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転生音楽家 ~男女比が三毛猫の世界で歌う恋愛ソング~  作者: 赤野用介@転生陰陽師7巻12/15発売
第2巻 ツチノコ無双

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第35話 ドラマ出演の提案

「こんばんは。とても目を引くでき事だったわ」


 俺達が会場を出た後、追ってきた眼鏡の白髪女性が、声を掛けてきた。

 プログラムの座席表に、『撫子テレビ取締役相談役・荒井様』と書かれていた今回のパーティのゲストである。

 荒井に付き従っているのは、同伴者らしき大人気マルチタレントの緑上優理だ。

 俺と鈴菜は、ゲストの荒井達に一礼した。


「先ほどは、お騒がせしました」


 荒井は、涼やかな目元に僅かな笑みを浮かべて、頷き返した。

 先ほどの騒動は、梨穗と合流した俺達がD席に挨拶して退席後、収まった。

 次の料理が運ばれてきて、ひそひそ話が始まったところまでは確認している。

 この後の話題は分かり切っているので、残る必要は無い。


 ――今後の西坂グループが、どうなるのかだな。


 同業として、西坂の帰趨を気にせずにはいられないだろう。

 正しい情報は俺達が持っており、退席しても情報の取りこぼしは無い。


「データをコピーしているのかしら。用意周到ね」


 作業に目をやった荒井が、そう評した。

 現在の俺達は、指摘されたとおり会場の外でデータをコピーしている。

 動画撮影用のカメラ2台と、録音機1台をノートパソコンに繋いで、データをコピーして、俺と黄川で持ち合う予定だ。


「ずっと嫌がらせを続けられていたそうですから」


 麗華自身が自白はしていたが、改めて初犯ではないと念押しをした。


「クラウドサーバにも保存します。途中で事故に遭っても、失われません」


 そのために今は、一つ目のデータをコピー中だ。

 荒井は、動画投稿について触れた。


「配信サイトは、ホーム画面に動画を12本、ピン留めできたかしら。再生リストを作って、特定の動画を見せることもできたわね」


 70歳代であろう荒川は、ネット動画について若者並の知識を披露した。


「お詳しいですね」

「それは、メディアの人間ですからね」


 キー局の取締役相談役である荒井の言葉には、凄まじい説得力があった。


「動画の予約投稿をするのは、どうしてかしら?」

「世の中には交通事故、相手にぶつかって落としてしまった転落事故もあります。犯人は、故意ではなかったとして執行猶予が付いた後に、なぜか自分の借金などを帳消しにしてもらって、幸せになるかもしれません」


