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第15話 水族館デート 後編

 昼食を摂った後、俺達は水族館巡りを再開した。

 次に向かったのは、ペンギンを飼育しているエリアだ。

 海が至近にあるため、潮の香りが微かに漂い、水音も聞こえてくる。


「ペンギンの飼育が上手く行くのは、ペンギンの生息地に近い気候もあるからだとテレビでやっていたなぁ」

「そうなんですの?」

「マゼランペンギンが4月頃に繁殖地にしている南米のパタゴニアは、海洋性気候で湿潤、夏は日本のほうが暑いけど、冬の寒さは同じくらいだそうだ」


 俺達が踏み入った通路の先には、マゼランペンギンのエリアが広がっていた。

 そこには広々とした人工の岩場が作られ、その上を何羽ものペンギン達が歩き回っている。

 陽光に照らされた水面がきらきらと輝き、その中ではペンギン達が優雅に泳ぎ、軽やかに水中ターンを決めていた。

 陸上では、ペアで寄り添って、毛づくろいをしている姿も見られた。


「小さくて可愛いですわね」


 鈴菜の瞳は、無邪気に動き回るペンギン達に釘付けとなった。

 マゼランペンギンは、日本で一番飼育されている種類のペンギンだ。

 南米の沿岸部が原生地で、黒と白のコントラストが特徴的な奴等である。

 日本では岩場を再現した環境で飼育されており、自然に近い生態を見られる。


 ふと、飼育エリアの一角に目をやると、小さなふわふわの雛が親ペンギンの足元で甘えるように身を寄せていた。

 灰色の綿毛に包まれた姿は、親鳥よりも丸みを帯びている。


「雛も居ますわ」

「4月だからかな」


 俺達の視線の先では、親ペンギンがヒナに餌を与えているところだった。

 親ペンギンは、くちばしの中に蓄えた魚を半消化して、それを小刻みに震わせながらヒナに与える。

 雛は、親の足元で口を大きく開き、餌を受け取っていた。


「魚は水槽を泳いでいるけど、自然と違って穫ったら直ぐに運べるから、消化はどうなるのかなぁ」

「そうですわね」


 鈴菜は同意したが、水族館が上手くやっているのだろう。

 日本の水族館はペンギンを繁殖させるのが上手すぎて、数が増えすぎるために、卵を偽物に入れ替えて、個体数を抑制しているほどだと聞いたことがある。

 そんな中で生まれたヒナは、とても元気そうにしていた。


「ペンギンって、夫婦で協力し合うのですわね」

「そうみたいだな。オスとメスが交代で卵を温めたり、ヒナが育つまで交互に餌を穫りに行ったりして、協力するらしい」

「昔の人間みたいですわね」


 タコよりはペンギンのほうが、かつての人類の繁殖方法に近いだろう。

 マゼランペンギンは、毎年同じ営巣地で、同じ相手と繁殖することが多い。つがいのペンギンは、仲むつまじく子育てをしている。

 そんな光景を見つめながら、鈴菜は静かに呟いた。


「わたくしは、ペンギンのほうが好きですわ」


 鈴菜はしばらくの間、ペンギン達の様子を静かに眺めた。


 それから俺達は、ほかのエリアを回らず、お土産コーナーへと向かった。

 いくつもあるショップには、水族館で飼育されている生物をモチーフとして、食品、ぬいぐるみ、キーホルダー、タオルやバッグなど様々な雑貨が並んでいた。


「一体、何店舗あるんだ」

「凄く沢山ありますわね」


 10は越える店舗数に、俺は若干引いたが、鈴菜は表情を輝かせた。

 そして方々に目移りしながら、店舗を見て回る。


「買いたい物が多いのに、残念ですわ」


 初デートで爆買いすれば引かれるし、彼氏を荷物持ちにできないし、自分で荷物を持ちすぎて両手を塞ぐことも出来ない。

 男女比1対3万の今世で、女性がその行動に走ることは、流石に有り得ない。

 欲しいのに買えないジレンマを抱えながら、鈴菜は懸命にお土産を探している。

 その様子を眺めつつ、俺は鈴菜へのプレゼントを探した。


 ――ちょうど、オスとメスがあるな。


 ふと目に付いたのは、ペンギンのキーホルダーだった。

