第12話 霧隠れの間
終焉の塔、第三階層「霧隠れの間」。主人公は半ば寝起きでフラフラと階段を上っていた。目の前には、例のごとく一糸まとわぬ服装で、忠誠心120パーセントの美少女ミリアが真剣な顔で立っている。
「王さま、またですか? 今度は何をしでかすおつもりです?」
「え? ぼく? 何もしてないよ。ただ寝ぼけて階段踏み外しかけただけだよ!」
「いやいや、階段じゃないです。あなた、さっきからずっと……」
ミリアの視線の先に目をやると、そこには真っ黒な羽根が一枚、主人公の肩にペタリと貼りついていた。
「うわああああ、なんだこれ! 俺、いつの間に鳥になったのか!?」
「違います、王さま。それは“羽根”です。例の『神の声』を聞く者たちが残す不吉な痕跡……。おまけに、最近それが増えているらしいんです」
主人公はパニックになりながらも、慌てて羽根をはがそうとする。だが羽根は強力な魔力を帯びているらしく、簡単には取れなかった。
「くそっ……なんでこんなにベタベタしてるんだ! これも新しい粘着剤の一種かよ!」
ミリアは手を叩き、眉をひそめた。
「これは粘着剤じゃありません。『神の声』を聞く狂信者たちが集めている証拠のようなものです。彼らは今、塔の中に潜んでいて、王さまを狙っている可能性が高い」
「そ、そんなこと言われてもさ……俺、まだ朝飯も食べてないし、風呂も入ってないんだぞ?」
「王さま! 風呂よりも命の方が大事です!」
ミリアの言葉に、主人公は眉間にシワを寄せつつも諦めた。
「わかったよ、わかったよ。とにかくこの羽根を何とかしないと……。でも、どうすればいいんだ?」
そこへ別の少女、リーナがスッと現れた。彼女は冷静な瞳で羽根を見つめている。
「簡単です。これを取るには『終焉の塔』の地下神殿で祈祷を受けるしかありません。あそこは狂信者たちの溜まり場ですから、危険は覚悟してください」
「おお、地下神殿か……。まるで俺のスローライフに逆行する場所じゃないか……」
主人公は大げさにため息をついた。
「行くなら、俺の魔法はまだ眠ってる状態だし、どうせいつもの力押しになるよな。頼りにしてるぞ、ミリア、リーナ!」
二人はうなずき、すぐさま準備に取りかかった。主人公は何とか羽根のベタつきをごまかしつつ、ついでに眉間にしわを寄せてから、階段を慎重に降りていった。
階段の途中で、ふと壁のほうから声が聞こえた。
「王様……おはようございます。寝ぼけて転げ落ちるのはいつものことですね」
その声に振り向くと、なんと「塔の守護者」として名高いレイナが立っていた。
「おはよう、レイナ。いやぁ、今回は本当に転げ落ちるかと思ったよ」
「それで羽根を肩に付けているとは、まったく王様は……。何があっても私はあなたの盾ですから、心配いりませんよ」
レイナは胸を張った。主人公は微妙に困りながらも、心の中で「いや、それ盾って言うより見張り番だよね?」と思ったが、口には出さなかった。
こうして、王様は「羽根事件」を引きずったまま、地下神殿へ向かう冒険へと巻き込まれていく。
だが、すぐに問題が勃発した。
「ちょっと待って、これ階段じゃなくて、ほぼ崖じゃない?」とリーナが顔色を変えて言った。
「崖じゃないよ、これは伝統的な塔の地下へ続く階段さ! そういうことにしておいてくれ!」主人公は苦笑いを浮かべながら足を踏み外しそうになった。
「王さま、本当に注意してくださいよ!ここは狂信者の溜まり場ですから!」
ミリアはピシッと構え、リーナも神経を尖らせている。
「ま、まあまあ、今日は気分いいからな、慎重に行こうぜ……」主人公は自分に言い聞かせるように呟いた。
ところが、その時だった。
ガサッ、と暗闇の中から音がして、突然、巨大な影が四人の前に立ちはだかった。
「うわっ、何だあれは!」
リーナが叫び、ミリアは剣を抜こうとしたが、主人公はそれを制止した。
「落ち着け、これは……」
影がゆっくりと姿を現す。そこにいたのは、全身を黒いローブに包み、羽根を数枚まとった狂信者の一団だった。
