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転生音楽家 ~男女比が三毛猫の世界で歌う恋愛ソング~  作者: 赤野用介@転生陰陽師7巻12/15発売
第1巻 男女比三毛猫

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19/79

第19話 3曲同時制作

 咲月への楽曲提供を終えた後、俺はマネージャーの黒原に呼ばれて、別の会議室に赴いた。

 会議室には、黒原のほかに、社長の赤城の姿もあった。

 社長とはオンライン会議で顔を合わせているが、直接会うのは初めてである。


「お待ちしておりました、森木さん」

「森木悠です。直接は、初めてお目にかかります」


 俺が頭を下げると、赤城は鋭い視線を和らげ、口元に微かな笑みを浮かべた。

 初めて対面したときと変わらぬ、計算された穏やかさだ。

 眼光の鋭さは、捕食者のヘビを連想させる。

 さしずめ赤のイメージは、ヘビの舌に更新である。


 一方で黒原は、ブラックのように淡々とした様子で、手元に資料を揃えている。

 無駄のない動きで、ビジネスライクに徹する意志が感じられた。


「早速だが、本題に入らせてもらうよ」

「はい。よろしくお願いします」


 俺が首振り人形と化しているからか、赤城は余計な社交辞令は口にせず、端的に要件を伝え始めた。


「先日、鈴菜から申し出があった。ジャパン交響楽団に、咲月の曲の演奏も依頼してくれるそうだ」

「どうしてですか?」


 赤城の言葉に、俺は軽く眉を寄せた。

 鈴菜が自分の曲のために、自費で交響楽団を手配したことは、理解できる。

 お嬢様で実家には金とコネがあり、最高の曲を作りたかったからだ。

 曲が売れれば、鈴菜にも金銭的なリターンがある。

 間違いなく売れると分かっているので、依頼は無駄遣いではなく、必ず儲かる投資でもある。

 だから、交響楽団を手配したことは凄いと思いつつも、納得している。


 だが、咲月の曲まで依頼してくれる理由は分からない。

 俺が考え込むと、黒原が視線を上げ、淡々と話した。


「森木さんは、最初は鈴菜に一番好きな曲だと言って、楽曲提供されました。その場で咲月にも提供を申し出られましたが、鈴菜が咲月に対して何も配慮しないと、気まずくなるかもしれません」


