表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
64/79

第62話 ダイビングアタック

「着替え中は、撮影NGですよ」


 テントに戻って撮影クルーを追い払った俺は、ウエットスーツに着替えた。

 少し大きめに作ってもらったが、ネオプレン生地が肌に密着する。

 ラージフレームのダイビングマスクを顔に被り、腰に魚網を巻き付けて、右手に三又のパラライザー銛先を握り、左手に足ヒレを掴む。

 準備が出来るとカメラの前に行き、海に向かって宣言した。


「よし、獲るぞ!」


 8月の瀬戸内海は透明度が高く、海面が太陽の光を反射して輝いている。

 潮風に混じって、磯の香りが鼻をくすぐった。

 浜辺を歩いていき、足ヒレを装着して、バシャバシャと海面を踏みながら海に入っていった。


 足首、膝、腰と深くなっていったところで、ダイビングマスクも装着する。

 そして海底を蹴り、軽い飛び込みの要領で前傾姿勢になって、泳ぎ始めた。

 軽く足ヒレを動かすと、スイスイと進んでいく。


 ――懐かしいなぁ。


 小学生の頃に通っていた水泳教室には足ヒレが置いてあり、休憩時間に履いて遊んだり、巨大な浮きに乗って浮かんだりしていた。

 だから足ヒレは、使い慣れている。

 バタ足に関しても、色々な思い出がある。

 プールの縁を手で掴んで、顔を水中に沈めてバタ足をするといった微笑ましい記憶もあるが、もっとアダルトな記憶もある。


 小学校低学年の頃だ。

 ビート板を両手で持ち、バタ足でプールを進む授業があった。

 その時、女性の指導者がプール中央にいて、近くを通った俺の腰を支えてバタ足を支援したのだが、俺の足先を自分の胸に押し当てて、ペシペシと叩かせていた。

 気を使った俺が、当たらないように爪先の位置を変えてあげると、わざわざ前に進んできて、俺の腰も引き寄せて、自ら当たる位置に調整した。

 中学生になった頃、ようやく俺は、スポーツウーマンは欲求不満でエロいという理解を得て納得したのである。


 ――ちなみに奴は巨乳だった。


 何が言いたいかというと、俺のバタ足は、女性指導者との攻防によって、繊細な調整が利くように進化している。


 ――君らには、負けんのだよ。


 プロの水中カメラマンが、俺の泳ぎを追いかけるのに必死になっている。

 それを嘲笑うようにスイスイと進んでいった俺の前に、岩場が現れた。

 近くでは、小魚の群れが泳いでいるのが見える。


 瀬戸内海の海底は、なかなかに美しかった。

 白い砂地に海草が揺らめき、小さなカニが横切っていく。

 透明度は10メートル以上あって、海底の岩場まではっきりと見えた。

 陽光が水中に差し込んで、ゆらゆらと光の筋を作っている。


 ――おっ、食える奴が居る。


 岩陰に隠れるように泳いでいる、銀色の魚を発見した。

 体長は30センチほどで、背中に縞模様があるクロダイだ。

 昔は高級魚だったそうだが、現代では価格が下がっている。

 養殖の牡蠣を食べるので、養殖業者からも嫌われているそうだ。


 遠慮は不要と見なした俺は、クロダイに近付いていった。

 クロダイは岩の隙間で、海草を突いて餌を探しているようだった。

 こちらを気にしていない様子で、時折体を揺らしながら岩場を移動している。


 ――銛で魚を突く人間なんて、居ないからかな。


 職業でやるには効率が悪すぎるし、趣味でやるなら安全で楽な釣りだろう。

 全然逃げないので、遠慮なく近付いていく。

 同時に銛を構えて、ゴムスリングを手に引っ掛けて、引っ張った。

 2メートルくらいまで近づいた時、クロダイがこちらを振り返った。

 だが、既に射程圏内である。


 直後に放った銛が、水中を一直線に進み、クロダイの腹を貫いた。

 三又の銛先がしっかりと魚体に食い込んで、クロダイが小さく暴れる。

 大きく暴れられないのは、三又のうち2本が身体に刺さっているからだ。

 俺は浮上していき、水上でカメラに見えるように、クロダイを刺した銛を盛り上げて見せた。


「クロダイ確保ぉ!」


 30センチメートルのクロダイを突いた銛を掴んだ男が、瀬戸内海で吠えた。

 鯛と聞くと、お高いイメージがある。

 視聴者も高いと思って、凄いという感想を持つかもしれない。

 俺は獲得したクロダイを腰に付けた魚網に入れて、三叉を引き抜いた。

 逃がさないように魚網を閉じると、カメラに宣言する。


「2匹目は、どこだーっ!」


 些か、わざとらしかったかもしれない。

 そんな風に思いながら、ダイビングマスクを装着して再び潜った。

 潜水していくと、岩場の向こう側で、アジの群れが泳いでいるのが見えた。

