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第30話 清らかな水

 俺の曲『夏の蛍』が発売されて、8日が経った。

 事務所の休憩室に入ると、咲月から声が掛かった。


「昨日、初週の売り上げが出ましたけど、ご覧になられましたか」

「売れましたね」


 俺は、簡潔に答えた。

 結果は、絶対に売れるという予想通り、あるいは予想以上に売れた。

 今世の諸事情に鑑みれば売れるのが当然が、相乗効果までは予想外だった。


「『夏の蛍』のおかげで、『白の誓い』と『歩んだ道』の売り上げも伸びています」


 3曲目である『夏の蛍』の歌詞は、1曲目の『白の誓い』と2曲目の『歩んだ道』との関係で世間に論争を巻き起こしている。

 そのため関連して、1曲目と2曲目も伸びているのだ。


「全曲、ダブルミリオンを達成しそうですね」

「今年の楽曲大賞は、3曲で金銀銅を独占すると言われました」


 それを咲月に言ったのは、マネージャーの黒原か、社長の赤城だろう。


「他所の曲とは、売り上げが桁違いですからね」


 音楽賞は、売り上げだけでは決まらない。

 話題性、貢献度、将来性などの基準が曖昧な理由を付けて、恣意的に選ばれることが往々にしてある。大きな事務所の力や、受賞させる側とのコネクションなど、色々な力学が働くわけだ。


 だが、それは候補の作品に明らかな差が無ければの話だ。

 売り上げが数十倍、話題性でも突き放している曲があると、選考者の裁量では、受賞を左右できなくなる。

 左右させると、賞の権威が失われて、賞自体が無価値になるからだ。

 今の賞を潰して新しい賞を新設するよりは、正当に受賞させるほうがマシだ。


 ――黄川グループの宣伝効果も、大きかったかな。


 繰り返されたテレビCMの効果は、やはり大きかった。

 そして緑髪のマルチタレントが、旅行番組で話題に火を付けた結果、売り上げは一層伸びている。

 俺はスマホを摂りだして、昨日の記事を眺めた。


――――――――――――――――――

【音楽速報】バアル森木悠の『夏の蛍』が前代未聞の大記録!

      初のダブルミリオン達成で"歌詞論争"も勃発


 音楽界を席巻する音楽ユニット『バアル』から、リーダー森木悠(15)自身のボーカル曲『夏の蛍』がリリースされ、音楽業界に激震が走っている。

 初週でストリーミング再生6800万回、ダウンロード148万件、CD106万枚という、過去の全記録を粉砕する衝撃的な数字を樹立した。

 特に注目すべきは、ダウンロードとCDが共に初週でミリオンを突破した史上初のダブルミリオン達成だ。

 音楽評論家の高島真美氏は「減少傾向が加速する中で、過去10年間の最高水準であったダウンロード100万件とCD80万枚を、初週だけでどちらも圧倒的に上回る事態は誰も想像していなかった」と驚きを隠さない。


 本作の魅力は、夏の風物詩である蛍をモチーフにした、儚い恋心と到達できない願いを繊細に描いた歌詞。そして卓越した男性ボーカルだ。「触れてはならぬ綺麗な清流、清らかな水が欲しい。叶うなら愛してほしい、僕の光で水面を照らさせて」という歌詞は、SNSで大きな話題となっている。

 この歌詞をめぐっては、「触れてはならぬ綺麗な清流」が誰を指すのかについて、バアルの青島鈴菜説と桃山咲月説の二つが有力だ。

 青島説の支持者は「触れられない高嶺の花」のイメージがお嬢様の青島に合致と主張。一方、桃山説の支持者は、1曲目『白の誓い』は恋が成就したのに対して、2曲目『歩んだ道』は失恋を描いており、その流れからすると3曲目『夏の蛍』は桃山咲月への想いを表現しているとの見方を示している。


 音楽評論家の西山千絵氏は「この論争自体が『夏の蛍』の奥深さを表している。森木氏の楽曲は単純な愛の表現ではなく、現代社会の男女関係の困難さや、男性側から見た恋愛感情の機微を表現している点が画期的」と分析する。

 バアルの3曲が出揃ったことで、曲の関連性についても議論が活発化している。「3曲で一つの物語を形成しているのでは」という観点から、楽曲を分析する動画コンテンツも人気を集めており、森木悠の意図を推測する歌詞考察が、新たなエンターテイメントとして定着しつつある。

 バアルは今後も活動していくが、チャンネル登録者数1000万人を超えた森木への期待は、日々高まっている。男性希少時代における歴史的な音楽現象として、この「森木旋風」は音楽教科書にも記載されることになるだろう。

 音楽ニュースオンライン 6月6日 14:30

――――――――――――――――――


「初週でダブルミリオンは、予想外だったな」


 売れるとは予想していたが、予想を超える結果だった。

 今世について、俺は甘く見ていたのかもしれない。

 そんな風に思っていると、今日は咲月に飲み物の種類を聞かれず、ペットボトルのミネラルウォーターを渡された。


「どうぞ。練習前なので、ただの水ですけど」

「ありがとうございます」


 これから鈴菜と合流して、バンドの練習を始める。

 それで気を利かせて、ペットボトルの水にしたのだろう。


「それじゃあ準備してきますね」


 そう言って咲月は、休憩室を後にした。

 俺はスマホを左手に持ったまま、右手でペットボトルを回転させる。

 有名メーカーの製品で、ラベルには『清らかな水』と印字されていた。

今話で、第1巻(約10万字)が終了しました。

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