第08話 業務提携の発表
動画を投稿して数時間後、俺はパソコンの前で画面を開いた。
配信サイトのコメント欄には、視聴者達の反応が怒涛のように押し寄せている。再生回数は10万回を突破しており、勢いは衰えるどころか加速している。
今回は1曲目『星降る海辺』に続く新たな曲、『夢追い人』と『それぞれの光』を2曲同時に投稿したことも、大きな話題となっているようだ。
俺は画面をスクロールしながら、視聴者の反応を確認した。
『新曲2曲を続けて投稿とか、本当に神すぎる!』
『前回のバラードで完全に心を奪われたけど、今回の2曲で完全に悠くんの信者になりました』
『どっちも最高だけど、やっぱり夢追い人の歌詞が心に刺さる』
『それぞれの光って、もう国歌にすべきだと思う』
俺のオリジナル曲である『夢追い人』を評価してくれたコメントに対して、思わずハートマークを付けそうになって自重した。
それだけにハートを付けると、視聴者の行動を誘導してしまう。
いくら内心で特別視していても、それは避けるべきだろう。
――どうして、夢追い人が評価されたのかな。
女性を応援する『それぞれの光』が支持されたのは分かる。
今世で15歳の男性が歌うのだから、最初から支持されることは確定しており、ズルをした感も否めない。
だが『夢追い人』は、前世で評価されなかった曲の使い回しだ。
若さ故の暴走で書いた苦い記憶がある。
一応、切ないラブソングと応援ソングとで、ジャンルの違いはある。そして評価者が、切ないラブソングのほうが刺さった可能性は否めない。
それでも、評価してくれたことは嬉しいと思った。
『夢追い人、悠くんの想いが凄く込められているのが分かる』
『震える指が、写真に触れ。二度と戻らぬ、時の切れ端。で涙腺崩壊』
『悠くんって、どれだけの恋愛を経験してきたの?』
やめろ恥ずかしいと、前世の記憶が呻いた。
今世で男子は、通信教育が基本だ。男女が出会わず、恋愛は未知の世界なので、俺が何を歌っても彼女達には真偽が分からない。
歌詞の解釈について、活発に議論されていた。
『悠くんは、まだ傷付いた心が癒えてないのかな』
『永遠に輝く、小さな星って歌っているから、癒えないかも』
『お姉さんが癒してあげようか!』
『お巡りさん、この人です』
歌詞の内容を一つ一つ議論されるのは、なかなか恥ずかしい。
それと分析に付いていけない層が、スレでふざけ始めていた。
続いて、『それぞれの光』についての反応を確認する。
『君は君のまま良いって、めちゃくちゃ励まされる』
『もうこの曲、毎朝の目覚ましソングにする』
予想していた通り、この世界の視聴者には『それぞれの光』のメッセージが、強く響いているようだった。
そちらに関しては他人が作詞したので、そうだよね、良い曲だよねと思う。
他人の歌だが、誰かの応援になったのであれば良いことだ。
続いて匿名掲示板を覗くと、そちらにも俺のスレッドが沢山あった。
【速報】森木悠くん、また音楽界に激震を走らせる
『今回の2曲、どっちもすごすぎるね』
『作詞・作曲・演奏・歌唱、全部できる15歳なんて、才能の塊すぎる』
『そもそも、男性が歌う時点で、今までありえなかったよ』
スレッドの勢いが異常だった。
投稿されたばかりの動画に対する反応が、まるで歴史的な出来事に遭遇したかのような熱量で交わされている。
歌詞の分析、メロディの解析、ギター演奏の技術論。まるで音楽学の専門フォーラムと化しているスレッドすらある。
各分野の知識を持つ視聴者達が、それぞれの視点から熱心に語り合い、俺の楽曲の凄さを説明しようとしていた。
『音楽理論的に見ても、悠くんの作曲センスは明らかに異常って分かる』
『メロディの構成が美しすぎるし、コード進行の選び方も秀逸だよ』
『夢追い人の転調、感情の高まりに寄り添って、自然と涙が出るのよね』
『そして何より、15歳男子の歌声!』
『お巡りさん、早く来て下さい』
スレッドの各所には、ショタの人が居るらしい。
その人の趣味はさておき、俺の歌唱は評価してくれているようだ。
『悠くんの歌って、どうしてこんなに心に響くの?』
『声が本当に優しくて、聴いているだけで安心する』
『感情の込め方がすごいのよね。まるで歌詞の世界を生きているみたい』
『生まれて初めて、男性の歌で涙がこぼれたわ』
『50年前の演歌って、流石に古いからねぇ』
男性の歌の需要は有ったのに、これまで半世紀前の演歌しか供給が無かった。
だから俺は先駆者で、先行者利益を得られている。
拙い部分があろうと、競合相手が居なくて比較されないのだ。
自分を逆の立場に置き換えてみる。
男女比3万対1の世界で、15歳の少女が作詩・作曲・演奏・歌唱を熟した。
その場合、大抵の男性は15歳の少女が歌ったこと自体に価値を見出す。
どこのスレを覗いても、「お嫁さん検定合格」などと、アホなことが書かれる。
少女の存在自体に価値を見出すし、年下の異性は自分の脅威にはならないので、「その歌詞はこうしたほうが良い」などとライバル視する男性は、居ない。
現状の俺が、全面的に肯定されている所以である。
「基本的にツチノコなんだよなぁ。まあ良いんだけど」
俺は、画面に流れ続けるコメントを見つめながら、小さく笑った。
だが、音楽活動を全面的の肯定してくれたのであれば、事務所との業務提携を発表しても大丈夫だろう。
俺はベルゼ音楽事務所に連絡して、公式アカウントで行うと聞いていた業務提携の発表をして貰うことにした。
連絡して少し待つと、事務所の公式アカウントが、俺との業務提携についてのポストを行った。
『森木悠さんと、音楽活動に関する業務提携の外部契約を結びました。今後、森木悠さんの楽曲を商業的にリリース出来るように努めて参ります』
事務所の公式アカウントの発表を、リポストする。
そして、自分の言葉を添えて投稿した。
『アニメやドラマの主題歌を担当出来たら、とても嬉しいです。配信で歌ったり、弾いたりしてみたいです。それで、お声掛け下さった事務所と外部契約しました』