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第48話 ドラマ効果

 土曜日、ドラマの撮影が再開された。

 車の鍵を手に入れるべく、弓道部顧問の机がある職員室に向かう場面だ。

 グラウンドの端に建つ部室棟の写真部で、俺は前回を思い出していく。


 2度の校内放送で学校に感染者が集まり、俺達は弓矢とドローンを確保した。

 次の行動は職員室で車の鍵を入手することだ。


「それじゃあ、職員室に車の鍵を取りに行きましょうか」


 ドローンの確保を確認した元部が、次の行動を促した。


「飲料水が確保できる場所への避難は、必須ですね」

「どこに行くにしても、車は必要よ。今なら感染者がバラバラに動いているから、取りに行くチャンスね」


 俺は頷き帰した。


「分かりました。俺は男で感染しないので、元部先輩に付いて行きます。実弓と瞳子はどうする」

「私は弓を射れるので、一緒に行きます」

「わたしは、ここでドローンを操作して囮にします」

「それならドローンは先行して囮になって。それと、男子の鈴川くんが感染しないのなら、前衛をお願い。あたし達は弓で射るわ」

「分かりました。それで大丈夫です」


 瞳子がドローンを持って外に出るのに合わせて、俺達も部室から外に出た。

 ドローンはすぐに浮かび上がり、瞳子は部室に戻る。


「行くわよ」


 晴天の空の下、俺、元部、実弓の3人は部室棟から校舎へと向かって駆け出す。ドローンが俺達の前方を低空で飛んでいく。

 先導するドローンは、グラウンドの中央に群れていた感染者に向けて進む。

 間近に響くプロペラ音に感染者が反応して、ドローンを追って歩き始める。


 俺達は、矢筒を背負い、弓を携えながら、感染者が消えた空間を駆けていく。

その時、校舎脇の花壇の向こうから、制服を着た生徒が悲鳴を上げた。


「助けてっ」


 生徒の上には感染者が覆い被さり、右袖は破れ、噛み傷から血が流れていた。

 実弓が弓を構えようとしたが、元部は制止した。


「もう噛まれているわ。連れて行けば、発症した時に皆も感染する」

「元部先輩の言うとおりだ。行くぞ」


 俺は行動を促し、元部が頷き、実弓は苦渋の表情で従った。

 再び走り出した俺達は、悲鳴を背に花壇を駆け抜け、中庭を通って校舎に飛び込んだ。人気のない廊下を抜け、階段を駆け上り、職員室のドアが見えてきた。


「このまま入ります」

「ええ、行って」


 前衛の俺は職員室に飛び込んだ。

 中には教師が2人残っており、どちらも電話の前で緊急連絡をしていた。


「失礼します」


 元部が進み出て、教師達に声を掛ける。


「3年の前弓道部長、元部希美です。弓道部顧問の山本先生に、自分の車の鍵を持ってくるように言われました。怪我人を病院に、直接運ぶそうです」


 話しかけられた教師の一人が、忙しそうに顔だけで振り向き、頷いた。

 元部は機敏に顧問の机へと向かい、迷いなく引き出しを開けた。

 そこには車の鍵が収まっており、隣には財布もある。元部は躊躇った後、鍵と財布を掴み取った。

 その時だった。


「教村先生?」


 背後から、実弓の問い掛けるような声が響いた。

 俺が振り向くと、職員室の出入り口付近に、担任の教村が立っていた。真っ青な顔で、目は虚ろである。


「教村先生、体調不良でお休みだったのでは?」


 だが教村は返事をせず、そのまま実弓に歩み寄る。

 そしていきなり、実弓の肩口に噛み付いた。


「――っ!」


 苦悶に表情を歪ませた実弓が、教村に押し倒されていった。


「教村先生、何をしているんですか!」


 教師達は動揺しながらも、受話器を放り出して教村に駆け寄り、肩を掴んで引き剥がそうとした。

 だが体育教師である教村の力に勝てず、次々と噛み付かれていった。


「先輩、逃げて下さい!」


 押し倒されている実弓が、俺達に向かって叫んだ。


「噛まれたら助からない、連れて行ったら皆も感染って、さっき言いましたよね」


 それを聞いた元部が、俺の手を掴んで引いた。

 俺は表情を強張らせながらも、素直に従った。

 身体は拒否しているが、そうするしかない状況だと、頭では理解している。

 俺は元部に手を引かれながら、職員室を脱出した。


「写真部に戻るわよ」


 脱出した俺と元部は、来た道を戻り始めた。

 俺が前衛を務め、後衛には弓矢を手にした元部が付いてくる。

 実弓が犠牲になった直後であり、足取りは自然と重くなっていた。


「教村先生は、担任でした」


 だから実弓が、咄嗟に対応できなかったのだと言外に伝える。

 元部は黙って頷き、理解を示した。

 直後、元部が矢を番えて引き絞り、廊下の先へ射た。

 俺のすぐ横を風が切り抜けていき、矢は廊下の奥に据えられていた大きな木の板に突き刺さった。