「……いやいや、また羽根かよ! もう勘弁してくれ!」
主人公は思わず呟いた。
狂信者のリーダーがにやりと笑い、言った。
「お前がこの塔の王か……『神の声』はお前を拒絶しない。だが、この羽根でお前を縛り、我々の導きに従わせるのだ」
「導き? それは…ただの無茶苦茶な迷信でしょ?」
「迷信じゃない!我々は神の意志の使者だ!」
主人公は苦笑いしつつも、無言で魔力を帯びた拳を握った。
「さて、そろそろ俺の力を見せる時間だな」
すると、ミリアがひょいと横から飛び出して言った。
「王さま、暴走はダメです!まずは話し合いを!それが『終焉の塔』流です!」
「それ、ただの『話し合いで解決』だよね? 今ここでやる?」
ミリアは真顔でうなずき、狂信者たちに向かって、
「あなたたち、羽根の意味を本当に理解していますか? ただの飾りじゃなくて、王様への信頼の証なんですよ!」
狂信者の一人が首をかしげた。
「信頼? 我々は神の声に導かれているだけだ」
「だったらさ、この羽根、邪魔じゃない? 取ってあげようか?」
主人公がにやりと笑って手を伸ばすと、狂信者たちは一瞬怯んだ。
「ま、まあ、待て!急に暴力は避けたい!」
リーダーが手を挙げ、しばしの静寂が訪れた。
主人公はその隙に呟いた。
「ほら、ギリギリ話し合いで済んだよ。俺、結構交渉上手いんだよね」
ミリアは顔をしかめて、
「王さま、その『交渉』、いつも危なっかしいんですよね……」
リーナが苦笑いしながら言った。
「さて、このまま地下神殿まで行けるのかな……」
四人は羽根の呪縛と狂信者の視線を背負いながら、さらに深く塔の闇へと進んでいった。
地下神殿の入り口を抜けると、空気はひんやりと重く、石造りの壁に無数の古代文字が刻まれていた。エレボスは大きく深呼吸をした――ここで「王」の本気を見せてやるか、などと少し気合を入れたが、口をついて出たのは「あれ? やっぱり夏の地下は冷房効いてていいな……」というどうしようもない感想だった。
同行している衛兵たちは真剣そのもの。隊長のミルヴァンは顔を引き締め、壁の文字をじっと読み解いている。彼の横顔はまさに「世界の秘密を解き明かす戦士」そのもので、エレボスの「冷房」発言などまるで聞こえていない様子だ。
「この地下神殿、何百年も放置されていた割には保存状態がいいな。さすがに魔法の結界が張ってあるのか?」ミルヴァンがつぶやく。
エレボスはその言葉に対して「へえ、結界ねえ。魔法は嫌いだけど、結界は冷房代わりになってありがたい」と返すが、またしてもスルーされる。
そのうち、奥から不気味な羽音が聞こえた。衛兵たちが身構える中、エレボスは「お、何かの虫かな? 気になるけど、俺もうちょっと涼しい場所で休憩したいな」と呟き、さりげなく壁にもたれかかろうとした。
「エレボス様! 我々はここからが本番です! 気を抜かずに!」若い魔導師のリリィが叫ぶ。
エレボスは苦笑いを浮かべつつも、「ああ、分かってるよ。でも正直、俺の力を使わなくてもお前らで十分じゃね?」と心の中で思った。事実、彼が本気を出せば、石壁を一振りで粉砕するほどの魔力を秘めている。けれど、そんなことを口にすれば「王」の威厳が台無しになるから、黙っていた。
衛兵が警戒する中、先陣を切って進むリリィが手に持つ魔法の灯りが、壁に刻まれた異様な模様を照らす。その模様はまるで巨大な羽根が絡み合ったかのようで、エレボスの心の中でふと「またかよ、羽根かよ」とツッコミが入った。
「この神殿には“神の声”の源があるらしい……俺たちの任務はそれを確かめることだ!」隊長ミルヴァンが力強く宣言。
それに対しエレボスは心の中で「うんうん、そういうのはお前らが本気でやってくれ。俺は……俺はその間に靴擦れ直しでもしようかな」と呟く。
