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第26話 告知配信

 5月15日、深夜23時。

 桜を気にする季節が過ぎ去り、新緑が強く映えるようになった。

 夜も暖かく、空調を付けずに済む。


 ――配信者になってからは、部屋の空調の音も気になるんだよな。


 前世には、部屋の空調音が聞こえてしまう配信者も居た。

 それを嫌って身体に毛布を巻き付けていると聞いて、そんな努力をしているのだと驚いた記憶がある。

 空調音を考えれば、暑くも寒くもない季節は有り難い。

 俺は配信の準備を整えて、第4回目のライブ配信を開始した。

 今夜は、音楽ユニット『バアル』が三週連続で出す曲の1つ目がリリースされるカウントダウン配信である。


「皆さん、こんばんは。音楽家で男子高校生の森木悠です」


 直後、『こん』と『悠』スタンプがコメント欄を埋め尽くした。

 合間には、『祝』スタンプと、手打ちの『700万人』という数字が踊る。


「700万人のお祝い、ありがとうございます。10日前に450万人だった気がしますが、地上波のテレビCMは凄いですね」


 そう言った瞬間、コメント欄に『凄』のスタンプが一斉に流れた。

 今回の伸びは、初配信から3日間で登録者100万人にも匹敵する速度だった。

 あまりに早すぎて、まるで実感が湧かない。


「普段は配信者を見ない方は、テレビCMで来て下さったんでしょうか」


 俺が問い掛けると、コメント欄に『そうです』や『SNSから来ました』という反応が続々と流れた。

 SNSに関しては、黄川自動車が新車オリオンのテレビCMを載せており、それを俺がリポストしている。

 物凄くバズっていたので、そこから辿り着いた層も居たのだろう。


 ――動画の配信者を見ない層が、一気に増えたわけか。


 世の中には、配信者にまったく興味が無い層も居る。

 だがテレビであれば、より多くの人が見るし、興味が無くても見る機会は多い。

 だからテレビで見て、俺や曲に興味を持った層が、一気に増えたのだろう。

 それらを想像して、ようやく10日間で250万人が増えた実感が沸いてきた。


「2時間後の深夜0時に、私が作詞作曲した『白の誓い』が、リリースされます。ボーカルは、私とバンドを組むベルゼ音楽事務所の青島鈴菜。演奏はジャパン交響楽団です」


 その宣伝こそが、第4回目となる今回の配信目的だ。

 俺は配信画面に、『白の誓い』のジャケット画像とリリース日を載せた。

 雪景色に染まる街に、冬の装いをした鈴菜が儚げに立っている。

 背景は素材の合成画像だが、鈴菜自身は4月に冬の恰好で撮影している。歌詞の最後では春になるので、セーフと思いたい。


 アナウンスすると、コメント欄に『祝』と『偉い』スタンプが飛び交った。

 さらにスタンプを押したいからか、新たにメンバーシップに加入した人達の緑メッセージも流れていった。


「ありがとうございます。前にもお話しましたが、私だけでは演奏者が足りず、演奏できる人を増やしたかったんです。バンドメンバーの鈴菜は、ピアノ、キーボード、バイオリンが弾けます」


 説明すると、『凄』スタンプが大量に押されていった。

 日本では、バイオリンの学習者はピアノより一桁は少ない。指導者が少ないし、練習の音が近所迷惑とならない自宅環境も必要になるのだ。

 それにバンドキーボードに関しても、シンセサイザーの操作や、即興演奏のスキルが必要になる。

 どちらも出来る人間は、なかなか居ない。


「ガチ恋勢には、私のバンドに女性が入るのは嫌と思う人が居るかもしれません。ですが鈴菜は、私が提供した曲を最高の形にするために、自分でジャパン交響楽団に演奏をお願いしました。事務所の社長から話を聞いて、物凄く驚きました」


