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第14話 地下神殿・静寂の間:飴と涙の真実


戦闘の余韻が残る静かな部屋に、一行は疲れを癒すべく腰を下ろしていた。ランタンの薄明かりが揺らめき、湿った石壁に不気味な影を落とす。


ミルヴァン隊長が厳しい顔で周囲を見渡す。

「油断は禁物だ。ここは“静寂の間”と言われる場所。魔物が気配を消し、襲いかかるという…」

皆が身を引き締める中、エレボスはポケットから飴を取り出して舐めていた。


「……おい、さっきから飴ばっかり舐めてるけど、その飴はいつ買ったんだ?」

隊員の一人が不思議そうに尋ねる。


エレボスはゆっくりと飴を口から外し、ポツリと言った。

「……これな、実はな、亡くなった妹が最後にくれたんだよ」


部屋の空気が一瞬で変わった。普段の軽口が嘘のように、彼の目にはどこか儚げな光が宿っている。


リリィが優しく問いかけた。

「妹さん……?」


エレボスは少し俯き、声を潜めて語り始める。

「俺は昔から……強くなりたかった。でも、妹はいつも俺のことを心配してた。戦いなんてやめろって、何度も言われた。でも結局、俺はここにいる。だから、最後に渡されたのがこの飴。これがあれば、ちょっとだけ頑張れる気がするんだ」


彼の頬を一粒の涙が伝い落ちた。

「強さだけじゃない、守りたいものがある。俺にとってはそれがこの飴で、そして……妹の想いなんだ」


誰もその場で声を発せなかった。

静寂の間の名に相応しい、重く、しかし温かい空気が流れた。


エレボスはすぐに涙をぬぐい、軽口を戻した。

「……まあ、涙なんて見せちゃったらイメージ台無しだな。さあ、飴もう一個もらって頑張るか」


隊員たちは心の中で微笑みつつ、改めて彼の強さの意味を理解した。

【地下神殿・影の回廊:飴と剣の奇妙な共演】


あの飴の話からしばらく経った。

静寂の間を後にした一行は、地下神殿の奥深くに伸びる「影の回廊」へと足を進めていた。


「ここは何だか気味が悪いな……」

リリィが背中を丸めながら小声で言う。

「お前、たまには真面目なこと言うな」とミルヴァン隊長が苦笑しつつも、警戒は緩めない。


一方のエレボスは相変わらず飴を舐めている。

「まあな、俺は戦士だからな。剣も飴も使い分けるのさ」

本人はいたってマイペースだが、その手にはいつの間にか抜かれた長剣が握られていた。


「飴と剣を同時に持ってる男、初めて見たぜ」

隣の隊員が呆れ顔で言うと、エレボスはニヤリと笑った。

「いやいや、飴は剣の補助武器だ。舐めて落ち着く、これぞ最強のメンタルケア」


そんなエレボスの姿を見て、周囲は真剣そのものなのに妙に和む空気が流れていた。

でも本人はそれをまったく気にしていない。


「この回廊の先に、例の“封印の扉”があるはずだ」

ミルヴァン隊長が厳しい声を発する。

「皆、気を引き締めろ」


エレボスはゆっくりと剣を構えながら、ふと呟いた。

「正直なところ、俺の力なんてこの扉の鍵にもならんと思ってる。ああ、また飴舐めようかな」


しかし、その呟きとは裏腹に、剣を握る手には確かな力と覚悟が感じられた。

誰よりも自分の実力を疑いながら、それでも進み続ける男。

その心の矛盾こそが、彼の最大の魅力なのかもしれない。


一歩、また一歩。影の回廊の暗闇を切り裂くエレボスの剣先は、今にも何かを打ち破りそうな気配を漂わせていた。

ひんやりとした地下神殿の石造りの回廊。薄暗い空間に、静かな足音と緊張感が満ちている。隊員たちはそれぞれ剣を構え、息を殺して前を見据えていた。だが、そんな中でひときわ不思議な存在感を放つのがエレボスだ。