地下神殿の奥へ進むにつれ、衛兵たちの緊張感は増す一方だが、エレボスの表情はむしろ「え、こんなに暗いの? ちょっと頭痛くなってきた」と、完全に日常モード。いや、それどころか彼の魔力は無意識のうちに周囲を守る結界となり、呪詛の類はことごとく跳ね返されているのだが、誰も気づいていない。
「エレボス様、ここは危険です。魔力を解放してください!」リリィが焦る。
エレボスはのんびりと伸びをしながら、「分かった、じゃあちょっとだけな……」と言いかけたが、その「ちょっと」が途端に異常なエネルギーを解き放ち、巨大な光の盾が彼を包み込んだ。衛兵たちは一瞬ひるむが、エレボスは「ふぅ、これで蚊も寄ってこないな」と言い、結界が消えるとまるで何もなかったかのように歩き出す。
隊長ミルヴァンは目を丸くし、「あの盾……エレボス様の魔力……」と呟いた。
だがエレボスは「いや、俺はやる気ないんだ。周りが勝手に真剣になってるだけでさ……」と心の中でぼやきながらも、実は心のどこかで「こんなにみんな頑張ってくれてるなら、もう少しだけ付き合ってやろうかな」と思い直していた。
地下深く、彼が「王」と呼ばれる理由は、その実力をひた隠しにして、周囲の真剣な空気を尊重しているからに他ならなかった。
地下神殿の奥へ進むにつれて、空気はますます重く、まるで何かが押し込まれているかのような圧迫感が漂っていた。ミルヴァン隊長以下、衛兵たちは足音を殺し、互いに緊張した視線を交わしている。エレボスはそんな中、ぽつりと呟いた。
「これだけ暗いと、携帯のライトモード欲しいな……あ、もちろん魔法じゃなくて、普通の電池式のやつね」
リリィが眉をひそめる。「エレボス様、ここは聖なる場所です。そんな軽口は控えてください!」
「わかったわかった。でもさ、真剣になりすぎて肩こりとか大丈夫? 俺、マッサージ屋さん知ってるけど、みんな忙しそうだしなあ」
ミルヴァンは思わず振り返り、渋い顔で「エレボス様、それどころじゃないのです! あなたこそ、もっと気を引き締めてください!」
エレボスは内心で「お前らの言う“気を引き締める”ってのは、俺の全力を出せって意味じゃないよな? そしたらみんな、戦闘不能になるだろ?」と半ば呆れつつも、顔には「はいはい、任せとけ」と軽く微笑みを浮かべる。
奥の広間に辿り着くと、巨大な石碑が中心にそびえ立ち、その表面には複雑な紋様が蠢いている。空気が一層張り詰める中、リリィが震える声で言った。
「これが“神の声”の源……なんですね」
エレボスはそっとつぶやいた。「……だったら、もっといい音響設備用意しとけよ。何も聞こえねえぞ」
突然、石碑が輝きだし、神秘的な声が響き渡った。
「おまえが“王”か……」
衛兵たちは身を硬くし、目を見開く。エレボスは少し首をかしげてから、ニヤリと笑った。
「なんだよ、その言い方……もうちょっと盛り上げてくれよ。たとえば、“偉大なる王よ、ようこそ我が聖域へ!”みたいな感じでさ」
声は続けた。
「試練を受けよ。さもなくば……」
エレボスは肩をすくめて、「ああ、面倒くせえ。でもまあ、ちょっとだけ付き合うか」と言い、周囲に魔力を溜め始めた。すると、周囲の石壁が震え、怪しい影が動き出す。
衛兵たちは全員緊張の極みだが、エレボスは心の中で「俺が本気出せば一撃で終わるのに、みんなが必死だから演出に付き合ってるだけ」と思いながら、実際は力を抜き気味で剣を構えた。
影の正体は、神殿の守護者、巨大な羽根を持つ異形の魔物だった。動きは素早く、鋭い爪で襲いかかる。
エレボスは軽く剣を振るい、その一撃で影を粉砕する。周囲の衛兵は一瞬で片付けられたことに唖然とするが、エレボスは涼しい顔で言った。
「ほら、俺の出番はこれで終わり。あとはお前らで頑張れ」
ミルヴァンが息を切らしながらも、「エレボス様、その力を隠すのは、なぜですか!?」と詰め寄る。
エレボスは満面の笑みで返す。
「それはね、みんなの真剣さが好きだからさ。俺が全部片付けたら、つまんないだろ?」
衛兵たちは困惑しつつも、そんな“王”の人間味あふれる理由に、なんだか納得せざるを得なかった。