 俺は鈴菜に気付かれないように、素早く2個を選んでレジに持っていった。

 そしてレシートと一緒に、ポケットに放り込む。


「悠さん、もう決めましたの?」

「まあな」


 鈴菜が声を掛けてきたので、俺は表情を取り繕いながら答えた。


「鈴菜は、何か選んだのか」

「決めきれませんわ。一緒に選んで下さいませ」

「それは……責任重大だ」


 女子の買い物は長い。

 俺は鈴菜の買い物に付き合いつつ、なぜお土産コーナーが最後のエリアにあるのかを思い知った。


 ――横浜は、少し遠かったかもしれない。


 やがて帰るべき時間になり、俺達は駐車場へと向かった。

 日が傾き始めて、少し肌寒くなってきた。


「とても楽しかったですわ」

「俺も楽しかったよ」


 本心から言うと、それを察したのか、鈴菜は少し頬を染めながら微笑んだ。

 駐車場に着くと、朝と同じ黒塗りの高級車が静かに待っていた。


「それじゃあ、プレゼントだな」

「はい?」


 振り向いた鈴菜に、俺はポケットから小さな紙袋を取り出した。


「初デートの記念のプレゼントだ」

「あっ、あの時のですわね」


 残念ながら、買ったこと自体は見られていたらしい。


「ありがとうございます。何を選んで下さいましたの」

「開けてみてくれ」


 俺が言うと、鈴菜は紙袋を開いて、中からプレゼントを取り出した。

 すると、クチバシをツンと伸ばしたペンギンと、少し小さめのペンギンのキーホルダーが姿を現した。


「オスが俺で、メスが鈴菜のイメージ」

「えっ?」


 鈴菜は、もう一度キーホルダーに視線を落とした。

 オスのペンギンは、少しツンとした表情をしている。

 一方のメスは、スラリとしたシルエットで、どこか品のある雰囲気があった。


「ふふっ、本当ですわね」


 鈴菜は楽しげに微笑みながら、そっとペンギンのキーホルダーを指で撫でた。


「ありがとうございますわ、大切にしますわ」


 そう言った鈴菜は、プレゼントを袋に戻していく。

 そして大切そうに、ショルダーバッグに仕舞い込んだ。


「それと……」


 俺は、護衛のリーダーに目配せした。

 すると護衛の一人が、鈴菜が乗る車の後部座席のドアを開ける。

 車内には、沢山のお土産が積み込まれていた。

 シロイルカやシロクマのぬいぐるみ、ラッコのストラップ、カワウソが描かれたペアのコップ、ティーカップ、シロイルカのエコバッグ、バイカラートート。

 いくつかのデザインの竹繊維ミニタオル、チンアナゴの置物、水中をイメージしたガラス細工、文房具、ハンカチ、キーホルダー……。


「えっ?」


 キョトンとした鈴菜に俺は説明する。


「鈴菜がカフェで席を外した時、護衛の人にお金を渡して、買ってきてもらった。初デートのプレゼントは、今日しか渡せない。1つだと普段使い出来ないだろう」


 プレゼントの山を前に、鈴菜の瞳が揺れている。

 驚きと喜び、そして戸惑いが入り混じった複雑な瞳だった。


「こんなにしてもらって、わたくし、お返しができていませんわ」


 鈴菜は、申し訳なさそうな声を出した。

 俺としては、鈴菜が最高の歌を歌ってくれれば良い。だが、これでは気後れして、逆効果になったかもしれない。

 そんな言い訳を並べつつ、俺は自分でも思いがけない行動に出た。


「それじゃあ、お返しをもらおうかな」

「えっ?」


 鈴菜が顔を上げた瞬間、俺はそっと彼女に、顔を近付けた。

 鈴菜の瞳が、大きく見開かれる。戸惑いを含んだその表情が、俺の顔に近付くにつれて、赤く染まっていく。


 鈴菜は、少し上目遣いになって、僅かに身を引いた。

 だが、俺は鈴菜を見詰め続ける。

 やがて鈴菜は、小さく息を整えると、そっと目を閉じた。


 春の風が、静かに吹き抜けていく。

 だが、寒くはなかった。

 夕陽がオレンジ色に染まる中、俺は鈴菜の唇に、そっと口付けを落とした。

 こうして、俺たちの初デートは幕を閉じた。

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