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第27話 リリースの反響

 事務所の窓に、灰色の街並みを飛ぶカラスが映った。

 よくぞ30階まで飛び上がったと感心したが、足場となるビルは無数にある。

 そんな飛び交うカラスのように黒いコーヒーを啜りつつ、俺は現状を評した。


「まあ、売れるとは思っていた」

「わたくしも売れるとは思っていましたわ」


 鈴菜は優雅にティーカップを持ったが、表情には歌への自信と、結果への虚勢が混ざっていた。

 『白の誓い』をリリースして、一週間が経つ。

 初週の結果は、既に出ていた。


「凄い結果ですよね」


 咲月も冷静さを装って褒めたが、先程から口数が少なくて、挙動もぎこちない。そしてタブレットを手にしながら、しきりに画面をスクロールしていた。

 俺も、スマホでネットニュースを眺めて、目をうつろにする。


「ネットの記事、べた褒めですね」


――――――――――――――――――

 【音楽速報】バアル『白の誓い』が異例の大ヒット!

       男性希少時代に響く"幻の恋愛"


 デビューから僅か1週間で、音楽界に激震を与えたのが音楽ユニット『バアル』の青島鈴菜(15)がボーカルを務める『白の誓い』だ。

 初週でストリーミング再生5000万回、ダウンロード72万件、CD45万枚という驚異的な数字を記録している。

 特にCDの販売数は、デジタルが主流の現代において、極めて異例の数字だ。

 音楽評論家の村田英子氏は「CDが10万枚売れれば、大ヒットと言われる中、初デビュー作で初週45万枚という数字は前代未聞」と語る。


 作詞作曲を手がけたのは、チャンネル登録者数800万人の男性音楽家、森木悠(15)だ。森木は今月、黄川自動車のテレビCMの楽曲で商業デビューを果たしたばかり。その才能が今回の大ヒットで改めて証明された形となった。

 本作品の最大の魅力は、男女比1対3万という現代において、ほとんど失われた「男女の恋愛」を繊細かつ美しく描いた歌詞にある。

 雪の積もる冬の風景を舞台に、二人の絆が春に向かって育まれていく様子が描かれており、多くの購入者から「現代では体験できない幻の恋愛を疑似体験できる」と絶賛の声が寄せられている。


 音楽プロデューサーの高橋愛里氏は「『白の誓い』の歌詞は、現代社会で失われた男女の繊細な感情交流を見事に表現している。『二人の息、白く溶け合い』や『温め合って、幸せあった』といった表現は、共に居ることの温もりや安らぎを、今の若い世代が知らない形で伝えている」と、高く評価する。

 さらに「冬から春への移り変わり」という季節の変化を通して希望を描く構成も秀逸だ。「いつか暗い闇も、晴れて彩った春に変わる」という歌詞に、現代社会の閉塞感からの解放を願う聴き手の思いが重なっているとの分析もある。


