表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
22/79

第22話 不定期契約

「私、男性から呼び捨てにされたのは、初めてでした」


 日本トップ企業の創業者一族の娘。

 そんな姫君である梨穗が告白した次の瞬間、大林が強い圧を発した。

 梨穗が何かを求めれば、企業の力や法律などで、即座に支援する態勢だろうか。

 だが梨穗は、楽しそうに話を続ける。


「それって、夫婦みたいですよね」


 大林の態勢が、噴火直前の火山から、休火山へと変化した。

 噴火の兆候が無くなった大林は気にしないことにして、俺は様子を探るような言葉を返す。


「婚約者がいたら、すみません」


 自分の婚約者が、320万人の前で異性に呼び捨てされたら、嫌だろう。

 だが梨穗は、微笑を浮かべて断言した。


「婚約者なんて、居ませんよ」

「そうなんですか。意外でした」

「そうでしょうか。知能指数は、遺伝の影響が大きいという研究結果があります」

「つまり、優秀という結果が出た男性の遺伝子を選ぶわけですか」


 今世で主流なのは、男性に献精させて、国が割り振る方式だ。

 どれを割り振るのかは国が決めており、選定方法は非公開である。

 自由に選ばせると、優秀な遺伝子の取り合いになって、延々と決まらない。

 このような社会で、上級国民だけが優秀な遺伝子を選別したなら非難囂々だが、非難を回避できる方法はある。

 優秀な結果を出した人間に大金を払って、精子を提供して貰えば良いのだ。

 婚約者を作って相手が無能だった時より、よほど優秀な遺伝子が手に入る。


「はい。相手男性の同意を得れば、何も問題ありませんよ」

「そうですね。夫婦やパートナー間の人工授精に文句を付ける人間は居ませんし」


 梨穗の主張に、俺は頷いて同意した。

 パートナー間の人工授精は、前世でもごく普通に行われていたことだ。

 両者が合意しているのなら、第三者が駄目だとは言えない。

 人工授精に関わる国民の理解や周辺の法整備は、前世よりも遥かに進んでおり、代理母による出産なども認められている。

 代理出産が認められたことで、前世の夫婦に代わる女性同士のパートナー間で、社会で働く側と、出産や育児を行う側との役割分担も可能となっている。


「優れた遺伝子の基準は、知能テストや健康などですか?」

「もちろん考慮されます。精子の冷凍保存が始まった30年前、当時50歳の男性は沢山居ました。知能テストや健康の結果も、既に出ていました」

「その世代は、男女比が1対1でしたからね」


 俺は、男女比が1対1だった時代の末期頃を思い浮かべた。

 戦時中は出産が抑制されていたが、年間数十万人の男性が生まれていた。

 最難関大学で優秀な成績を収めた男性や、素晴らしい研究成果を挙げた男性ならピンポイントで調べられる。

 IQ160くらいであれば、3万人に1人の割合だ。

 現代の男女比くらいに希少な存在だが、黄川が大金を払えば、精子を冷凍保存で確保できただろう。


「成績や健康は、基準の一つです。それに音楽的な才能や、現代適応力ですね」


 梨穗は紅茶のカップを手に取ると、優雅に一口含んだ。


「音楽の創造性や革新的な思考、パターン認識能力や直感的な判断力、複雑な情報処理能力は、企業の経営能力に関わります。2週間で320万人を集めた手腕も、凄いマーケティング能力です」