 黒原が説明したとおり、俺は咲月の前で、鈴菜に対して一番好きな曲だと言って楽曲提供を申し出ている。

 このまま曲を作ったら、鈴菜は一番良い曲をジャパン交響楽団の演奏で出して、咲月は二番以下の曲を劣る音源で出すことになる。

 ライバル関係なら、コネを作れないほうが悪いと見なして終わりだ。

 だが二人は、楽曲提供者の俺を含めた同じバンドメンバーである。


「それで鈴菜が、ジャパン交響楽団への依頼を申し出たんですね。だから、この場にはサブマネージャーの咲月が同席していないと」

「そういうことです」


 俺は、思わず嘆息した。

 咲月はサブマネージャーでもあるので、俺から鈴菜への楽曲提供を知らないのも問題だが、伝え方というものがある。

 秘書検定を持っているとはいえ、咲月は15歳だ。

 俺は前世で三十路の社会人だったのに、何をやっていると反省せざるを得ない。


「交響楽団への依頼料は、経費としてベルゼが出すことにしました。咲月と鈴菜の手出しはありません。この件に関しては、森木さんへの報告というだけです」

「そうですか。ご配慮ありがとうございます」


 鈴菜が問題を解決して、事務所が後始末をして、俺も事情を把握した。

 必要な仕事を終えた黒原は、任務完了とばかりに口を噤む。

 代わりに口を開いたのは、赤城のほうだった。


「二人の楽曲は、すべての形態でリリースするよ」

「すべての形態ですか」


 すべての形態とは、何だろうか。

 前世と今世では、音楽の流通形態に違いがあるかもしれない。

 俺の知識が通用するのか、確認しておくべきだと判断した。


「具体的には、何になりますか」


 そう問い返すと、マネージャーである黒原が説明する。


「現在の音楽業界では、CDなどの物理メディアの販売は続いていますが、主流はデジタル配信です」

「デジタル配信というのは、具体的にどのような形態でしょうか?」

「ストリーミングサービスと、デジタルダウンロードです」


 俺は黒原に軽く頷きながら、話の続きを促した。


「ストリーミングサービスは、インターネットを介して動画や音楽などを配信するサービスのことです。利用者は月額料金を支払うことで、膨大な楽曲を聴き放題になります」

「いくつかの大企業が提供していますね」

「はい。現在の音楽市場では、最も主流な形態になっています」


 前世と今世は、世界線が異なる同じ時代の日本同士だ。

 80年前に太陽フレアの異常活動があったが、現在80歳以上の男性は男女比が1対1で生まれており、10年ほど前までを支えてきた。

 技術力に大差は無くて、むしろ不足が予見された労働力を肩代わりするために、IT化や機械化が進んでいった分野もある。

 当然ながら、ストリーミングサービスも生まれていた。


「次にデジタルダウンロードですが、そちらは曲単位やアルバム単位で購入して、ダウンロードして所有する形式です。ただし、シェアは減少傾向にあります」

「なぜ減少しているのでしょうか?」


 黒原は少し表情を引き締め、理知的な口調で説明した。


「デジタルダウンロードは、楽曲ごとに購入が必要です。沢山の曲を聞く場合は、ストリーミングのほうが、コストパフォーマンスに優れています」

「コスパ重視、流行っていますからね」


 黒原の説明に、俺は納得した。

 前世との違いは、あまり無いらしい。


「容量の問題もあります。ストリーミングはクラウド管理ですから、容量を消費しません。オフライン再生機能もありますから、デジタルダウンロードの優位性は、月額料金が掛からなくなる以外に、もう殆どありません」


 音楽事務所のマネージャーが言うのであれば、よほど差が付いているのだろう。

 俺は固定費が掛からない買い切りが好きだが、端末を変えるごとにデータを移す手間が掛かるので、俺ですらストリーミングサービスのほうが便利だと思う。

 黒原は、話を続ける。


「最後に物理メディアですが、特典付きCDなどが販売されています」


 俺は思わず、前世のアイドルグループを思い出した。

 握手券付きのCDが大量に売られて、熱心なファンが何百枚も購入していた。

 CDは中古で売られたり、不法投棄されたりして、それが捨てられている画像がネットに出回ったりもしていた。


 なぜCDの特典として売るのかと言えば、法律の規制を避けるためだ。

 金を払えば10代の女子に触れる商売をすると、風俗法に引っ掛かる。

 だがCDを買ってくれたファンへのサービスであれば、違法ではない。


 ――今世は、異性の歌手が居ないから、握手券商法は無いか。


 女性が、女性アーティストの握手券を求めて大量にCDを買うとは考え難い。

 するとCDの市場は、前世よりも小さいかもしれない。

 その考えを裏付けるように、黒原が補足した。


「若者を中心に、ストリーミングの利用が広がっています。CDプレイヤーを搭載していない新車も増えました。現在はストリーミングが主流となり、ほかの形態を引き離しています」


 今世の状況的に、わりと引き籠もらざるを得ない男子としては、車の話は勉強になった。


「それでも二人の楽曲は、すべての形態でリリースするのですね」

「選択肢が多いほうが、幅広く売れますので」

「分かりました。発売が近くなったら、それを踏まえて、私も宣伝します」


 三つの発売形式について説明を受け、俺は頷きながらそう告げた。

 赤城は満足げに頷いた後、次が本題だと言わんばかりに不敵な笑みを浮かべた。


「ところで、3曲同時にリリースするのはどうだろう」

「3曲同時ですか?」


 俺はオウム返しに答えながら、首を傾げた。

 3人のバンドで、鈴菜と咲月が曲を出すのだから、3曲なら残りは俺だろう。

 いきなり曲を作れと言っても、普通は作れないのだが、曲自体は既にある。


 初配信で弾き語りをして、今はメンバー限定で載せている『星降る海辺』。

 ベルゼとの提携に理解を得るべく公開した『夢追い人』と『それぞれの光』。

 それらは、俺がギターだけで演奏している。

 だから楽器を増やせば、投稿した演奏と差別化できて、売り物にはなる。


「同じ週に発売すると、ランキングで競合する。だから鈴菜、咲月、森木さんの順で、1週間ずつずらして出すのはどうだろうか」


 ベルゼを介して出せば利益は折半だが、出さなければ利益はゼロだ。

 出したところで、登録者やメンバーは減らないだろうから、損も無い。

 だが配信サイトに載せた『夢追い人』や『それぞれの光』、それにメンバー限定の『星降る海辺』を使うのは、どうかと思う。

 あまり乗り気になれなかった俺は、消極的に訴えた。


「発売できるクオリティの演奏をするには、それなりの練習時間が必要です。咲月さんと鈴菜の練習時間を考えると、3曲同時は難しいのではありませんか」

「その点は問題ない。鈴菜が、森木さんの分も依頼すると申し出ている」

「はあっ?」


 赤城の言葉に、俺は唖然とした。

 咲月に関しては理解したが、なぜ俺までと考えざるを得ない。

 いや、本当は想像できなくもない。

 咲月との関係を考えて、ジャパン交響楽団を手配したほど配慮する鈴菜だ。

 一番好きな曲を楽曲提供して、歌のためにデートにも付き合ってくれたお礼の一環なのだろう。


 それに同じバンドメンバーが曲を出せば、絶対に比較される。

 1曲の演奏だけが劣っており、それを担当しているのが俺達3人のバンドだと、俺達の演奏にマイナスイメージが付く懸念もある。

 そこまで鈴菜が考えているのであれば、申し出を受けたほうが良い。


「確かバンドメンバーで1曲ずつ出したらどうだろうか、というお話しですよね」

「そうだね」


 赤城が肯定したので、俺は提案してみた。


「次の動画投稿用に用意していた4曲目がありますので、それを出します」


 こうして俺達3人は、それぞれ1曲ずつを出すことになった。

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