 青島グループは、純利益300億円、従業員数7000人の大企業。

 その青島を一方的に攻撃できる西坂が、今は崩れかねない事態だ。


 もしも俺1人を殺せば、公開を阻止できる状況の場合、どう動くだろうか。

 交通事故に見せかけても良いし、転落事故に見せかけても良いのだ。

 前世で実行された人は、残念なことに思い浮かぶ。


「あら怖い」

「予約投稿しておけば、仮に事故が起きた際、事故が起きなかった時よりも状況が悪化します。すると事故は起こせなくなります」


 だから俺は、自分の安全に保険を掛けた。

 俺を死なせるか行方不明した状態で動画が公開された場合、1100万人が先ほど撮った動画を見ることになる。


『私が当事者の動画を事実として公開するだけです』

『すまないが動画を取りに来てくれ。奪われたら困るんだ』

『この会話の当事者は私・森木悠で、西坂さんの行動によって被害を受けているのは森木悠のバンド活動です』

『私が死亡または行方不明になった場合、いかなる理由であろうと、動画は必ず公開してもらいます。私のほうでも、予約投稿を設定しておきます』


 それらの発言を撮った動画が公開された場合、俺を殺害または誘拐した犯人は、誰だと思われるだろうか。

 警察が証拠を見つけられなくても、すべてが世間に知れ渡る。

 俺の動画は合法で、消されても視聴者に転載されまくる。

 そうなれば西坂は、大打撃どころではなく、間違いなく廃業だ。


 廃業になるくらいなら、創業者一族の娘に過ぎない麗華を切ったほうがマシだ。

 麗華を後継者から外して、早期に世間へ謝罪すれば、廃業には追い込まれない。

 そして公開されないように交渉したほうが、さらに良い結果になる。

 麗華個人が俺の排除を指示しても、実権を持つ母親や祖母が阻止に動く。


「いくら日本人が忘れ易くても、あなたが載せる限り、視聴者は再認識するわね」

「そうですね。チャンネル登録者1100万人のホーム画面にピン留めされると、無限に見られるでしょうね」


 荒井の言葉通り、視聴者は何度でも思い出すことになる。

 もっとも鈴菜の平穏は、すでに確保されている。

 今回のことが周知となった麗華は、西坂にマイナスイメージを植え付けるので、いかなる結末になろうと、社交パーティには出られなくなった。

 動画という弱みもあるので、西坂の重役にも成れない。

 つまり麗華は、鈴菜を攻撃できる立場ではなくなった。


「これから落とし処を探ることになるでしょう。ですが麗華さんが退場することは既に確定していますので、それが条件だと言われた場合、私は動画を公開します。そのほうが、確実に西坂の嫌がらせがなくなりますので」


 俺は荒井に対して、交渉の予防線を張った。

 小売業団体にゲストで呼ばれた荒井は、先方との連絡係だ。

 動画を公開されると、上位企業が下位企業に繰り返しの嫌がらせをしていたことが世間に知られて、パーティを主催している小売業団体も困ったことになる。

 すると小売業団体も、動画を公開されないために、条件を西坂の耳に入れる。

 無駄な条件交渉が一つ省かれる次第だ。


「どういう落とし処になるのかしら。稀な騒動で、興味を引かれるわ」


 どういう落とし処にしたいのか、教えろというわけだ。

 さしあたり大雑把なことを口にする。


「被害を受けてきた青島さん、大変なお手数をお掛けする黄川さん、バンドを解散の危機に陥らせられた私の三者がきちんと補償されて、西坂さんも動画を公開するよりマシな結果になるのでしたら、折り合いは付くかもしれません」

「折り合いが付かなかったら?」

「それなら話し合いは不可能なので、私は全てを公開します。そうしたら、世間が嫌がらせは駄目だと怒ってくれて、怒られた西坂さんも反省してくれて、嫌がらせが無くなるかもしれません」


