第03話 万バズの初配信
4月2日、いよいよ初配信開始の時間が迫ってきた。
俺はパソコンの前に座り、配信ソフトの最終チェックを行う。
この世界で配信活動する若い男は、ツチノコ並に珍しい。
実写動画を載せたポストが数十万バズして、万リツイートされた結果、SNSのフォロワー数は5万人を超え、チャンネル登録者数も8万人に達した。
もちろん同時視聴者数も、数万人になっている。
配信画面に、カウントダウンが表示されていった。
「初めまして、新人男性配信者の森木悠です」
配信が始まった瞬間、コメント欄が一気に埋まった。
『待ってた!』
『本当に男の人の声だね。ボイチェンしていない感じ?』
『ガチの男性配信者って、存在するんだ』
視聴者数を確認すると、開始直後で7万人を超えていた。
個人としては異常な数字だが、登場するのがツチノコなので、驚きは無い。
「この春から通信制の高校に通う、個人勢の男子高生配信者です。学生なので、主に勉強の作業用配信や、ゲーム配信などをしていくつもりです」
落ち着いた口調で自己紹介をすると、コメント欄がさらに賑わった。
『今って15歳なんだ?』
『15歳なら、椅子のサイズと比べると、身長が平均より1センチ高いかな』
もしかすると、俺は早まってしまったのかもしれない。
だが、もはや後の祭りである。
リアルタイムで配信していることを証明するために、コメントを拾っておく。
「本当に15歳です。高校に進学したのは、高卒のほうが良いかと思いまして」
『高校には進まない男子も多いのに、進学したんだね』
『男子で高校に行くのは、えらい!』
『凄く優秀』
『素晴らしいと思います』
高校に進学しただけで、べた褒めされた。
だが男性の高校進学率は、大正末期から昭和初期の女子の高等女学校への進学率と同等で、2割に満たないらしい。
男性は働かなくても収入が保証されており、就職先が無いため、勉強する目的が無くなるので学習意欲が低下してしまう。
勤労の義務は献精で果たしたと見なされるので、周囲も勉強しろとは言わない。
母親も息子のおかげで生活支援金を得られ、周囲から敬意を払われるので、息子のことは甘やかす。
日本の総人口1億2000万人を80年で割れば、1学年につき男性が50人、女性が150万人。
50人のうち2割しか進学しないので、俺は1学年につき10人しか存在しない男子高校生のうち1人だ。
「通信制の高校なので、配信時間については、比較的自由かもしれません」
『進学するなら、通信制は当然すぎるから』
『男子が全日制に進学するのは、ワニ園に生肉を放り込むようなものだね』
大勢の視聴者から、次々とツッコミが入った。
80歳以上の男性が現役世代だった頃は、男性側から迫っていたので、女性達も肉食系ではなかった。
だが今は、自分からハンティングしなければ、獲物を捕まえられない。
全日制の高校に入るのは、ワニの群れが待ち構えている川に、シマウマが入っていくようなものらしい。
続々と流れるコメントを目で追いながら、俺は話題を進めていく。
「今日は初配信なので、軽く自己紹介して、ギターの弾き語りを少しして、それで終わりたいです」
その瞬間、コメント欄が一気に沸き立った。
『ギター弾けるんですか!?』
『すごい、予想外すぎる』
『若い男子の歌とか、半世紀は新しいのが無いよね』
80歳以上の男性達が若者だったのは、半世紀以上前の話だ。
それ以降の男子は三毛猫のオス化しているため、若い男性の歌は、半世紀ほど供給が無い。
それを思えば、この反応も当然かもしれない。
「何十年も前の演歌は感性に合わなくて、自分で曲を作りました」
その一言で、コメント欄が一瞬止まった。
視聴者が驚きで固まって、コメントを入力する手を止めたのだろう。
『演奏だけじゃなくて、自分で作詞と作曲もできるんですか?』
『それって、五七五とかですよね?』
