第40話 クラスメイトの出演事情
「このクラスでも、出演しない人達って居るんだよな」
教室の中を見渡して、俺は小さく呟いた。
廊下沿いの席や、一番後ろの列にはカメラが置かれており、その部分は映らないようになっている。
教室全体を映す場合でも、生徒は俯いてノートに何かを書いている仕草をして、顔が映らないように徹底されていた。
「ゾンビ物だからね」
俺の斜め前の席に座っている千尋が、何気ない調子で言葉を挟んだ。
彼女は咲月の隣で、優理の前という位置だ。
すると俺が咲月や優理と会話をすれば、その間に居る千尋にも、当然聞こえる。千尋とは、最初から4人で話しているような位置取りだ。
そのような席になっているのは、ドラマで千尋が重要な役だからだ。
「ゾンビ物に出演すると、イメージが悪くなるからか?」
俺が尋ねると、千尋は頷いた。
「アイドルグループの子がゾンビに成ったら、グループ全体に良くないイメージが付いちゃうから」
「それは、至極もっともな理由だな」
アイドルグループには、爽やか、華やか、煌びやかなどのイメージがある。
ゾンビになって人を襲うイメージが付けば、グループ全体の商品価値を損なう。
ドラマと現実を混同するなと言われるかもしれないが、テレビのワンシーンを切り取って、ネタ画像として貼るなど日常茶飯事だ。
止めろと言っても止めないし、印象が植え付けられるのも避け難い。
「1人の出演料くらいだと、グループ全体のイメージを下げられないだろうな」
それでは、なぜ彼女達がこのクラスに在籍しているのか。
それは単純な話で、ここはドラマの現場である以前に、学校だからだ。
「でも事情、変わっちゃったかなぁ」
千尋が机の上で手を組み、ふわふわとした髪を揺らしながら明るい声を上げた。
「どういうことだ」
「悠さんは、どういうことだと思う?」
千尋は舞台役者らしく、軽く首を傾けて、不思議そうな声を上げた。
心当たりを問われた俺には、不本意ながら思い当たる節がある。
「俺が出演することになったから、事情が変わったとか」
「はい、正解です」
千尋は両手を胸元で合わせて、音を立てずに小さな拍手の仕草を見せた。
容姿や仕草は可愛いが、残念なことに胸は大きい。
事情については、咲月を例にすると分かり易い。
元子役の咲月は、タレントに上がれなかったので、音楽事務所に移籍した。
だが売れていたとは、全く言い難い状況だった。
それが俺の楽曲提供により一変する。
――ミリオンヒット、ドラマのエンディング曲に起用、ドラマ出演。
曲がミリオンヒットして、事務所への社入金が大雑把な推計で8億円。
エンディング曲は、使用料が5000万円。
作詞作曲した俺と折半だが、事務所には4億2500万円が入る。
ドラマにおける咲月の出演料は1億円で、それは俺とは折半にならない。
事務所と咲月は、合計5億2500万円を折半する。
事務所は大儲けだし、咲月も納税後の手取りが1億円を超える。
俺と親しくなって、1曲を提供してもらうだけで、人生一発大逆転だ。
本人の意思ではなく、所属している事務所が、行けと言うかもしれない
「咲月さんは、俺のバンドメンバーだからなぁ」
誰かが来ても、咲月のように楽曲提供する意思は無い。
そう言ってみたところ、千尋は軽く右手を振って、意味が違うと否定した。
「音楽家の森木悠さんと一緒のクラスですって言うのは禁止だけど、自分自身がドラマに出れば、言わなくても世間に知れ渡るよね」
「そうかもしれないな」
撫子高校は、撫子テレビが撮影のために創立した高校だ。
これまで散々に使い回されているので、ドラマを見れば、撮影現場が撫子高校であることは一目瞭然だろう。
出演者も、芸能コースに通う生徒達だと知られている。
クラスメイトだと言わなくても、ドラマに出れば世間に知れ渡る。
「悠さんのSNSをフォローしているファンの人達は、学校生活も気になって、クラスメイトのSNSをフォローしてくれるかも?」
「1000人に1人くらいは、フォローするかもしれないな」
俺のSNSでの発信は、ほぼ業務に限られる。
配信と曲発売のお知らせのほかには、CMのリポストするくらいだ。
炎上したくないし、下らないポストを連投してミュートされたくない。
俺の発信は、必要最低限にしている。
するとファンは、クラスメイトをチェックするかもしれない。
SNSフォロワーが1000人も居れば、熱心な人が1人くらいは混ざる。
現在550万人くらい居るSNSフォロワーのうち、5500人ほどは同級生のSNSもフォローしそうだ。
――多分、1000人に1人くらいはチェックするよな。
俺の感覚は前世だ。
YouTuberに1000人のチャンネル登録者が居れば、SNSでファンアートを投稿してくれたり、歌配信で歌った時間とタイトルをコメントにまとめてくれたりするファンが1人くらいは付いていた。
俺の場合は、商業デビューした歌手であり、CMに出演したタレントでもある。
全体に占めるガチ恋率は、1000人に1人よりも上がりそうだ。
さらに今世は男女比が三毛猫で、俺には代替できる活動者が居ない。
前世であれば好みのタレントを10人くらい同時にフォローできたが、今世では1人しか居ないわけだ。
ほかの男を同時に推せないので、俺に費やす時間は数倍に増えるし、熱心度合いも上がる。
すると予想の倍くらいは増えるかもしれない。
「500人に1人くらいは、フォローするかな」
俺は熟慮の末、クラスメイトがフォローされる数値を上方修正した。
SNSのフォローを追加することは、ワンクリックで可能だ。
時々流れてくる内容に数秒目を通すだけで良いので、大した手間でもない。
俺のSNSフォロワーの500人に1人くらいは、俺のクラスメイトのSNSもチェックするかもしれない。
するとSNSフォロワーは、1万人以上増えることになる。
「ドラマに映るだけで、本人が言うわけじゃないからね」
「ああ、もちろん分かっている」
千尋がクラスメイトを弁護したので、俺は頷き返した。
「悠さんは、アイドルグループに所属する高校1年生くらいの子には、どれくらいフォロワーが居ると思う?」
問われた俺は、前世を思い浮かべた。
アイドルグループに所属していても、1万人以上の人間は少なかった。
「1万人のフォロワーが付いている人は、かなり上とか」
「そんな人、グループ所属の若手には殆ど居ないよ」
なかなか厳しい現実を突き付けられた。
よく考えれば、大人気のグループでも、ファンの男女比は8対2だった。
しかも分母が小さくなるほど、男女比は男性に偏っていく。
それを今世に当て嵌めてみると、前世でフォロワーが1万人のアイドルグループ所属者は、今世では2000人以下になる。
今世で1万人以上のフォロワーが居るアイドルは、前世で5万人以上の人気者になるのかもしれない。
「ファンの数は、アイドルの待遇や出演料に直結するから」
「それは影響が大きいな」
少し映るだけで、フォロワー数が激増して、グループの待遇も良くなる。
ドラマの出演事情が変わったという話に、ようやく得心がいった。