かなのは、エレボスの“謎運”だけは全く止まる気配がないということだった。

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