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第42話 殺陣

「森木君には体育の授業時間中、殺陣をしてもらいます」


 そんな風に言われたのは、登校2日目となる体育の時間前だ。

 それを言ったのは、俺がクラスで自己紹介をした時に出演していた教村先生で、本物の担任で体育教師だ。

 元子役で、教師になって撫子高校に就職した。するとドラマにも出られるようになったという、異彩の経歴の持ち主である。

 教師かつ共演者なので、色々と話が早い。


 ――そもそも体育は、男女で授業が分かれるよな。


 少なくとも前世では、中学生以降は男女の体育が分かれていた。

 高校で女子の授業を見かけたことがあるが、なんとダンスをやっていた。

 かなりエッチな腰の動きで、日本政府は少子化対策のために、女子高生に男子を誘惑する踊りを教えているのかと、恐れ戦いた記憶がある。

 うひょーではなく、やべぇという印象だった。


 ちなみに男子は、ダンスの授業はやらない。

 代わりに、柔道やサッカー、バスケ、マラソンなどをした記憶がある。

 むさ苦しい男共が、むさ苦しく駆け回っていた。

 だがダンスよりはマシなので、俺は心の底から納得した。


「ドラマ撮影ですよね。構いませんよ」


 柔道やサッカーなどは、1人ではできない。

 1人でグラウンド30周は、何かの罰を受けている気がしてならない。

 それなら殺陣をしたほうがマシであろう。


「一応練習用の時間だけど、使えそうだったら、そのまま採用するって」


 教村がとんでもないことを言ったが、それはスケジュールの都合だ。

 ドラマは、4月から男性俳優を入れて撮影を開始していた。

 男性俳優を入れなくても撮れるシーンは、4月に入る前から撮っていた。

 本来であれば、撮影は終わっている時期なのだ。


「分かりました。制服で良いんですか」

「そうそう。このまま校庭に行くから、付いてきてね」

「了解です」


 俺は教村の後ろについて、護衛の人達と一緒に校舎を歩き出した。

 ドラマの制服は、撫子高校の本物を使っている。

 おかげで衣装に着替える必要は無い。

 本物の制服を使うメリットは、日常に撮ったシーンをドラマにも使えることだ。さらに俺の場合、前任の男性俳優が使った制服をそのままもらえた。

 それは撮影において、時間短縮に大貢献している。


「元々の放送予定は、7月から9月でしたっけ」

「そうそう。第1話は、太陽フレアの異常活動や優奈さん達の学校生活が中心で、最後に転校シーンを持ってくる。第2話は世界でのウイルスの広がりと、喫茶店の自己紹介。数分の差し替えで済むから、ギリギリ間に合ったわね」

