第07話 歌動画連投
事務所とのオンラインミーティングを終えた後、パソコンの前で息を吐いた。
視聴者にどう説明するか、それが問題だ。
配信サイトのチャンネル登録者数は100万人を超えても伸び続けている。
その数字は、あくまで配信者である森木悠に期待する視聴者の数だ。
その俺が、配信者以外の活動として「事務所とも提携して活動します」と言えば、どう思われるだろうか。
「事務所と契約すると、活動に制約を受けるかもと不安視する人もいるな」
俺の場合は、ベルゼ音楽事務所に所属するわけではなく、一部の活動で業務提携するだけだ。
配信者で例えるなら、個人で活動している個人配信者が、企業に所属する企業系配信者になるのではなく、個人のままサポートのスタッフを付けるのに近い。
だが、どれだけ口で説明しても、不安は解消されないだろう。
それなら、俺が音楽活動をしたほうが良いと思わせるべきだ。
「言葉で説明するんじゃなくて、音楽活動で承認を得るほうが良いかなぁ」
俺は、ギターを手に取り、最も得意な曲を思い浮かべた。
この曲は、前世で俺が作ったオリジナル曲だ。演奏仲間とセッションするために書いたもので、商業で出したわけではない。
だが誰かの曲を練習したのではなく、一から自分で生み出した。
自分で作詞作曲しているのだから、歌詞と曲の理解は完璧だ。
――前世の商業では、通用しないけど。
そんな俺の曲は、今世では男性が歌うラブソングという価値がある。
今世は男女比1対3万で、市場の購買層は99.997%が女性だ。
そして女性には、男性歌手が歌う曲の需要がある。
だが男性は三毛猫のオス並にレアな上に、表に出てこない。
そんな需要が高くて供給は皆無の市場に、15歳の男子高校生が現われた。
しかも年齢に見合わない演奏技術と歌唱力を持っているのだから、それは売れるに決まっている。
男性というだけでは、ボインボイン軍団から逃れられなかったかもしれないが、音楽活動すれば状況を打開できそうだ。
――芸は、身を助けるな。
前世でギターをやっていて、本当に良かった。
そんな事を考えながら、ギターのネックに触れる。すると、身体の奥深くに眠る感覚が研ぎ澄まされていくのを感じた。
マイクの位置を調整して、録音ソフトを立ち上げる。
ペグを軽く回しながら、開放弦をひとつずつ鳴らし、微調整を重ねた。
深く息を吸い、指を弦に置いた。
最初のコードを鳴らした瞬間、俺自身の空気が変わる。
ギターのボディが共鳴し、深みのある響きが部屋を満たしていく。
アルペジオから入る静かなイントロ。
指先が弦を滑る音すら、旋律の一部となる。
俺は目を閉じ、音に身を委ねた。
「頬を伝う、涙の跡。窓を叩く、冷たい雨に。最後の言葉、胸を打つ……」
低く、深く響く声が、収録している部屋に広がっていく。
歌詞のフレーズが、ギターの旋律と溶け合って、マイクに流れていく。
俺はギターのストロークを強めた。
感情が音に変わり、旋律が熱を帯びていく。
そして、サビに向かって一気に駆け上がる。
すると音の高低差、ブレスの入れ方、ギターのダイナミクスが、一つの物語を紡ぐように繋がっていく。
ラストのサビに向けて、ギターのピッキングを繊細に変えていく。
去っていった誰かを優しく抱きしめるように、より優しく、それでいて確かな音を紡いだ。
指が弦から離れると、僅かな余韻が部屋に響き、やがて消えていった。
「まあ、悪くないんじゃないか」
俺は、録音データを再生しながら深く頷いた。
ギターの音色はクリアで、歌声の抑揚も意図した通りの表現ができている。
前世とは声帯が異なるが、それを踏まえても、前世に劣らず歌えている。
むしろ無計画に歌って傷付いた声帯ではなく、10代の透き通った声質なので、遥かに良くなっていた。
だが、失恋ソングだけでは、歌の内容が重すぎるという問題がある。
バラードは強く心に残るが、切なさだけを余韻にしてしまうと、視聴者の感情を沈ませる可能性がある。
最後には、希望を感じさせる楽曲で締めくくりたい。
「もう一曲出すか。次は、もっと明るい曲が良いよなぁ」
定番は、全肯定の応援歌だろうか。
夜空の星々が皆輝いているように、君達も皆輝いているよと歌えば良いだろう。恒星には様々な種類があるが、どれも光を発しており、恒星系における主役だ。
誰も否定しないし、誰も傷付けない。
そういった歌詞は親しみやすくて、普遍的なものになる。
幅広い層から支持を得られるし、俺の評価も上がるだろう。
「こういった曲も必要だな」
俺は、ギターを再び手に取り、録音の準備を始めた。
さっきまでの切ないバラードとは違い、今度は優しく包み込むような歌声を意識する。
イントロの軽やかなアルペジオが流れ、俺は静かに歌い出した。
柔らかく、だが確かな力強さを持ったメロディが、空間に広がる。
楽曲全体を通して、前向きなエネルギーを感じさせるように意識する。
「一人一人が星の輝き……」
この歌は、まさに今世の女性達に向いた曲だった。
男女比が1対3万の世界で「君は輝いている」と男性から肯定される歌詞が、彼女達の心に深く刺さるだろう。
その事実が、この楽曲をより特別なものにする。
サビに差し掛かると、俺はギターのストロークを少しだけ強めた。
リズムに合わせて、言葉に熱を込める。
自分の輝きを信じて、生きていけばいい。
最後のサビを力強く歌い切り、俺は静かにギターを止めた。
「その人の状況に寄るけど、必要な人には受けるだろう」
録音データをチェックし、音量や音質のバランスを微調整する。
どこを切り取っても問題ない完璧な仕上がりだった。
次に、動画編集ソフトを立ち上げる。
構成はシンプルで、俺の手元とギターを映し、演奏の臨場感をそのまま伝える。
この世界の女性たちが最も求めているのは、技術ではない。
男性が演奏して、歌っている事実こそが、最大の価値を持つ。
編集の手間は、歌詞の字幕を見易いように入れることくらいだ。
作業を終えると、配信サイトのアップロード画面を開いた。
タイトルは、活動名である「森木悠」と、曲名をシンプルに記載するだけだ。
概要欄には、『作詩・作曲・演奏・歌唱 森木悠』と入れておく。
投稿ボタンをクリックし、動画が配信サイトに公開されたのを確認する。
そして最後に、SNSで告知する。
「新曲を2本投稿しました。ぜひ聴いてください」
投稿を終え、俺はゆっくりと椅子にもたれかかった。