 言葉の切れ目と同時に、今度は『驚』スタンプが乱舞した。

 実際、驚くべき行動力だし、実現させたのは凄いことだ。


「私が楽曲提供した曲が売れると、私は音楽家として活動していけます。もし応援して下さる方がいらっしゃいましたら、お買い上げ下さると嬉しいです」


 俺が好きだから、俺とバンドを組む女の曲なんて買わない。

 そんな風に嫉妬する層に買わせるには、どのように話を持っていくべきか。

 そう考えて出した結論が、この話のまとめ方だ。

 メンバーシップが90円なので、安いと思う層には、ぜひ買って欲しい。そこまで言うのは露骨すぎるので、流石に口には出せないが。


『買います』

『もう予約済みです』


 コメント欄に、大量の購入予告が載った。


「初の楽曲提供ですから、どれくらい売れるのかは、私の音楽活動に直結します。売れなかったら、お前なんていらんと市場に言われるわけですから、今後は使ってもらえません。買って下さって、ありがとうございます」


 ガチ恋の嫉妬民を牽制するために言ったが、ちょっとやり過ぎただろうか。

 100枚買いますというコメントが一瞬目に留まって、俺は冷や汗が出た。


「余裕があったら1枚で大丈夫です。CDには、ストリーミングやデジタルダウンロードには無い楽譜も付けました。もしよろしければ、お手に取って下さい」


 上手く宣伝できただろうか。

 配信サイトの良い点は、俺のチャンネル登録者の全員が、俺や俺の音楽に興味を持っており、俺の宣伝をしっかりと聞いてくれることだ。

 テレビには幅広い層への宣伝力があると実感したが、今回のリリースでは、配信サイトで宣伝したほうが効果は高いだろう。


「ええと、概要欄に購入サイトへの直リンクを貼って欲しいですか。すみません。販売サイトはいくつもあって、どこかに絞ると角が立つ気がします。普段お使いのサイトがあれば、そちらでお願いします」


 いくつかの関連するコメントを拾って、返事をする。

 すると配慮という手打ちの文字と、『偉い』スタンプを組み合わせたコメントが乱舞していった。

 これにて今回の宣伝は、達成である。


「それでは少し時間がありますので、セリフの安価読みでもしましょうか」


 俺が提案したところ、コメント欄に『困』と『悩』スタンプが付いていく。

 コメント欄の流れは滝のように速いが、同じスタンプが続くと変わらないので、識別ができる。

 色々なメンバースタンプを作っておいたのは、先見の明だったかもしれない。


「ご説明しますと、これから私がコメント欄に、矢印を打ち込みます。その矢印に当たった人が指定したセリフを、私が読みます。例えば……」


 俺は、前世で配信者がやっていた安価ルーレットを思い浮かべた。


「そうですね。例えば、幼馴染みが朝起こしに来るシチュエーションで、『起きろ、学校に行くんだろ。何、起こして欲しいのか。はぁ、仕方がないな』とか」


 棒読みではなく、相手をイメージしながら、セリフとして呼び掛ける。

 鈴菜がベッドに包まって駄々を捏ねていて、俺が身体を揺する。


「さあ、起きろ。温かいな。ほら、今日も頑張れよ」


 俺がセリフを読むと、コメント欄に『嬉』や『恥』、『焦』といった感情スタンプの乱舞していく。

 そこまで反応してくれると、こちらも面白くなってくる。

 次は、梨穗をイメージしてみる。

 梨穗とはCM撮影で角島に行ったが、デートしたわけではない。

 ならば初デートで、一生懸命に選んだであろう服を褒めて、手を繋ぐ王道で攻めてみる。


「次に、初デートのシチュエーションで。『その服、可愛いな。よし行くか。ほら、右手を出せ。どうしてですか、だと。それは手を繋ぐからだ』」


 コメント欄に、スタンプの土石流が発生した。

 さらに投げ銭代わりなのか、メンバーシップギフトも大量に投げられていった。

 だが鈴菜、梨穗と続いたので、咲月もイメージしてみる。

 咲月は頑張りすぎるので、励ましの言葉はどうだろうか。


「今度は、励ますシチュエーションで。『そんなに頑張らなくて良い。100メートル走の速度で、フルマラソンを走り続ける人なんて、居ないだろう?』」


 相手をイメージしながらセリフを言うと、多少は感情を込められる。

 優しく言ってみたところ、『泣』、『好』、『愛』スタンプが押し寄せてきた。

 それらを眺めながら、俺はふと我に返る。


「この勢いのコメント欄で安価するの、もしかして無理ですかね?」


 するとコメント欄が、抗議のPONスタンプで埋め尽くされていった。

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