 アジはスーパーなどに並ぶ、定番の食用魚だ。

 群体は的を絞り難いが、群れに向かって銛を放てば、どれかには命中する。


 俺が群れに近付いていくと、動きが遅い俺を舐めているのか、微妙に手が届かない距離を保った。

 だが人間の武器を舐めてもらっては困る。

 銛のゴムスリングを手に引っかけて、引っ張った後、群れに放った。

 すると銛先が、1匹の胴体を貫く。

 群れは一斉に散らばったが、俺が欲しいのは1匹なので、目的達成だ。

 浮上して、先ほどと同様にカメラに向かって宣言した。


「アジ、確保ぉ!」


 なんとチョロい奴等であろうか。

 だが調子に乗っていると、サメなどが来るかもしれない。

 俺は手早くアジを銛先から外して、魚網に追加した。


「3匹目は、どこだーっ!」


 視聴者に分かり易い説明をした後、再び海に潜る。

 するとカサゴが、岩場に張り付いているのが見えた。

 カサゴは煮付けとして有名で、立派な食用魚である。

 刺身や煮付け、唐揚げなどにもできる。

 但し、刺とエラには毒が有る。

 魚網に入れて泳いでいくには、注意が必要になるかもしれない。


 ――止めておくか。


 おそらく穫れるが、あまりリスクは負いたくない。

 カサゴは無視することにして、次の獲物を探した。

 すると岩の隙間から、太い触手がひらひらと揺れていた。

 体長50センチメートルを超えるであろう、立派なタコだった。


 タコは、大好物だ。

 刺身にしても美味しいし、唐揚げも、たこ焼きも美味しい。

 あれだけ大きければ、夕飯と明日の朝食として充分だ。

 残念ながら醤油は無いが、生で食っても美味しいはずで、火で焼けば明日の朝でも食べられる。


 ――タコなら、狙うしかないだろう。


 既にクロダイとアジは穫れているが、タコの味は格別だ。

 足ヒレを静かに動かして、タコのいる岩場に接近していく。

 すると、タコの全貌が見えてきた。

 濃い茶色の体色で、太い八本の足が、岩の隙間に絡まっている。足が全て残っているのは、ポイントが高い。


 俺が近付くと、タコの体色がいきなり変化した。

 茶色だった体が、あっと言う間に周囲の岩と同じ灰色に変わる。

 さらに体表に岩のような凹凸が現れて、完全に岩場に擬態してしまった。


 ――わお。


 テレビ的にも、なかなか良い画が撮れたのではないだろうか。

 だが俺は、元の位置が分かっている。距離を詰めていき、銛を放った。

 刹那、タコは海水を吹き出して、岩場から離脱した。

 三又の銛先は、タコが逃げた岩に虚しくぶつかる。


 さらにタコは、逃げながら墨を吐いた。

 黒い煙幕が海中に広がって、視界が一気に悪くなる。

 俺は銛を引き戻して、黒く染まった向こう側にいるはずのタコを探した。


 ――逃げるな夕食。


 墨が海流で流されて、視界が回復してくる。

 タコの姿を探していると、少し離れた海底を動く影を発見した。

 岩場から砂に移動して、色が合っていなかったので見つけられた。

 それほど速い動きではなかったので、追い掛けて銛を放つ。


 三又の銛先が、タコの柔らかい体に深々と突き刺さった。

 タコは暴れて、触手を四方八方に振り回す。

 それに対して俺は、銛先を海底に押し付けて、タコを深く貫いた。

 タコは銛に絡み付いて藻掻くが、銛のほうが長いので俺には届かない。

 ふと周囲を見渡すと、水中カメラマンが俺とタコの格闘を撮影していた。


 ――タコとの格闘シーンは、番組的にハイライトかな。


 バラエティ番組として良い画が撮れた。

 俺は海底に突き立てた銛を引き抜いて、タコと一緒に持ち上げた。

 そして浮上していき、海上に出て宣言する。


「タコ、確保ぉ!」


 銛に突かれて持ち上げられたタコが、空中で「この野郎」と足を蠢かせる。

 今回の漁は、これで終了だ。

 俺と優理が食べるなら、クロダイ、アジ、タコの3匹で充分だろう。

 3匹の獲物を魚網に入れた後、俺は浜辺に上がった。


 足ヒレを脱いで砂浜を歩いていると、拠点の方から優理の声が聞こえてきた。


「お疲れさまーっ」


 カメラを背に手を振る優理の姿が見えたので、俺は銛と魚網を掲げて応えた。

 テントの周りを見渡すと、優理が集めた木材が積み上げられている。

 少し大きめの流木から細い枝まで、様々な太さの木材が用意されていた。


 石も拾い集められており、焚き火の周りに囲いが作られていた。

 まるでキャンプ場の炉のように綺麗に整備されている。


「おお、準備が整っているな」


 几帳面だなと言う言葉を呑み込んで、テレビらしい端的な言葉を発した。

 水も汲まれており、俺と一緒に居た時に拾ったペットボトルのほかにも、いくつかの容器に綺麗な水が入っているのが見えた。