彼はゆるりとした姿勢で、肩を軽くすくめながら周囲を見渡している。顔には深刻さのかけらもない。いや、むしろどこか飄々としていて、「自分の実力は大したことない」という認識が全身から滲み出ていた。


「俺? まあ、普通に剣が使えるだけの凡人だよ。特別な才能?そんなものはまったくない」

エレボスはそう言って、剣の柄を軽く握りなおしたものの、その動きは決して不安定ではなく、むしろ周囲の隊員を無意識に安心させているのが皮肉だった。


隣にいる隊員が息を呑み、遠慮がちに言った。

「エレボス様、先ほどの戦い、完璧でした。あの一閃で敵を一掃したのは紛れもなくあなたの腕ですよ」


だがエレボスは首を振り、にやりと笑う。

「いやいや、あれはたまたまだ。実際、俺はすごいわけじゃない。ただ動いてただけさ」


そう言いながらも、彼の動きには無駄がなく、どんな攻撃も確実に捌いていた。剣技のキレは隠しきれない才能の証明なのに、本人はそれを一切認めようとしない。


ミルヴァン隊長が低い声で警告する。

「ここから先は魔物がうじゃうじゃいる。油断するな」


地下神殿の薄暗い通路を、エレボスはゆるりと歩いていた。周囲の仲間たちは、背筋をピンと伸ばし、神経を尖らせて先を警戒している。戦士は鎧の金属がかすかに擦れる音を立て、魔導士は手元の魔法陣に集中していた。


「……俺、こんな場所に来るの初めてだし、正直言って何とかなるのか分からないけど、まあ大丈夫だろ」と、エレボスは肩をすくめながら呟いた。周りからは静かながらも「それで大丈夫とか本気で思ってるのか?」という視線が注がれる。


不意に、前方の闇から得体の知れない影が蠢く音がした。仲間たちは一斉に身構え、気合いを入れる。だがエレボスは「あー、まあ、たぶん大したことないんだろうな」と呟きながら、半ば無意識で手をかざした。


すると、かすかな光が指先から漏れ出し、影はひらりと散っていった。


「……え? これって結構効いてる?」仲間の一人が目を丸くして聞くと、エレボスはまるで自分の行動を説明するように、ゆっくりと答えた。


「いや、ただの反射だよ。大げさに言わないでくれ。俺、こういうのは慣れてないから、たまたま上手くいっただけだし」


しかし、その「たまたま」は連鎖し、影は次々と散り、まるでエレボスの身のこなしが魔法のように見えた。


仲間たちは顔を見合わせつつも、その控えめすぎる主人公の言葉とは裏腹な力に、どこか肩の力が抜けていくのを感じていた。


「彼は別にスーパーヒーローじゃない。でも、いざとなったら何かやってくれる。そんな感じだよな……」


エレボスはそんな視線に気付かず、淡々と続けた。


「やっぱり俺は、大したことないから、変に目立ちたくないんだよね。みんなには悪いけど、これが俺のペースでやれる範囲ってやつだ」


その言葉に、周囲の緊張はどこか和らぎ、静かな安心感が漂った。


彼の無理をしない強さは、誰にも真似できないタイプのものだった。


エレボスがゆるりと歩みを進めるたび、周囲の真剣な空気とはどこか違う空気が漂っていた。彼自身は気づいていないが、無意識のうちにその一挙手一投足が仲間たちに影響を与えているのだ。


「そろそろこの先に……ああ、そうだな、何かヤバそうなやつがいるらしいんだが」誰かが低い声で言った。


エレボスは肩をすくめて、「まあ、何とかなるだろ」と軽く返した。だが、その口調はどこか他人事のようで、まるで自分は大したことはできないけど、仲間がなんとかしてくれるだろう的な他力本願感すら漂う。


