表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
7/79

第07話 歌動画連投

 事務所とのオンラインミーティングを終えた後、パソコンの前で息を吐いた。

 視聴者にどう説明するか、それが問題だ。

 配信サイトのチャンネル登録者数は100万人を超えても伸び続けている。

 その数字は、あくまで配信者である森木悠に期待する視聴者の数だ。

 その俺が、配信者以外の活動として「事務所とも提携して活動します」と言えば、どう思われるだろうか。


「事務所と契約すると、活動に制約を受けるかもと不安視する人もいるな」


 俺の場合は、ベルゼ音楽事務所に所属するわけではなく、一部の活動で業務提携するだけだ。

 配信者で例えるなら、個人で活動している個人配信者が、企業に所属する企業系配信者になるのではなく、個人のままサポートのスタッフを付けるのに近い。


 だが、どれだけ口で説明しても、不安は解消されないだろう。

 それなら、俺が音楽活動をしたほうが良いと思わせるべきだ。


「言葉で説明するんじゃなくて、音楽活動で承認を得るほうが良いかなぁ」


 俺は、ギターを手に取り、最も得意な曲を思い浮かべた。

 この曲は、前世で俺が作ったオリジナル曲だ。演奏仲間とセッションするために書いたもので、商業で出したわけではない。

 だが誰かの曲を練習したのではなく、一から自分で生み出した。

 自分で作詞作曲しているのだから、歌詞と曲の理解は完璧だ。


 ――前世の商業では、通用しないけど。


 そんな俺の曲は、今世では男性が歌うラブソングという価値がある。

 今世は男女比1対3万で、市場の購買層は99.997%が女性だ。

 そして女性には、男性歌手が歌う曲の需要がある。

 だが男性は三毛猫のオス並にレアな上に、表に出てこない。


 そんな需要が高くて供給は皆無の市場に、15歳の男子高校生が現われた。

 しかも年齢に見合わない演奏技術と歌唱力を持っているのだから、それは売れるに決まっている。

 男性というだけでは、ボインボイン軍団から逃れられなかったかもしれないが、音楽活動すれば状況を打開できそうだ。


 ――芸は、身を助けるな。


 前世でギターをやっていて、本当に良かった。

 そんな事を考えながら、ギターのネックに触れる。すると、身体の奥深くに眠る感覚が研ぎ澄まされていくのを感じた。

 マイクの位置を調整して、録音ソフトを立ち上げる。

 ペグを軽く回しながら、開放弦をひとつずつ鳴らし、微調整を重ねた。


 深く息を吸い、指を弦に置いた。

 最初のコードを鳴らした瞬間、俺自身の空気が変わる。

 ギターのボディが共鳴し、深みのある響きが部屋を満たしていく。

 アルペジオから入る静かなイントロ。

 指先が弦を滑る音すら、旋律の一部となる。

 俺は目を閉じ、音に身を委ねた。


「頬を伝う、涙の跡。窓を叩く、冷たい雨に。最後の言葉、胸を打つ……」


 低く、深く響く声が、収録している部屋に広がっていく。

 歌詞のフレーズが、ギターの旋律と溶け合って、マイクに流れていく。

 俺はギターのストロークを強めた。

 感情が音に変わり、旋律が熱を帯びていく。

 そして、サビに向かって一気に駆け上がる。

 すると音の高低差、ブレスの入れ方、ギターのダイナミクスが、一つの物語を紡ぐように繋がっていく。


 ラストのサビに向けて、ギターのピッキングを繊細に変えていく。

 去っていった誰かを優しく抱きしめるように、より優しく、それでいて確かな音を紡いだ。

 指が弦から離れると、僅かな余韻が部屋に響き、やがて消えていった。


「まあ、悪くないんじゃないか」


 俺は、録音データを再生しながら深く頷いた。

 ギターの音色はクリアで、歌声の抑揚も意図した通りの表現ができている。

