第55話 フェス告知
『今日の夜21時から配信します。お知らせもありますよ!』
咲月との通話後、俺は配信の枠を立てて、SNSで配信の告知を行った。
告知から配信までの時間は、長いほうが時間調整してくれる人が増える。
すると同時接続者が多くなって、告知の効果が大きくなるわけだ。
俺はまず、家事代行サービスが用意した夕食を摂った。
それから入浴して、配信者のゴールデンタイムと呼ばれる夜21時まで待って、万全の状態で配信を始めた。
配信画面で待機している同時接続者は、チャンネル登録者の1割ほどだった。
つまり140万人ほどである。
――平日の夜なら、かなり多いほうじゃないかな。
前世では、初配信で38万人以上の同時接続者だったVtuberも存在した。
今世では、視聴者の大部分が女性なので、男性配信者に対する需要は2倍ある。つまり76万人くらいは、男女比の差だけでも有り得るわけだ。
さらに俺の場合、競合する男性配信者が居ない。
前世では別の配信者を見ていた層に、今世では選択肢が無い。
すると視聴者は分散せず、俺に集中する。
同接140万人は、普通に起こり得る数字だ。
「皆さん、こんばんは。音楽家で男子高校生の森木悠です」
いつもの挨拶で配信を始めた直後、チャット欄には『こん』と『悠』スタンプが押し寄せて、手打ちの挨拶も乱舞していった。
手打ちの挨拶には、英語ではない外国語も混ざっている。
あいにく読めないが、おそらく挨拶をしているのだろう。
『サングラスは掛けているけど、顔出ししてるっ!』
『メンバー限定配信以外だと、初ですね』
今回は、サングラスは掛けているが顔出しをしている。
「これまで顔は見せていませんでしたが、テレビCMとドラマでサングラス有りの顔出しをしましたから、流石に今更感が出てきました」
『それはそう』
現状を確認したところ、賛同を得られた。
これまで顔出しを避けていたのは、俺が街を自由に歩けなくなる可能性が上がってしまうからだ。
だが既に、自由に歩けなくなる可能性が上がりすぎているので、今更であろう。
気付いた視聴者に囲まれて、サインを求められることは普通に考えられる。
都内の人通りが多い場所を歩けば、何歩ごとに捕まって囲まれるだろうか。
きっと目的地には辿り着けない。
『ドラマ第2話、メインで映っていましたからね』
俺が主演のドラマは、第2話が放送されている。
高校に転校した俺は、クラスで授業を受け、クラスメイト達に校内を案内され、レトロな雰囲気の喫茶店でランチをしていた。
量が女子向けで少ないと言ったところ、咲月が演じている幼馴染みの近場咲が、自分のハンバーグを半分食べるかと聞いたりもしている。
それだけテレビに映っていれば、配信で隠しても意味は無い。
「マルチタレントの緑上優理さん達と出ているので、私の身長もバレましたよね」
『身長の検証動画見ました』
『170センチメートル以上あって偉い!』
世の中には、映像から俺を分析する秘密組織があるらしい。
ちなみに分析結果は、合っている。
俺の身長は、平均より1センチメートルほど高いという最終結果になりそうだ。
それに身長は遺伝子の影響を受けるが、人工授精の機会を提供している国は、ある程度の選別をしている。
遺伝疾患と見なされるほど身長が低い男性の精子は、省かれている。
そのため俺達の世代では、女性が忌避する身長の男性は、おそらく居ない。
――選別するとき、貧乳は省くなよ。
もういっその事、貧乳は素晴らしいと公言したほうが良いだろうか。
貧乳こそ至高にして究極だと宣言して、貧乳を守るべきかもしれない。
だが献精する男性の遺伝子を選別して省けても、女性のほうは選別ができない。
それなら貧乳は守られる。
この世界は素晴らしい。
「私の身長は、自由に分析してくれて構いませんよ。ドラマも楽しんで下さい」
視聴者の話については、誤魔化すことでもないので、軽く流した。
「ところで本題ですが、お知らせが2つあります。皆さんは、ベルゼ音楽フェスティバルって、ご存知でしょうか?」
そう尋ねたところ、知っているという反応がコメント欄に流れ始めた。
『ベルゼ音楽事務所が主催していて、今年で27回目ですよね』
『深夜のクラブステージも、早朝のアコースティックライブも楽しかったです!』
