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第06話 音楽事務所との契約交渉

 約束の時間が近づき、俺はパソコンの前に座った。

 デスクにはノートとペンを用意して、メモを取れる状態にしてある。

 配信者活動を始めて、まだ数日。

 音楽事務所と契約の話をするのは、流石に想定外だった。


 ――かなり大手の事務所だよな。


 相手はベルゼ音楽事務所といって、半世紀の歴史を持つ老舗の音楽事務所だ。

 現時点で所属しているアーティストあるいはユニット数は50。過去の所属では300にも及んでいた。

 従業員が400人台、総資産が約200億円、売上高は約330億円、純利益が約1億円で、純利益を少なくしているのは税金対策だろう。

 今世の音楽事務所は、前世と異なるので単純比較は出来ないが、かなり大手ではないだろうか。


 俺は一度、深く息を吸い、画面に目を戻した。

 予定時間の3分前になったので、メールに送られてきたURLをクリックする。

 するとオンライン会議の画面が開かれた。


『初めまして、森木悠さん』

「よろしくお願いします」


 パソコンのモニターには、三人の姿が映し出されている。

 50歳くらいの眼鏡をかけた中年女性。

 30代半ばのスーツを着たキャリアウーマン。

 10代後半に見えるピンクのロングボブ。

 接続名は『社長・赤城』、『黒原マネージャー』、『桃山サブマネージャー』と表示されていた。


 それぞれが居る場所は、横から声が入らない配慮のためか、別々のようだ。

 社長は、おそらく社長室。

 マネージャーは、明らかに会議室。

 サブマネージャーは、部屋の隅なのか、白い壁を背にしていた。


『私はベルゼ音楽事務所の社長、赤城です。本日はお時間をいただき、ありがとうございます』


 赤城は、鋭い眼光を抑えるように表情を繕って、穏やかな口調で挨拶をした。

 微笑む大蛇のような印象を受けたが、芸能界に関係する音楽事務所の社長であれば、致し方がないだろう。


「森木悠です。よろしくお願いします」


 俺も軽く会釈した。

 まだ正式に契約したわけではない。

 条件が合えば契約するし、合わなければ契約しない。

 俺の探るような挨拶に対して、赤城はポーカーフェイスを保ったまま、ほかのメンバーを紹介した。


『同席しておりますのは、マネージャーの黒原と、サブマネージャーの桃山です。契約して頂ける場合、担当とサポートに付きます』

「分かりました。よろしくお願いします」

『それでは黒原より、具体的なお話しをさせて頂きます』


 赤城が話を振ると、マネージャーの黒原が口を開いた。


『今回のお話は、事前に森木さんが提示された条件をすべて受け入れた上でのものとなります。その点につきまして、まずはご安心ください』

「ありがとうございます」


 黒原は手元の資料に目を落としながら、確認事項を読み上げる。


『まず、配信サイトは所属前からの個人活動で、事務所と収益は分配しない。配信サイトでの活動は完全に自由で、事務所の干渉は一切受けない』

「はい。個人で立ち上げて、お声掛けの時点でチャンネル登録者100万人です。私が一人で作った物の収益を事務所に分配するのは、私にとって損だと思います」


 後からトラブルにならないためには、ほかに解釈の余地が無いほど、キッパリと言っておいたほうが良い。

 配信サイトは収益の柱であり、自分の発信ツールでもある。

 それを使って、ボインボイン軍団から逃げ切りたいのだから、唯一の命綱を他人に預ける気は微塵も無い。


『事前に承っております。次に、事務所の仕事は、自分が受けても良いと思った内容しか受けない』

「はい。受け入れがたい仕事に拒否権が無いのであれば、継続できなくなります。それなら、最初から契約しないほうが良いと考えます」


 具体的には、詐欺的な企業の案件とか、スポンサー絡みで接待させられるとか、法や倫理に反する案件は断固拒否である。

 芸能界と言えば、枕営業という言葉まで存在する世界だ。

 しかも相手は美少女などではなく、権力を持ったメスオークだろう。

 君子危うきに近寄らずである。


『それも問題ありません。そもそも森木さんは、仕事を選べる立場ですので』


 黒原は、太鼓判を押した。


『次に、契約は、どちらか一方からの申し出があれば、半月で終了できる』

「正社員も退職届を出せば、2週間で退職できますよね」

『そのとおりですが、案件を引き受けてから、途中で降りた場合などは、契約書によっては違約金が発生する場合もあります』

「それは構いません。私の瑕疵でしたら、契約書に則って違約金を支払います」