 鈍い音を立てて深々と突き立ち、板はほんのわずかに揺れた。


「カット、OKです」


 そんな声が響いて、撮影スタッフ達が姿を現した。

 彼女達は手際よく、大道具の木の板を取り除いていく。

 胸部に矢を突き立てた感染者のエキストラが現われて、寝転がる位置や恰好についてスタッフと確認を始めた。


「人が居る場所には、本物の矢なんて射れませんからね」


 作業を見守る俺は、緊張感が霧散した声で他人事のように話した。


「それと、学校が休みの日でないと無理ね。もちろん休みの日でも、撫子テレビが運営する高校でなければ許可は出ないでしょうけれど」

「ほかのドラマで見られないシーンなら、ドラマの視聴率も上がりそうですね」


 そんなことを話していると、噛まれて退場した実弓が歩み寄ってきた。

 そして恨めしい目をして、俺に訴えかける。


「最初に退場しました」


 つまりメインキャストの中で、最初の脱落者になったという恨み言だ。

 これ以降、ドラマには実弓の出番が無い。

 俺は少し考えた後、フォローの言葉を口にした。


「メインで最初の犠牲者って、印象に残るから、美味しい役じゃないか」

「それは確かに」


 実弓は、納得顔を浮かべた。


「座談会でドラマの話が出た時、メインキャストでは最初に死にましたと言えば、ファンや読者にウケるし、好感度もアップする」

「……やむを得ません」


 実弓は渋々と、自身の死を受け入れた。俺はすかさず、話題を変える。

「今週放送開始で、キャストも発表されただろ。反応はあったか」

「それは有りました。メイン7人の1人ですし」


 今回、キャスト発表されたメンバーは、主演男優の俺、主演女優の優理、メインキャストの咲月、千尋、実弓、瞳子、小春の計7人。

 俺はチャンネル登録者数1200万人、SNSのフォロワー数が600万人。優理は5歳からレギュラー番組を持つ大人気マルチタレント。

 咲月は5月に発売した『歩んだ道』が初週ミリオンを達成した大人気歌手。

 3人を要石として、ドラマに客を引き込む戦法だ。


「どんな反応だったんだ」

「3000人のフォロワーが4倍以上になりました。今、1万3000人です」

「おおぅ、それは凄いな」


 思わず感嘆の声が漏れた。


「グループの何人かからは、羨ましがられました」


 実弓が嬉しさと複雑さの入り混じった表情で、そう口にした。


「それは良かったじゃないか。このままフォロワーを増やして、グループの中で突き抜けていけ」


 そう声を掛けると、実弓はジッと俺を見詰めてきた。


「どうした」


 そう問うと、実弓が俺に訴える。


「ドラマの宣伝をするので、それにリポストしてもらえますか?」 「それは構わないが」


 俺が主演のドラマなので、ドラマの宣伝であれば、リポストくらい構わない。要請に応じると、実弓は何度も頷いた。


「死んだことに納得します」

「まだ恨んでいたのか。アイドル怖っ」


 俺達の会話が一区切りついたところで、元部が声を掛けてきた。


「森木さん、良いかしら」

「あ、はい。何でしょうか」

「この後、瞳子さんのシーンを撮ってから、あたしたちが写真部に移動するシーンの撮影を再開するでしょう。瞳子さんのシーンは、見学に行くかしら」

「そうですね……」


 第7話の後半は、ドローンを回収すべく部室から出た瞳子が襲われる。

 職員室から写真部に向かった俺達は、倒れている瞳子に感染者が群がる姿を目撃して、瞳子の救出を諦めることになる。

 これから撮影するのは、瞳子が感染者に襲われるシーンだ。


「ドラマが実際に起こった場合、私は襲われるシーンを目撃していないはずです。ですから、襲われているシーンを見ないほうが、驚いた反応を出せる気がします。元部さんが必要でしたら、元部さんだけでお願いします」


 瞳子の本業は女優で、様々なドラマや映画に出ている。

 感染者に襲われるシーンは瞳子が主役で、きっと迫真の演技をするだろう。


「感染者に襲われるシーンを見た時、あまりに迫真の演技だと、動揺しそうです」

「そう。それならあたしだけ見に行かせて貰うわ。芸の肥やしになるから」


 そう言って元部は、写真部のほうに移動していった。

 実弓は残っており、俺に尋ねる。


「もしかして、瞳子にも脱落を責められたり、SNSでリポストしろと言われたりすることを警戒しました?」


 今世の女子高生が、俺にピュアな眼差しを向けてきた。


「そうだな。宣伝は日を置いて、持続的にしよう」


 俺は迷探偵アイドルの推理に乗っかった。

 そして撮影を再開させて、第二の犠牲者を目撃することになった。

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