第60話 無人島へ
瀬戸内海に浮かぶ小さな無人島は、真夏の陽射しを受けて輝いていた。
青い海に囲まれた島の周囲は3キロメートル。
島の中央部には緑豊かな山があり、海岸線には白い砂浜が広がっている。潮風が心地よく吹き抜け、野生化したウサギが顔を覗かせた。
そんな無人島の浜辺で、俺は演技をしてみせた。
「ゾンビから逃げて、ついに無人島に辿り着いたな」
いかにも苦労しましたという風に呟いた。
バラエティ番組の放送日は、8月下旬が予定されている。
その頃にはドラマの第8回が放送されており、撫子高校から車で脱出したところまで物語が進んでいる。
だから視聴者は、こんな所まで辿り着いたのかと思うかもしれない。
隣に立つ優理も、演技に乗った。
「そうね。こんなところまで逃げてきたわね」
しれっと嘘を吐く優理の演技は、板についている。
流石は5歳から、テレビのレギュラーだっただけのことはある。
カメラが俺達の背後を捉え、浜辺に置かれた手作りのイカダを映し出した。
丸太を数本並べて縄で結んだだけの簡易な代物である。
実際に乗ってきたわけではなく、番組用の大道具として用意されたものだ。
いくら瀬戸内海でも、せめて櫂は欲しい。
「あんなイカダで、よく辿り着けたわよね」
優理がイカダに視線を向けながら言うと、俺も同調した。
「まったくだ。よく沈まなかったものだな」
二人でボケを続けていると、予定通り突っ込み役が登場した。
「違います。今日はドラマではなく、無人島サバイバルの企画です」
ドラマで共演している千尋が、呆れたような顔で姿を現した。
今回はドラマのテコ入れで、共演者の千尋も司会進行役として呼ばれている。
千尋は改めて企画内容を説明し始めた。
「今日は、絶賛放送中のドラマ『セカンドフレア』で主演を務めるお二人、鈴川悠馬役の森木悠さんと、白沢優奈役の緑上優理さんに、無人島サバイバルに挑戦してもらいます」
「おおー」
俺は驚いたフリをしながらパチパチと拍手をした。
優理も同様に「わあー」と声を上げて拍手する。
これは事前の打ち合わせ通りの流れだ。
「企画についてご説明しますね。この企画は、スタッフの助け無しで、二人だけで無人島で過ごしてもらう無人島サバイバルです。食事も寝床も火起こしも、全部自分達でして下さい」
千尋の説明を聞いて、俺は真剣な表情で頷いてみせた。
「島には、昔の人が使っていた井戸があります。今も使えるので、水は飲めます。でも入れ物も自分で調達してね」
「結構厳しいね」
優理が苦笑いを浮かべながら返した。
実際には、そこまで厳しくはない。
一泊二日なので、テントと寝袋があれば、食事を抜けば済む話だ。
もちろん、それでは番組にならないので、俺が魚を穫りに行くわけだが。
――ウサギを追うとか、島を散策するでも、映像は作れるかもしれないが。
人間の身体能力では、ウサギを追っても捕まえられない。
ウサギを狙った場合は、お馬鹿タレントとして笑われることになるが、バラエティ番組にはなるだろう。
そんな無人島サバイバルについて、千尋はルールを説明し始めた。
「この無人島サバイバルでは、それぞれ二つずつ、道具を持ち込めます。まずは優理さん、何を持ち込みましたか」
千尋の問いかけに、優理は用意していた荷物を見せた。
「キャリーバッグ付きのキャンプ用テントと、二人用の寝袋」
テントはバッグに小さく纏まっていて、寝袋も小さな収納袋に納まっていた。
「結構軽そうだね」
千尋が振ると、優理は詳しく説明した。
「キャリーバッグの重さは5.6キログラムで、長さ75センチメートル、縦横15センチメートル。肩に掛けて持ち運べるようになってるの」
「寝袋は?」
「寝袋は4.1キログラムで、収納袋に入れると、高さと縦横が35センチメートルくらい」
優理は、手慣れた様子で説明を続ける。
「寝袋はクイーンサイズで枕付き。テントに寝袋を広げられるわよ」
「凄いね。見るの楽しみ」
山岳部の千尋が、感心したように言った。
衣食住のうち住居について、優理は手堅い選択をした。
次は、俺の番になる。
「次に、悠さんが持ち込んだ物を教えてほしいんだけど、その前にツッコミを入れて良いかな」
俺が頷くと、千尋は俺の格好を指差した。
「その装備を説明してくれる?」
「服装は自由と聞いたから、ウエットスーツも着ている。顔出しNGでサングラス有りだから、水中用のゴーグルも付けている。持ち込んだ道具とは別だ」
俺は予定通り、ウエットスーツを着込んでから服を着ていた。
半袖の下から見えるウエットスーツ、首からぶら下げたラージフレームのダイビングマスクが、俺を異様な出で立ちにしている。
「ちなみにウエットスーツは、特注品だ。メンズ用が通販サイトに無かった」
男女比1対3万の今世では、男性用の買い物に苦労する。
一方、ダイビングマスクのラージフレームは性差が無かったので、そちらは普通に購入できた。
「服の下に着て、暑くない?」
千尋が的確なツッコミを入れてくる。
8月の晴れた日の瀬戸内海。
真夏の陽射しの下、服の上からウエットスーツを着込んでいるのだ。
そんなものは、暑いに決まっている。
だがこれは、持ち物検査を突破するための服だ。俺は平然さを保って答えた。
「これも服の一部で、あくまでファッションだ。セーフで良いよな?」
千尋は「うーん」と悩む素振りを見せた後、「セーフかな」と答えた。
もっとも俺がバラエティ番組を受ける条件に指定したので、判定に関しては最初からセーフである。
千尋が悩んだのは、番組上の演出に過ぎない。
「それじゃあ持ち込んだ道具のほうを教えて」
千尋に促されて、俺は用意した二つの道具を取り出した。
魚突き用の三又銛と、ファイヤースターターナイフである。
「三又のパラライザー銛先で、ファイバーグラス製らしい。ラバースリング付きで、ゴムを手に引っ掛けて、銛を放せば飛んでいって魚に当たるはずだ」
俺の説明を聞いて、千尋は興味深そうに銛を見つめた。
「使ったことあるの?」
「ロケがあるからネットで買った。高い順に並べて一番上に出たから、多分上手く行く」
どうなるか不明瞭な回答を返すことで、視聴者の関心を引く狙いだ。
前世で見た番組では上手くいったので、上手く行くのではないだろうか。
「ファイヤースターターナイフも紹介して」
千尋に振られて、俺はもう一つの道具を手に取った。
「魚を捌く用と、火付け用に買った。これも高い順に並べて、一番上に出たが、練習してみた」
「火は付いた?」
「上手くいった」
火起こしについては、事前に何度も練習を繰り返した。
魚に関しても、鱗を落として、腹を切って内臓を出したら、木の枝に突き刺して焚き火で焼けば良いという認識だ。
「毒を持っている魚も居るから、それは漁師さんがチェックしてくれます。それじゃあ頑張って、ご飯を穫ってね」
千尋に見送られて、俺達の無人島サバイバルが始まった。