第02話 男性配信者
国会が悪法を通そうとしていると知ってから、およそ1ヵ月。
高校生になって一定の自由を得た俺は、新人配信者として、SNSでの活動を開始した。
「はじめまして、これから活動を始める男性配信者の森木悠です。よろしくお願いします」
森木悠という活動名は、本名の前塚悠矢をもじっている。
名前を本名に近くしたのは、自分が呼ばれて違和感が無いからだ。
悠矢から矢を外して、それを木製のイメージで苗字に用いた。
最初の投稿は、実にシンプルだ。
だが『#新人配信者』、『#配信者準備中』、『#男性配信者』のタグは付けており、熱心な人々からは確実に閲覧される。
投稿してから4時間。
まとめサイトか匿名掲示板に転載されたのか、当初0人だったフォロワー数が、今では200人以上に増えている。
もっともコメントは、あまり品の良いものではない。
『また、自称男が出てきたよ』
『顔を出さずにボイチェン使えば、貧乳なら男装できるしね』
『男性の証拠みせてくださーい』
『ヒント・今日は4月1日』
男性は、存在自体が三毛猫のオス並に希少だ。
さらに生活支援金が入るので、わざわざ働かなくて良い。
そのため男性は滅多に居ないし、居ても配信者をやらないのが常識だ。
逆に女性の場合、男性だと偽れば、登録者数が爆発的に増える。
それで収益化すれば、月額メンバーや投げ銭で大いに稼げる。
誰も信じないことは予想していたので、俺は準備していた証拠を投稿した。
『それでは証拠を載せていきます。まずは正面から撮った、首から下の全身写真』
写真を投稿すると、荒れていた挨拶の返信欄が一瞬停止した。
そして写真の返信欄に、コメントが押し寄せてくる。
『完全に男子の体付きっ!?』
『画像検索したんだけど、ネットに類似画像が無いんですけど』
『これって10代半ばくらいの男子じゃない?』
『森木悠って書かれた紙が一緒に写っているけど、解析班、どうなの!?』
俺の自撮りなのだから、ネットに類似画像が無いのは当然だ。
だが1枚の写真で確信してもらえるほど、この世界は甘くない。
俺は、さらに用意していたものを公開する。
『配信サイトのショートに、自己紹介の動画を載せました……リンクっと』
公開したのは、首から下の実写で、『はじめまして、これから活動を始める男性配信者の森木悠です。よろしくお願いします』と言っている俺自身だ。
ちなみに手には、セリフが書かれた紙を持っており、紙には現在発信中のSNSのアカウント名も書いてある。
ネット民の反応は、劇的に変化した。
『最初から信じていました!』
『声、すごく格好良いですね』
『写真で居場所が特定されることもあるけど、座標消していますか?』
『どうして、配信活動を始めるんですか』
最初から信じていました派、情報を聞き出そうとする派、お姉さん心配だよ派が入り乱れて、返信欄が伸び続けていく。
SNSの通知が止まらなくなり、俺は慌てて非通知にした。
その間も、まとめサイトへの転載やシェアは広がっていく。
『本当に男性なので、その点は安心して下さい。細かいことは配信で』
その投稿で切り上げようとしたが、俺は三毛猫のオス並に希少な男性にして、配信するツチノコ並に奇異な存在だ。
ネット民が見逃すはずもなく、答えざるを得ない質問で引き留められる。
『いつデビューしますか?』
配信者のデビューは、SNSで数ヵ月の活動を続けて、数百人のフォロワーを獲得した後が目安とされる。
過去の活動のフォロワーを引っ張れたり、SNSで上手く発信出来たりすれば、四桁以上のフォロワーで初配信を迎えられる場合もある。
一定数を確保してから配信を始めるのは、初配信後に自分のイメージと異なった視聴者が、脱落してしまうからだ。
配信者の一人語り、配信者と二人きり、少数の内輪には、新規が入り難い。
一人語りは気まずいし、1対1だと視聴者も離れられなくて負担が大きいし、内輪に入っても話題に付いていけない。
すると、活動が長続きしない。
配信前にフォロワー数を増やすのは、基本中の基本だ。
――前世だと、大手を辞めた人で、初配信が数十万人のケースもあったな。
激レア生物であるツチノコのポテンシャルは、如何ほどだろうか。
チラリとSNSを見ると、通知を止める方法を探している間にフォロワー数が増えており、四桁まで届きそうになっていた。
『フォロワーやチャンネル登録者が5桁になれば、すぐに配信します』
5桁に届かなそうなら、ショート動画で地道に活動だろうか。
そう思っていると、フォロワーが協力を申し出てくれた。
『分かりました。宣伝しておきますね』
『ありがとうございます。よろしくお願いします』
お礼を伝えると、さらに協力者が増えていく。
『私も宣伝しますよ!』
『シェアします!』
『友達に広めます!』
『ありがとうございます。とても助かります』
翌日、俺はすぐに配信しなければならなくなっていた。