すると、隊の魔導士が困惑気味に呟いた。


「本当にエレボスさんは……危機感とかないんですか? 我々は命を賭けてここにいるのに……」


エレボスはゆっくりと振り返り、ふわりと笑いながら答えた。


「命を賭けるとか、俺にはちょっとハードル高すぎるっていうか。だって、俺が死んでも世界は大して変わらないだろ? だからまあ、あんまり無理しないでやってるだけだよ」


その言葉に、周囲は一瞬息を呑む。だが、不思議なことに、それが逆に緊張を和らげていた。


エレボスの態度はまるで「自分は特別じゃない」「普通の人間だ」という自己評価の低さからきているのに、なぜかその控えめさが重圧を感じていた仲間たちの心に風を吹かせていた。


数歩進んだ先で、地下神殿の壁に刻まれた古代文字に目をやりながら、エレボスはぽつりとつぶやく。


「俺みたいなのがここにいるっていうだけで、みんなすごく頑張っちゃうんだろうな。なんだか申し訳ないよ」


その言葉に、隊長が静かに笑った。


「エレボス、お前は知らず知らずにみんなを支えているんだ。お前が大したことないと思ってるからこそ、皆がその分余計に力を振り絞れるんだよ」


エレボスは少し照れくさそうに頭をかきながらも、相変わらずの控えめな表情を崩さなかった。


「そうかもしれないけど……やっぱり俺は、影からこっそり支えるタイプの人間なんだよなあ」


そんな彼の呟きに、真剣な面々もなんだかほっとしたように微笑む。


そんな控えめな巨人が、地下神殿の闇に光を落としていた。


地下神殿の薄暗い空間に、一行はひっそりと進んでいた。エレボスはいつものように肩をすくめ、呟く。


「いやー、俺なんてまだまだですよ。たいしたことなんて何も……」


その言葉を聞いた瞬間、剣士が神妙な面持ちで顔を上げた。


「……エレボス様の仰る謙遜こそ、我らにとっての希望です。あの御方がそうおっしゃるのだから、我々も身を引き締めねばなりません」


魔導士が深く頷く。


「エレボス様が“まだまだ”と申されるのは、真の力を秘めておられる証拠にございます。私たちはその力に、ただただ身を委ねるのみです」


狙撃手も静かに言葉を添えた。


「エレボス様の力の前では、我々の知識も経験も霞みます。だからこそ、彼の謙遜は我々の信仰に近い敬意を呼び起こすのです」


隊長は深く息を吸い込み、淡々と語った。


「彼は自分の力を必要以上に語らず、我々のために戦ってくれている。そんな御方が“たいしたことない”などとおっしゃるのだから、私たちは何としてでも守り抜かなければならない」


エレボスはそんな周囲の重みをまるで感じていないかのように、ふと顔を歪めて小さく笑った。


「うーん、そんなに持ち上げられても、正直困るんだよなぁ。俺はただ、なんとかその場を切り抜けてるだけでさ」


しかし、仲間たちの目は揺らぐことなく、まるで神を仰ぐような真剣さで彼を見つめている。


「エレボス様のそのお言葉こそ、我々への最大の励ましであり、覚悟を新たにするための灯火なのです」


「彼の力を信じている限り、我らはどんな闇にも負けぬ」剣士が声を震わせて言った。


エレボスはぽかんとした顔でその熱量を感じながらも、「まぁ、ありがとね……」とだけ返し、少し照れ臭そうに眉をかいた。


「でもなあ、ほんとに俺ってたいしたことないんだぜ? みんなが期待してるほどスゴくはないと思うんだけどなあ」


それに対して隊長が静かに告げる。


「御方の謙遜は我らの拠り所。どうかその言葉に真実を求めるのはやめてください」


こうして、エレボスの控えめな言葉は、周囲にとって神聖な信仰の言葉となり、隊の士気は一層高まっていくのだった。


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