「井戸水も汲んでおいたよ」

「ナイスだ」


 俺も魚網からクロダイ、アジ、タコを取り出して、成果を見せた。

 目算では、クロダイが30センチメートル、アジが20センチメートル、タコが50センチメートルほどだ。

 陽光を受けたクロダイの鱗が、キラキラと輝いている。


「こちらも、まあまあ穫れた」

「凄いね。それで、どうしようか」

「クロダイとアジは、ナイフでウロコを取って、内臓を出して、木の枝に刺して、丸焼きかな」


 刺身にしないのは、アニサキス対策だ。

 焼いておけば大丈夫だろう。


「タコは?」

「海水で水洗いして、ぬめりを取ったら水で洗って、ナイフで足を切って、焼いてタコ焼きにする。明日の朝ご飯かな」


 焼けば、一晩くらい保つ。

 俺は銛、ダイビングマスク、足ヒレを砂地に置いて、優理に向き直った。


「とりあえずウエットスーツを脱いで、服に着替えてくる。その後、ウロコ取りをして、内臓を取る。焚き火と、魚を刺す木の枝を用意しておいてくれ」

「料理できるの?」

「できないけど、ウロコと内臓を取るくらいはできる」

「分かったわ。頑張って準備しておくね」


 優理は元気よく頷いて、木材の整理を始めた。

 俺のほうは森に向かって、木陰でウエットスーツを脱いで服に着替えた。

 ネオプレン生地を密着させているので、その部分は海水で濡れていない。汗を手で拭い、深呼吸をして拠点に戻る。

 すると焚き火の準備は整っていた。


「それじゃあ始めるか」


 平べったい石の上にクロダイとアジを乗せて、順にウロコを削ぎ落とす。

 次に腹を割いて、内臓を取り出して捨てる。


「慣れているね」

「そうでもないぞ」


 優理が感心したので、俺は否定した。

 この作業は、前世で見た漁師系配信者を模倣しただけだ。

 丁寧に解説してくれる動画だったので、再現できただけである。

 最後に井戸水で洗い流して、下準備は完了した。


「後は、焼くだけだ」


 ファイヤースターターナイフには、ファイヤースターターが付いている。

 それを使って火花を散らし、細い枯れ葉や小枝に着火させた。

 小さな炎が立ち上がると、徐々に太い木材を追加していった。


 既に夕日が西の空に傾き始め、オレンジ色の光が海面を染めていた。

 波の音と共に、パチパチと薪の燃える音が響いた。

 焚き火の暖かい光が、俺たちの顔を照らしている。

 処理した魚を木の枝に刺して、焚き火に当たるように地面に刺した。


「焼いておいてくれ。俺はタコを洗ってくる」

「はーい」


 優理の返事を背に、俺はタコを持って海岸に向かった。

 岩場に腰掛けて、海水でタコをもみ洗いする。ぬめりを取り、汚れが多い足を念入りに洗う。

 作業を終えて拠点に戻ると、クロダイとアジが順調に焼かれていた。

 魚の皮がパリパリと音を立て、香ばしい匂いが立ち上っている。

 優理が時々魚を回転させて、均等になるように焼いていたようだ。


「どっちを食べる。どっちでも良いぞ」


 俺が尋ねると、優理は少し考えて答えた。


「あたしにクロダイ1匹は多すぎるかな」

「了解だ。それじゃあ、食べるか」


 俺はクロダイ、優理はアジを刺した木の枝を取る。

 俺はフウフウと息を吹いて冷ましてから、食い付いた。

 クロダイの皮はパリパリした食感だが、中の身はふっくらと柔らかかった。

 多少の塩味があり、焚き火の香ばしさも感じられた。


「美味いな」


 食べ物は、焼きたてが一番美味しいかもしれない。

 優理のほうも、カメラに向かって美味しいと言いながら食べていた。

 こうして俺達は、バラエティ番組の取れ高を確保したのであった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
転生陰陽師・賀茂一樹

私の投稿作が、TOブックス様より刊行されました。
【転生陰陽師・賀茂一樹】
▼書籍 第6巻2025年5月20日(火)発売▼
書籍1巻 書籍2巻 書籍3巻 書籍4巻 書籍5巻 書籍6巻
▼漫画 第2巻 発売中▼
漫画1巻 漫画2巻
購入特典:妹編(共通)、式神編(電子書籍)、料理編(TOストア)
第6巻=『由良の浜姫』 『金成太郎』 『太兵衛蟹』 巻末に付いています

コミカライズ、好評連載中!
漫画
アクリルスタンド発売!
アクスタ
ご購入、よろしくお願いします(*_ _))⁾⁾
1巻情報 2巻情報 3巻情報 4巻情報 5巻情報 6巻情報

前作も、よろしくお願いします!
1巻 書影2巻 書影3巻 書影4巻 書影
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