 俺が企図したのは、最低三年間は事務所に所属しろといった契約を回避することだった。


『そして、事務所を介した仕事の報酬は、事務所と折半とする』

「事務所と社入金を折半する芸能人の話を聞いたことがありまして、それで良いかと思いました」


 なお折半は、業界では良いほうで、4対6の関係もあるそうだ。


『問題ございません。ただし弊社は1万円以上の場合に振り込む形で、それ以下は繰り越しにしています。それを適用したいのですが、いかがでしょうか?」

「それで大丈夫です」


 俺の返答を聞くと、黒原は淡々と頷いた。


『森木さんのご要望に添って、案件ごとに打診して、契約書も都度作成します。メールでのやり取りは、伝達事故防止のため全員への返信で、マネージャーの私と、サブマネージャーの桃山へ同時に送って頂けますようお願いします』

「分かりました」


 黒原は、事務的な要望を淡々と伝えた。

 一対一のやり取りでは、担当者の不在や急病、見落としで事故が起こり得る。

 担当者が退職する場合、いきなりでは引き継ぎも大変だ。

 二人へ同時に送信することで、それらを全ての問題発生を防ぐわけだ。

 俺は首振り人形と化して、黒原に頷き返す。


『ここからは森木さんの希望についてお伺いしたいのですが、やってみたい仕事はありますか?』


 黒原は、バリバリ働くキャリアウーマンといった感じで、必要な仕事を事務的に熟していく。

 ベルゼ音楽事務所の三人を戦隊物で例えれば、赤城社長がリーダーのレッド、黒原マネージャーが手堅いブラック、桃山サブマネージャーが癒し担当のピンクだろうか。

 要望に沿ってくれそうなので、俺は素直に答えることにした。


「最初にご連絡しましたが、アニメやドラマの主題歌などは、やってみたいです。ただし、作詩作曲は出来ますが、ギター以外の楽器も必要になりますから、一人で完成は出来ません」


 音楽は、メロディと歌詞だけで成立するわけではない。

 ギター一本で完結する楽曲もあるが、ベースやドラム、ピアノやストリングスなどが加わることで、より完成度の高い音楽が生まれる。

 少なくとも俺が前世で聴いていた数多の楽曲の演奏者は、1人ではなかった。

 俺の言葉に、黒原が淡々と頷き返した。


『弊社の所属アーティストで、バンドを組めます。マネジメントやスケジュールの調整でも、同じ事務所は都合が良いです。こちらの桃山も、所属アーティストを兼ねており、ギター、ベース、ドラムが出来ます』

「へっ、そうなんですか?」


 黒原の発言に、俺は目を丸くして驚いた。

 すると部屋の片隅に控えていた桃山が、明るい声でハキハキと答えた。


『はい。わたしは子役から、ベルゼに事務所を移した学生アーティストですが、秘書検定の2級も持っています。それで自己プロデュースもして、少しでも黒字化を考えていたのですが』

「なるほど。それは凄いですね」

『いえいえ、2級の最年少合格者は11歳ですから、全然凄くないです。それで、森木さんと同い年で、同じく演奏もしていますから、今回の機会を頂きました』

「なるほど」


 俺と同い年の所属アーティストを見繕ったのは、社長の采配だろう。

 今世で男性を事務所に入れる場合、男性にストレスを与えないことが重要だ。

 だから年上ばかりで囲むのではなく、同い年も用意したのだ。


 桃山は子役上がりだそうだが、子役が生き残るのは難しい。

 経費を浮かせようとして、俺のサポートという仕事も与えられた。そうすれば、桃山は活動自体が赤字でも、契約を打ち切られないだろう。

 業界に残るべく努力している話を聞いて、適当にピンクに分類したことが、若干申し訳なく思えた。


「それじゃあ、曲はあるのでレコーディングして、売り込みになるのでしょうか。よく分かりませんが、よろしくお願いします」

『はい、ご要望に添えるように頑張ります』


 桃山との会話が一段落したところで、流れを見守っていた黒原が口を開いた。


『それと、もう一点あるのですが』

「はい?」

『森木さんが弊社に関わる形で活動されることを、SNSで告知させて下さい』


 告知すれば、希望する案件のオファーもされ易くなるだろう。

 俺は、モニターに向かって頷いた。


『森木さんの契約形態は、所属ではなく、提携となります。そのため、ベルゼ音楽事務所と森木さんが業務提携したという形の発表になります』

「分かりました」

『ありがとうございます。それでは、後ほど正式なプレスリリースの文面をお送りしますので、ご確認をお願いします』


 こうして俺は、音楽事務所と契約することとなった。

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