「もう、6月の下旬に入りましたよ」


 正気の沙汰ではないスケジュールだが、前任者が降りた時点で、全12話中8話の途中までの撮影は終わっていた。

 そのほかにも、ウイルスが拡散して、各国の人達がゾンビ化するシーンだとか、政府が慌てふためくシーンだとか、ゾンビとの攻防も終わっている。

 男性俳優のシーンをカットして放送する準備すらしていたそうだ。

 そのため俺のシーンさえ差し替えれば、そのまま放送ができてしまう。


「7月からの放送は、どうなっていたんですか」

「昔のお笑い番組の再放送に、差し替え予定だったそうよ。スポンサーが全撤収で丸ごと大損になるから、何としても放送したいんですって」

「数十億円の丸損は、痛いでしょうね」


 穴埋めの再放送にする予定だったのなら、そちらは止められるだろう。

 俺は納得して頷いた。


「放送のスケジュールを1ヵ月ずらすとか、そういうことは出来ないんですか?」

「10月から3月は、別のドラマを入れる予定だそうよ。そちらにもスポンサーが居るから、勝手に変えられないんでしょう」

「そういう都合もあるんですね」


 10月から宣伝したかったのに、11月から放送だと言われたら、後番組のスポンサーは商品展開の予定が狂うかもしれない。

 違約金が発生すると、そちらにも損失が出る。

 そんなことを考えながら校庭に移動すると、撮影スタッフが揃っていた。

 撮影用のカメラが並び、美術スタッフが動き回り、衣装と特殊メイクを施されたゾンビ役が準備をしている。


 ゾンビ達は、袖口が裂けた服を着ており、血のりが滲んでいる。

 露出した肌には、赤黒い擦過傷のメイクが浮き上がっている。

 青白い肌をして、焦点の定まらない目をぎょろつかせながら、時折、意味もなく頭を振って準備をしている。

 なんとも、おぞましい姿だった。


「うわぁ、ゾンビだ」

「普通のゾンビとの違いは、腐っていないことね。設定が違うから」

「ウイルスが脳の神経伝達物質を狂わせて、異常行動を取らせるんでしたっけ」

「そう。死んでいないから、腐らないし、居なくならない設定」


 どういう事かといえば、科学的に考えるとゾンビは約2ヵ月で動かなくなるが、セカンドフレアの設定だと動けるというわけだ。


 人間を含む生物は、死後に腐敗が始まる。

 筋細胞が腐敗すると、タンパク質が分解されて、筋繊維の収縮機能を失う。

 また筋肉と骨を繋ぐ腱も腐って千切れ、筋肉の力が骨に伝わらなくなる。

 つまり、筋肉で身体を動かせなくなる。


 さらに関節を動かす滑液も無くなり、靭帯も腐って、骨と骨との接続が外れる。

 神経組織も壊死して分解されるため、脳からの信号も伝わらなくなる。

 骨も外れるし、脳の信号も届かなくなる。

 夏場では2週間、冬場では2ヵ月ほどで、ゾンビは動かなくなる。


 だがセカンドフレアのゾンビは、異常行動している人間が生きている。

 ウイルスが神経伝達物質のバランスを破壊して、前頭葉の判断力を奪う。

 その結果、攻撃性の高まりと自制心の喪失が同時に起こり、恐怖も痛みも感じないまま、極端な行動に走るようになる。

 ウイルスが感染を広げようと操っているのか、噛み付いてくる。

 空腹感もあるので、飲食をして活動を続ける。

 つまりドラマのゾンビは死んでおらず、腐らないので、動き続けられるのだ。

 異常な動きはするが、ある程度は走れるし、武器も持てる。

 人類は、大ピンチである。


「森木さん、入りました」


 スタッフが声を上げると、監督が寄ってきた。

 そして丁寧に告げてくる。


「お待ちしていました。よろしくお願いします」

「台本では、俺が感染者の腹を蹴って、地面に倒して移動するということでした。それで間違いないでしょうか」


 台本の内容を確認すると、監督は頷いた。


「はい。森木さんには、触れてはいけないと伝えています。今回は生徒ではなく、外部から侵入した大人の感染者役で、実際にはプロのスタントウーマンです」

「それなら生活も掛かっていますし、安心かなぁ」


 明確にルールを決めていて、プロが演じるのだ。

 女子高生にアドリブで動けと丸投げするよりは、かなりマシであろう。


「腹部には、衝撃吸収プロテクターを付けています。蹴るのではなく、足をプロテクターに当ててから一度止めて、押し出す動作をして下さい。そうしたらスタントウーマンが、押されて転がります」

「なるほどです」

「殺陣であることは念頭に置いてほしいのですが、スタントウーマンは、全員が格闘技の有段者でもあります。受け身は取れますので、それもご一考下さい」


 要約すると、「本気で蹴るな」と「小学生のお遊戯もするな」であろうか。

 バランスが大事ということだ。


「何度かやってみて、上手く撮れたら移動シーンに差し込みます。駄目でも、編集で何とかしますから、気にしないで大丈夫です」

「分かりました。それではやってみます」


 要求を理解した俺は、スタート位置に移動した。


「それでは、森木さん。シーン、入ります!」


 掛け声とともに、スタッフが一斉に静まり返る。

 俺はセットの一角に立ち、深く息を吸った。

 まさかゾンビと戦う体育の授業を受けることになるとは思ってもみなかった。


「よーい、アクション!」


 その声と同時に、俺は地面を蹴った。

 前方には3体のゾンビが居て、狂ったような叫び声を上げ、俺に向かってくる。

 血まみれの腕を振りかざし、ふら付きながらも迫ってくるスタントウーマン達の演技には、想像以上の迫力があった。


 俺は反射的に身を捻り、右側から迫ってきたゾンビの右手を躱す。

 そして左手で相手の右手を掴み、俺の右手で襟元を掴んで、柔道の足払いで地面に押し倒した。

 そして仰向けに倒した1体目の腹に、俺は右足を落とした。


「ガアアッ!?」


 もちろん寸止めに近い位置で止めている。

 衝撃吸収プロテクターを付けた腹には、大したダメージはないだろう。

 だが驚いたのか、俺の足が触れた瞬間にスタントウーマンの身体は、跳ねるような動きをした。


 1体目を制圧した俺は、それを置き去りに駆け出した。

 迫ってきた2体目に対して、顔を睨み付けながら右手を振りかぶって、顔面を殴り付けるように見せかける。

 そして右手を振る振りをしながら、同時に右足を振って腹に押し当てた。


「おらあっ!」


 言われたとおり、衝撃吸収プロテクターに押し当てた足の裏を、押し出した。

 ゾンビは衝撃を吸収するためにわざと押し出されて、そのまま吹っ飛んだ。


 最後の3体目が、左手側から迫ってくる。

 気持ち悪く首を振って、長い髪を振り回している。

 俺はそちらに無言で歩み寄り、伸ばしてきた腕を掴むと、引っ張って姿勢を崩して足払いを掛けた。

 そして引っ繰り返る瞬間に手を離すと、相手は地面を横転していった。

 その様子を観察した俺は、踵を返して校庭を走り抜けていった。


「カットーッ!」


 校舎の影に入ったところ、校庭から監督の声が聞こえてきた。

 そして校庭に戻ると、監督が大喜びしていた。

 ゾンビ役のスタントウーマンやスタッフからは、拍手が鳴り響いている。


「凄いですね。森木さん、何か武道をしていらっしゃったんですか」

「ええ、小学生の頃に柔道は習いました」


 但し習ったのは、前世である。

 それでも1体目を倒す時は、速度を調整しながら、相手の服を上に引っ張った。それは車のブレーキを踏んで速度を調整するようなもので、綺麗に調整できる。

 3体目は転がしたが、転がれば衝撃が逃げる。

 それでいて、どちらも派手な動きになる。


「これくらいの殺陣は、できますね」

「それは先に言って下さいよ。ですが不意打ちでしたから、スタントウーマンが驚いた分だけ、勢いのある画が撮れました。これは番宣用の素材になります」


 監督はご満悦で、そのまま採用されることになった。

 そして学校生活は、本格的なドラマ撮影に入っていった。

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