 前世とは声帯が異なるが、それを踏まえても、前世に劣らず歌えている。

 むしろ無計画に歌って傷付いた声帯ではなく、10代の透き通った声質なので、遥かに良くなっていた。


 だが、失恋ソングだけでは、歌の内容が重すぎるという問題がある。

 バラードは強く心に残るが、切なさだけを余韻にしてしまうと、視聴者の感情を沈ませる可能性がある。

 最後には、希望を感じさせる楽曲で締めくくりたい。


「もう一曲出すか。次は、もっと明るい曲が良いよなぁ」


 定番は、全肯定の応援歌だろうか。

 夜空の星々が皆輝いているように、君達も皆輝いているよと歌えば良いだろう。恒星には様々な種類があるが、どれも光を発しており、恒星系における主役だ。

 誰も否定しないし、誰も傷付けない。

 そういった歌詞は親しみやすくて、普遍的なものになる。

 幅広い層から支持を得られるし、俺の評価も上がるだろう。


「こういった曲も必要だな」


 俺は、ギターを再び手に取り、録音の準備を始めた。

 さっきまでの切ないバラードとは違い、今度は優しく包み込むような歌声を意識する。

 イントロの軽やかなアルペジオが流れ、俺は静かに歌い出した。

 柔らかく、だが確かな力強さを持ったメロディが、空間に広がる。

 楽曲全体を通して、前向きなエネルギーを感じさせるように意識する。


「一人一人が星の輝き……」


 この歌は、まさに今世の女性達に向いた曲だった。

 男女比が1対3万の世界で「君は輝いている」と男性から肯定される歌詞が、彼女達の心に深く刺さるだろう。

 その事実が、この楽曲をより特別なものにする。

 サビに差し掛かると、俺はギターのストロークを少しだけ強めた。

 リズムに合わせて、言葉に熱を込める。

 自分の輝きを信じて、生きていけばいい。

 最後のサビを力強く歌い切り、俺は静かにギターを止めた。


「その人の状況に寄るけど、必要な人には受けるだろう」


 録音データをチェックし、音量や音質のバランスを微調整する。

 どこを切り取っても問題ない完璧な仕上がりだった。

 次に、動画編集ソフトを立ち上げる。

 構成はシンプルで、俺の手元とギターを映し、演奏の臨場感をそのまま伝える。

 この世界の女性たちが最も求めているのは、技術ではない。

 男性が演奏して、歌っている事実こそが、最大の価値を持つ。

 編集の手間は、歌詞の字幕を見易いように入れることくらいだ。


 作業を終えると、配信サイトのアップロード画面を開いた。

 タイトルは、活動名である「森木悠」と、曲名をシンプルに記載するだけだ。

 概要欄には、『作詩・作曲・演奏・歌唱 森木悠』と入れておく。

 投稿ボタンをクリックし、動画が配信サイトに公開されたのを確認する。

 そして最後に、SNSで告知する。


「新曲を2本投稿しました。ぜひ聴いてください」


 投稿を終え、俺はゆっくりと椅子にもたれかかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
転生陰陽師・賀茂一樹

私の投稿作が、TOブックス様より刊行されました。
【転生陰陽師・賀茂一樹】
▼書籍 第6巻2025年5月20日(火)発売▼
書籍1巻 書籍2巻 書籍3巻 書籍4巻 書籍5巻 書籍6巻
▼漫画 第2巻 発売中▼
漫画1巻 漫画2巻
購入特典:妹編(共通)、式神編(電子書籍)、料理編(TOストア)
第6巻=『由良の浜姫』 『金成太郎』 『太兵衛蟹』 巻末に付いています

コミカライズ、好評連載中!
漫画
アクリルスタンド発売!
アクスタ
ご購入、よろしくお願いします(*_ _))⁾⁾
1巻情報 2巻情報 3巻情報 4巻情報 5巻情報 6巻情報

前作も、よろしくお願いします!
1巻 書影2巻 書影3巻 書影4巻 書影
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