 演奏を担当したジャパン交響楽団の高い技術と、青島鈴菜の透明感のある歌声も相まって、『白の誓い』は既に近年最大のヒット曲となる勢いだ。

 音楽配信サービス各社によると、ユーザー1人あたりの平均再生回数も通常の2倍以上というデータが出ており、リピート率の高さも異例の数字となっている。

 音楽業界関係者からは「音楽界の情勢が塗り替えられる」との声も上がっており、今後のバアルの活動と森木悠の楽曲提供に注目が集まっている。

 音楽ニュースオンライン 5月23日 14:00

――――――――――――――――――


「過去10年間の最高は、ストリーミング再生が5億回。デジタルダウンロードが100万件。CDが80万枚くらいです」


 咲月が挙げた数字と比べると、鈴菜はストリーミングの再生数が5000万回。デジタルダウンロードが72万件。CDが45万枚に達している。


「最高値、更新しそうですね」

「ダウンロードは、早々に。CDは、3ヵ月くらい。再生数は、半年でしょうか」


 俺と咲月が話す間、鈴菜のカップを持つ手が、ピクピクと震えていた。


「学校の反応はどうでしたか」


 咲月が気になっているのは、次が自分の番だからだろう。

 咲月の『歩んだ道』は本日発売しており、明日にはCDを手にしたクラスメイトが居るかもしれない。そして来週には、売り上げも出る。

 鈴菜はティーカップをソーサーに戻し、ゆっくりと視線を上げた。


「クラスメイトだけではなくて、同学年から顔も知らない先輩、授業に関係ない先生まで。色んな方に、サインを求められましたわ」


 その言葉に続いて、少し困ったような笑みが浮かぶ。

 45万枚ものCDが売れたとなれば、鈴菜の周囲にも購入者は居る。あるいは、友人や家族にサインを貰ってくるよう頼まれた者も居たかもしれない。

 自分の曲が評価されて誇らしいが、周囲の変化には戸惑いも隠せないといった、繊細な感情の揺れが垣間見えた。


「そうなりますよね」


 結果に同意した咲月も、どこか受け止めきれない様子だった。


「先生がサインを求めるとか、結構緩い感じなんだな」


 俺は、そんな感想を抱いた。

 教師の立場で生徒にサインを貰うのは、有りなのだろうか。

 駄目と決まっているわけではないが、おかしな感じもする。


「わたくしは音楽科に通っていますから、周りの理解があるのですわ」


 それなら教師の行動は、音楽活動を頑張る生徒への応援とも解釈できる。

 つまり「お前はサインを求められるような結果を出した。凄いぞ、良くやった。これからも頑張れ」というわけだ。


「鈴菜は、偏差値がトップクラスのエリート学校というイメージもあるけどな」

「そういう学校だと、音楽事務所への所属は認められないと思いますわ」

「それもそうか」


 鈴菜の返答は、そのとおりだ。

 エリート進学校は、芸能活動を認めてくれそうにない。

 それに高校の音楽科を卒業しても、大学に進学するのに不都合は無い。

 さらに音大に入ったとしても、企業に勤めてはいけない決まりは無い。


「これだけ売れたら、成績のプラス評価が凄そうですね」

「それもありますね。世間的に高い評価を頂きましたから」


 咲月が言うと、鈴菜は小さく微笑んで肯定した。

 鈴菜はボーカルとして歌っただけではなく、俺とデートして曲への理解を深めるなど、真摯に取り組んでいた。

 音楽科の教師であれば、表現を読み取って、評価するだろう。


 俺はふと、紅茶のカップを傾ける咲月の横顔に目を向けた。


「咲月さんも、音楽科ですか」

「いいえ。わたしは私立撫子高校の普通科で、芸能コースです」


 俺が尋ねると、咲月は一瞬きょとんとした後、軽く首を振って笑った。

 そういえば咲月は元子役で、ベルゼに移籍したアーティストと思い出した。


「芸能コースって、どんなところなんですか」

「既に芸能活動しているか、事務所に所属している芸能人や歌手が入るところで、活動が忙しければ、出席しなくても進級や卒業ができます」

「へぇ、そんな高校があるんですね」


 子役の場合、大半は本人の意思ではなく、母親の意思で芸能界入りする。

 自分の子供が、容姿などを認められて子役として成功すれば、血の繋がる母親の遺伝子も良いと認められた気持ちになれて、代替行為になる。

 親自身は難関大学の卒業ではないのに、子供にはそれを求める行為も、自分が出来なかったコンプレックスを子供で埋める代替行為だ。

 経済的な理由もあるかもしれないが、大金を稼げる子役は殆ど居ない。


 ――咲月が芸能界に残りたがる理由は、母親に求められているからかな。


 それなら秘書検定を取得してまでアーティストを続け、高校を芸能コースにしたことにも理解が及ぶ。


 だが、子役から大人の芸能人に移行できる人間は、1割にも満たない。

 続けられない理由は、大人になると容姿が変わること、子役と大人では求められる役柄が異なること、大人の芸能人は沢山居て競争が激しいことなどだ。

 可愛いだけで成り立つ子役と、客を楽しませるスキルを求められる大人とでは、仕事の内容がまるで違う。

 上手く転向できなかった咲月は、音楽で生き残りを図ったわけだ。

 芸能界は、厳しい世界である。


「今回成功したら、咲月さんの単位も安泰ですね」

「だから、心臓がバクバクしていますよ」


 咲月が浮かべた笑顔の内側には、感謝と不安が交錯していた。

 1週間後には結果が出て、咲月が芸能界で生き残れるか否かが定まる。

 芸能界入りさせた母親が狂喜乱舞するか、再び咲月を追い詰めるか、どちらかになるわけだ。


 もっとも俺は、鈴菜の時と同様にカウントダウン配信を行い、販促している。

 歌詞は鈴菜の『白の誓い』が強いが、咲月の『歩んだ道』もドラマ主題歌級だ。そして咲月は、鈴菜よりも上手く感情移入して歌っていた。

 どんなに悪くても、鈴菜の半分以下の数字にはならないと思っている。

 鈴菜が、柔らかいトーンで語り掛ける。


「きっと上手く行きますわよ」

「ありがとうございます」


 子役経験が長かった咲月は、相変わらず笑顔のポーカーフェイスを浮かべつつ、緊張で乾いた声を返した。

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