「マーケティング能力ですか?」

「はい。30年前の50歳は、SNSや動画サイトの適応力を試されていません。昔と今では、成功の基準が違います」


 俺の音楽や配信の成功に、IQと同等の価値があると褒めてくれたのだろうか。

 梨穗は、本心を窺い知れないポーカーフェイスで、話を続ける。


「男性が箱庭に籠もる世の中で、悠さんみたいに飛び出す人は、ほかに居ません。男女比が偏って以降で、一番の才能かもしれません」

「そんなに褒めて頂くと、恐縮の至りです」

「本音ですよ。だって私、最初にメンバーシップギフトを配りましたよね。案件も持ち込んで、お会いしに来ました。ですから、よろしくお願いしますね」


 梨穗は、俺が知っている中学生の知能レベルではなかった。

 もしかすると梨穗は、黄川一族が2代から3代ほど優秀な遺伝子を取り入れて、さらに生まれた子供からも選別した結果なのかもしれない。

 小動物系の見た目の少女は、腹黒な話とは裏腹に、無害そうな笑みを浮かべた。そして、話は終わったとばかりに、大林に視線を送る。

 梨穗の指示を受けた大林は、徐ろに口を開いた。


「この度は案件をお引き受けいただき、誠にありがとうございます」


 低めの落ち着いた声が、応接室の空気に馴染む。


「完成したデータを拝聴しましたが、素晴らしい仕上がりでした。ラテン調の男性らしい力強さと、ノスタルジックな雰囲気が斬新で、ほかとは隔絶しています」


 話を進めろという流れだからか、大林は曲をべた褒めした。

 もちろん俺も、『それぞれの光』の次に出して比較されても、充分に耐えられると思ったくらいには良い曲だと思っている。


「ご満足いただけて、大変光栄です」


 赤城も、自信を持って応えた。

 演奏しているのは国内最高峰のジャパン交響楽団なので、悪いわけがない。

 歌うのも15歳には見合わない歌唱力の男性で、女性への訴求効果は高い。

 ベルゼ音楽事務所が用意できるCM用の楽曲として、最高の物だ。

 大林は頷くと、話を詰めていく。


「使えるフレーズが多いので、CMは何パターンか作成する予定です。それぞれ、楽曲と映像のシーンを変えて、異なる雰囲気を演出するつもりです」


 大林は、そこで言葉を切り、梨穗に視線を向けた。

 梨穗は、穏やかな笑みを浮かべながら、俺の方に向き直る。


「悠さん、CMに出演していただけませんか?」


 思いも寄らない提案に、俺は一瞬きょとんとした。


「……顔出しは、生活に支障が出そうです」


 前世には、顔出しする登録者1000万人以上の配信者が10人以上居た。

 それに比べると、現時点で400万人の俺は、大したことはない。

 だから自意識過剰かもしれないが、前世と今世では、男女比が違いすぎる。

 貧乳が俺を追いかけてきたなら、振り返って抱きしめても良い。

 だが巨乳にストーカーされるのは、嫌である。


「サングラスを掛けて、顔を出さずに出演するのはどうでしょう。駄目な部分は、放送前に編集でカットできますよ」


 サングラスをするのであれば、顔以外を出している現在と大差ない。

 ベルゼとの関係で、CMに曲を提供すること自体は決めている。

 俺は前向きに尋ねた。


「どうして出演させたいのですか?」

「私も一緒に出演して、悠さんとドライブしたいからです」


 梨穗は、楽しげに微笑んだ。

 そして直後には、自身の発言をフォローする。


「もちろん、私はタレント役で出演しますよ。車って、家族で乗るものですよね。母親役のタレントが運転して、後部座席には兄役の悠さんと妹役の私。それなら、自然ですよね」


 梨穗の主張は、俺が出演する場合には、別におかしくはない。

 今世では、女性同士がパートナーとなって、人工授精で1人ずつ子供を生むこともある。

 最初に男児が生まれても、もう1人は子供を生めていないので、出産する。

 あるいは先に姉が生まれて、下に弟が生まれるケースもある。

 兄妹は、母親に連れられて出かけることもあるだろう。

 だから、男性を子供として出演させる場合、その姉妹の登場はおかしくない。


 なお出産する母親が異なり、遺伝子提供する父親も異なるので、兄妹は血が繋がらない。

 そのため姉妹は、男性が結婚する場合の最有力候補となる。


「320万人の前で、黄川の娘を名前で呼び捨てにされたわけですから、恋人役で違和感は無いですよね」


 目の前に居る無邪気なリスの腹は、きっと黒い。

 そんな風に思ったが、そのリスの身体の一部は、ぺったんだ。

 黄川一族ではなく、単なるガチ恋勢であったなら……と、思わなくもない。


「顔出しを避けることにご配慮頂けるのでしたら、吝かではありませんが、楽曲提供よりも出演のほうが、依頼料は高くなるのでしたか」


 せめてもの反撃を試みたが、黄川が相手では、無駄な行動だ。


「それなら契約金有りにして、不定期の専属契約を結びましょう。男性の出演者は有為ですし、うちのCMに出たら、同業他社には出られませんから」


 梨穗は、大林に視線で同意を求めた。

 すると大林は、首を縦に振る。

 対して俺は、同席している赤城に視線で問うた。


「CMに出たらイメージが付くから、同業他社では出られないね」


 黄川で出演した場合、ほかの自動車メーカーのCMには出られないわけだ。

 その代わり、黄川で期間を定めず、CMに使うと言っている。

 契約金が入るし、次の楽曲を出せば、それも使ってくれて宣伝になる。

 同業他社のCMに出られなくても、俺に困ることはない。


「分かりました。不定期の専属契約で構いません」

「判断力と決断力も高くて、とても素敵です」


 腹黒リスが、嬉しそうに両手を合わせて微笑んだ。


「きっと長いお付き合いになります。連絡先、交換しないといけませんね」


 梨穗はスマートフォンを取り出して、嬉しそうに歩み寄ってきた。

 なお年収4000万の大林は、見事に視線を逸らして、窓の外を眺めていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
転生陰陽師・賀茂一樹

私の投稿作が、TOブックス様より刊行されました。
【転生陰陽師・賀茂一樹】
▼書籍 第6巻2025年5月20日(火)発売▼
書籍1巻 書籍2巻 書籍3巻 書籍4巻 書籍5巻 書籍6巻
▼漫画 第2巻 発売中▼
漫画1巻 漫画2巻
購入特典:妹編(共通)、式神編(電子書籍)、料理編(TOストア)
第6巻=『由良の浜姫』 『金成太郎』 『太兵衛蟹』 巻末に付いています

コミカライズ、好評連載中!
漫画
アクリルスタンド発売!
アクスタ
ご購入、よろしくお願いします(*_ _))⁾⁾
1巻情報 2巻情報 3巻情報 4巻情報 5巻情報 6巻情報

前作も、よろしくお願いします!
1巻 書影2巻 書影3巻 書影4巻 書影
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