『17時に会場を出たら、その日のうちに仙台へ帰れました。シャトルバスも多かったですし、意外にアクセスは良いかも』
視聴者の一部は、俺よりも詳しかった。
俺が知らなかった情報が、次々と流れていく。
「ありがとうございます。概要欄にも載せましたが、8月最初の金土日に、静岡県御殿場市北部の富士高原アートパークで開催されます。それで最初のお知らせは、私もベルゼフェスに、参加することになりました」
最初のお知らせをすると、コメント欄が一気に盛り上がった。
『初ライブうううぅっ! 何曜日の何時に出演ですかああっ?』
『地元、勝った。神様ありがとう』
『旅行の予定をキャンセルしないと。まだ2週間以上あるからセーフっ!』
物凄い勢いで流れるコメントのうち、いくつかを拾えた。
その中で出演日時を問うコメントが目に入り、それが増える傾向があったので、拾って回答する。
「一応、日曜日16時から17時のヘッドライナーを務めます。そのほかに金曜と土曜の20時、鈴菜と咲月が出る時には、私も演奏で参加します」
ヘッドライナーとは、複数のアーティストが合同で行うコンサートやロック、フェスティバルなどにおいて、主役を務めるアーティストのことだ。
金曜の主役は鈴菜、土曜の主役は咲月、日曜の主役は俺である。
ベルゼでは新人の立場だが、ほかにミリオンヒットを出した歌手が居ないので、誰が主役になるのかは明らかだ。
俺達の順番については、ちゃんと考えられている。
恋愛が成就する鈴菜の歌は、若い客が多い金曜日。
失恋する咲月の歌は、社会人の客が増える土曜日。
男性歌手である俺の歌は、締め括りとなる日曜日。
「私達バアルは全員、メイン会場でメインの時間に登場します。来て下さったら、応援をよろしくお願いします」
『3日とも出てくれるんだ。1日は行けるううぅっ』
『北海道にも、北海道にも来て下さい』
『地元民なので、日曜日も遅くまで残れます。アンコールして良いですか?』
辛うじて参加出来る人、明らかに無理そうな人、余裕の人。
三者三様だったが、流石に俺のチャンネル登録者は、可能なら来たいという意思を持ってくれているようだった。
「3人のほかに、ジャパン交響楽団も演奏してくれます。うちのバンドメンバーがメインですから、ほかのアーティストに負けることはできませんよね」
全力で勝ちに行く宣言をしてみたところ、視聴者から呆れられた。
『この人、何を言っているんだろう』
『オーバーキルって知ってますか?』
「そうですかね。ベルゼフェスなので、来場者はベルゼ音楽事務所に所属しているアーティストのファンですよね。私はアウェイではありませんか?」
毎年出ているアーティストが居て、そのファンが集まるのだ。
俺は不利ではないかと訴えたが、視聴者の反応は異なっていた。
『朱宮絢帆のポスト』
『ベルゼの朱宮さんが、抗議してますよ』
俺は配信で、ほかの活動者の名前を出すことを禁止していない。
男性配信者という競合相手が居ないので、視聴者を取られることにならないし、俺が嫉妬することにもならないからだ。
苗字が『あ』で、名前も『あ』。
出席簿の最初に名前を載せられそうな人だと思って検索したところ、ベルゼ所属アーティストだった。
朱宮絢帆は、2学年上で、撫子高校の芸能コースに在籍しているらしい。
白瀬惟花という同学年と二人で歌っており、歌が評価されているようだ。
フォロワー数は5万人ほどで、男性が殆ど居ない今世では、相当凄い。
「ええと『絶賛放送中のドラマ主題歌とエンディングに、森木さんと交響楽団まで動員とか、最初から勝てるわけないじゃないですかぁ!』ですか。この配信を見て下さっているんですね。先輩ありがとうございます」
ちなみに推定Cで、生憎と貧乳ではない。
ならば容赦は不要であろう。
俺は少し考えて、朱宮のポストを利用することにした。
「二つ目のお知らせ、リポストしようかな。『ベルフェス用に、7曲目となる新曲も作りました。会場で歌って、CDの会場限定販売もします。負けませんよ!』と」
リポストする内容を打ち込みながら、読み上げていく。
コメント欄には、『確殺』とか『死体蹴り』といった単語が流れ始めた。
そして投稿したところ、その日のうちに100万バズを突破したのであった。