俺の発言を看過できないのは、当然かもしれない。
30年前に50代の男性が作詩・作曲した歌は存在するが、彼らは引退した。
そんな状況で、15歳の男が「自分で作った曲を披露する」と言ったのだから、視聴者が衝撃を受けて混乱するのも無理はなかった。
だが視聴者の驚きは、まだ序の口にすぎない。
俺が使うのは、前世の知識と経験を基にした曲だ。
俺が作詞家・作曲家と思われても、前世という無数の引き出しがある。
それを使って、俺はガチ恋視聴者を作り、政府が編制するボインボイン軍団から逃げ切る所存である。
「それでは一曲、弾きますね。タイトルは『星降る海辺』」
俺は手元に置いたギターを持ち、軽くチューニングを確認した。
どの曲を弾くかは、すでに決まっている。
前世で大ヒットした、誰もが知る切ないラブソング。
俺は手元を実写にして、ギターの弦に指を滑らせ、最初のコードを鳴らした。
穏やかで澄んだ旋律が、静かな部屋に響き渡る。
コメント欄が一瞬にして沈黙した。
――イントロのアルペジオ。
軽やかで、それでいてどこか切ない響きを持つフレーズ。
まるで過去と現在が交錯するような、そんな雰囲気を持つメロディだった。
視聴者達たちは、言葉を失っている。
恋愛ソングは、この世界でも数多く作られているが、それらはすべて女性視点のものだった。
男性が誰かを求める歌、届かない想いを嘆く歌。
そのようなことは、彼女達にとって漫画にしか存在しない幻想だった。
「さあ流れ星を見つけよう」
静かに、俺は歌い出した。
歌詞は、若い男女が海辺の公園で夜空の星を探す始まり。
だが、歌が進むにつれて、女性は隣から居なくなる。
「手を伸ばせば届くはずだった」
後悔の感情を歌に込め、サビへと入る。
ギターの音が、胸に深く染み込むように響く。
そして、コメント欄が再び動き出した。
『これ、失恋ソングなの?』
『男性が、失恋ソングを歌う?』
『どうしてホワイ?』
『どこの星の物語ですか?』
視聴者達は、完全に混乱している。
それは当然で、彼女達が知る恋愛の形は、女性が男性を求めるものだ。
だが、この曲は違う。
男性が、かつて愛した人を想い、今もその記憶を胸に人生を歩んでいく。
そんな切ない世界が描かれていた。
「生きてる間、ずっと探し続けている」
『こんな歌詞、聞いたことない』
『男性が、こんなに切ない想いを抱くものなの?』
この世界では、男性が恋愛に対して積極的に動くことは無い。
ましてや、男性が誰かを想い続ける歌を歌うことなど、誰もが想像しない。
「君が来なくても、僕は探している」
最後のコードを鳴らし、静かに音を止める。
すると一瞬、コメント欄が遅延した。
そして次の瞬間、滝のように激しく流れ始めた。
『全私が感動した』
『涙の海で溺れそう』
『こんなに素敵な作詞作曲ができて、超天才!』
恋愛ソングを聴いた視聴者は、強い衝撃を受けているようだった。
今世では、男性視点の恋愛ソングが存在しないのだから、衝撃は絶大だろう。
彼女達は、男性も恋愛で傷付くのだと、初めて知ったのだ。そして、それを歌にすることが、こんなにも心を打つのだと。
――すまん。前世が有るんだわ。
俺はギターを置き、マイク越しに告げた。
「以上です。なんだか良い感じなので、これで初配信を終わりたいと思います」
配信終了を伝えると、コメント欄が引き留める言葉で埋め尽くされていった。
『もっと聴きたいです!』
『自己紹介。趣味とか、食べ物とか、女性の好みとか』
『悠くんの歌、本当に大好きです』
感想欄を見る限り、かなり良い手応えだった。
俺は、熱狂する視聴者達のコメントを見つめながら、確信する。
――ガチ恋勢、作れるか?
だが、まだ油断してはいけない。
ボインボイン軍団から確実に逃れるためには、手段など選んでいられない。
「それじゃあ次の配信で。またねー」
俺は手元のカメラに向かって、実写で、優しく右手を振ってみせた。