 2本目の動画撮影カメラと3本目の録音機は、現在も作動している。

 つまり、ここまでの会話が公開対象だ。

 撫子テレビ取締役相談役という追加の証人を得られて、有り難い限りである。


「先方に損得計算が出来れば、折り合いは付くでしょう」


 それらを頭の中で整理して、俺は総括した。

 すると小売業団体の意を受けたであろう荒井も、やや安堵した様子だった。


「ところで声を掛けたのは、あなたに提案があったからなの」

「提案ですか」

「そうよ。あなたには撫子テレビに出演してもらいたくて、何度も連絡したのに、まったく繋がらなかったの」


 俺は、連絡先を公開していない。

 業務提携しているベルゼ音楽事務所は、SNSの返信欄に連絡を送ってきた。

 CMに出たときは、ベルゼ経由だった。

 大抵の連絡は、俺に届く前にベルゼで却下している。


「自分達の曲作りと、黄川さんのテレビCMを優先していましたので」


 今は傍に梨穗が居るので、説得力は絶大だ。

 梨穗がニコニコと笑顔を浮かべると、荒井も愛想笑いを返した。

 梨穗は黄川本社の取締役で、国内全てのメディアの大口スポンサーだ。

 黄川と対立すれば、黄川と取引のある大企業が次々とスポンサーを降りるだけでは済まない。

 政治的な圧力が掛かって、総務省から撫子テレビに対して、指導や監査が入る。互いが本気でやり合えば、放送免許の更新にまで事態が発展していく。


 ――そうなる前に、荒井が自殺したことになって、終わりになるが。


 こういったことは、1人を退場させるほうが早い。

 荒井にとって梨穗は、迂闊なことができない相手だ。

 荒井は梨穗に口を挟まず、連れてきた優理に視線を送った。


「あなたも、黄川さんの番組に出たわよね」

「はい。旅番組で、新車オリオンの宣伝に出させて頂きました。いつも大変良くして頂いております」


 優理は、俺がテレビCMに出た後、新車の宣伝を行う旅番組に出演した。

 つまりCMも、旅番組を使った宣伝も、すでに終わっているということだ。

 あまり嘘を吐いてもボロが出る。

 俺は、CM自体が終わっていることは認めた。


「色々とお話しは頂いているのですが、身体は一つですので」

「つまり条件が折り合えば良いのかしら」

「そうですね」


 すると優理は、荒井が梨穗に対して失策を犯さない代理役として提案してきた。


「例えばですが、撫子テレビの自社制作ドラマ出演はどうでしょう。条件として、鈴菜さんの曲をドラマの主題歌、咲月さんの曲をエンディングに採用するとか」


 荒井は優理に視線を向けて、続きを促す。


「鈴菜さんの『白の誓い』は、初週でストリーミング再生5000万回。ダウンロードとCDで127万枚売れています。咲月さんの『歩んだ道』も、同じくらいです。ドラマの曲に起用しても、誰も文句を言えないと思います」

「ええ、もちろん」


 荒井があっさりと同意した。

 撫子テレビ取締役相談役の荒井が社内で説明をすれば、そのまま通るのだろう。

 鈴菜と咲月の曲が売れれば、作詞作曲している俺にも金が入る。

 だが、それを以て俺がドラマに出るほどではない。

 断ろうとしたところ、俺を観察していた優理は、さらに条件を加えた。


「まだ条件はありますよ。まずは、元子役の咲月さんを、ドラマのレギュラー役に起用。エンディング曲を歌うのですから、出たほうが視聴者の関心を引けます」


 優理の条件を聞いた俺は、良く知っているなという驚いた顔を浮かべた。

 すると優理は、笑顔で答える。


「あたし、咲月さんと同じ撫子高校の芸能コースですよ」


 その説明に、得心した。

 芸能コースがある高校は、日本でも数が少ない。

 5歳から子役の優理が通っているのは、何ら不思議なことではない。

 おそらく優理は、咲月が子役から芸能人に上がれなかったことも知っている。


 ――痛いところを突いてきたな。


 咲月は、同じバンドメンバーで仲間だ。

 咲月にとってメリットがある話は、俺にとっては心理的に断り難い。

 そしてドラマのレギュラー役を1人増やす程度、荒井にとっては容易いはずだ。それを証拠に、優理の提案に対して荒井は何も言わない。

 俺が悩んでいると、優理はさらに条件を加える。


「それだけだと、森木さん自身にメリットがありませんよね。そこでもう一つ提案ですが、森木さんも撫子高校に編入されるのはどうでしょうか」

「はぁ?」


 予想外の提案に、俺は思わず変な声が出た。


「うちの芸能コースって、芸能活動が単位になるんです」


 それは咲月から聞いたことがある。

 芸能活動が忙しければ、出席しなくても進級や卒業ができるらしい。


「楽曲提供した曲がミリオンを連発して、自分でもダブルミリオンの曲を出して、ドラマにも出演してくれるなら、卒業確約でも良いですよね。荒井理事長」

「ええ、もちろん」


 理事長と呼ばれた荒井は、曲を提案された時と同様に、自信を持って答えた。

 だが荒井の自信に満ちた表情は、次の一言で固まった。


「もしも悠さんが出演されるのでしたら、うちがメインスポンサーになりますね。私は黄川グループの取締役で、黄川梨穗と言います。祖母が会長、母が社長です」


 隣から梨穗が、笑顔で申し出を行った。

 スポンサーに成りたいというお願いではなく、成りますという通達である。

 梨穗の行動に、俺も追従する。


「そうですね。黄川さんがメインスポンサーでなければ、どのみち受けません」

「……ええ、もちろん調整します」

「それでは悠さんが出演される場合、総スポンサー料の最低60パーセント以上をお引き受けします。企業イメージに合わないことは、させないで下さい。具体的に何が合わないのかは、私が判断しますね」


 梨穗は笑顔を浮かべたまま、瞬く間に荒井を追い詰めていった。

 先程まで荒井を支援していた優理も、そっと目を逸らしている。

 荒井が梨穗を避けていた理由が、よく理解できた。

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― 新着の感想 ―
うーん悠の立場と今後考えたら荒井も優理も小賢しいし 不愉快なので撫子テレビ以外でも同条件もしくはそれ以上も可能になるだろうから こんなタイミングで声かけてくるような空気読めないのは二度と関わらないでく…
理想の男を推してぇ〜〜〜〜〜という根っこに大企業という自らの立場とかスポンサーになったときの利益とか理性と本能と趣味と実益が全部同じ方向向いたせいでなんか…えらいことになってるな…としか言えなくてもう…
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