第01話 男女比1対3万
眩しい陽の光がカーテンの隙間から差し込み、頬を照らした。
ベッドから手を伸ばすと、スマホには3月3日の午前9時と表示されている。
――昨日、中学を卒業したから、目覚ましを掛けていなかったな。
全日制の中学なら卒業式前だが、通信制の場合は少しだけ早い。
もっとも、俺が通信制に通ったのは楽をしたかったからではなく、男子が全日制に通うハードルが高すぎたからだ。
テレビを付けると、ちょうど原因を話していた。
『太陽フレアの異常活動による有害紫外線の発生から、本日80年を迎えました。有害紫外線が人類のY染色体を破壊して、かつて1対1だった新生児の男女比は、今では1対3万になりました。この80年、社会は大きな変化を迫られました』
前世の俺は、男女比が1対1の世界で、三十路の社会人だった。
今世では、男女比が1対3万の世界で、義務教育を終えたところだ。
時代は同じだが、80年前から極端な違いがあるので、世界線は異なるらしい。
そんな今世では、男性が通学できる環境が整わず、通信制にせざるを得ない。
『50年前、男児を出産した実母に、生活支援金が支給されるようになりました。また30年前からは、18歳から48歳までの献精に応じる男性に、生活支援金が支給されています』
現在は80歳以上となった男性達が年を取るにつれて、国は人工授精用の精液を確保する必要に迫られた。
そこで対価として、勤務医と同程度の生活支援金を支給することになった。
女性は男児を出産、男性は献精すれば、それぞれ現役世代の間は勤務医並の支給があり、60歳になれば勤務医並の年金収入を与えられる。
献精しない男性には、その分の減額があるので、金による半強制だろうか。
俺が、なんとなくで通信制の高校に進学したのは、働かなくても暮らしていけるアテがあるからだ。
現時点で50歳以下の男性は、殆ど社会に出ていない。
『人工授精では、男児が殆ど生まれないという統計も出ています。それはY染色体を持った僅かな精子が、採精後に長時間は生きられないからで……』
テレビでは問題を話しているが、人工授精のほうが出産機会は増えるので、一長一短ではないかと考えられてきた。
独身貴族を謳歌するか、誰かと結婚するのかは、男性の自由だ。
『男女比の問題を改善すべく、結婚を義務化する法案が国会に提出されています。今週末には成立する予定で、20歳まで未婚の男性は、国でマッチングした5名と22歳までに重婚することに……』
「……はあっ?」
公共放送のアナウンサーが、馬鹿っぽいことを宣った。
現在はひな祭りの真っ最中で、4月1日のエイプリルフールにはまだ早い。
男の国会議員は何をしていると思ったが、そういえば1人も残っていなかった。現在80歳以上の男達は、昼も夜も頑張りすぎて、寿命を縮めたのである。
女性だけで多数決を行えば、女性の意見が通るに決まっている。
生涯孤高を保つ男性の選択肢は、女性によって否決されてしまったらしい。
「見知らぬ5人と重婚とか、アホすぎる」
妻が1人だけでは、妊娠中に自然性交が行われなくなる。
それを避けるために、「相手を5人にしてみました」ということなのだろうか。
女性の半数が結婚を希望した場合、男女比が1対3万なので、男性1人に対して女性1万5000人が候補者となる。
1万5000人から5人を選ぶなら、3000人に1人。
政府は希望者を点数付けして、より良い女性を選ぶだろう。
だが、待ってほしい。
たとえば貧乳教徒が、巨乳5人を妻に宛がわれると、どうなるだろう。
「いっ、いっ、嫌だーっ!」
女性が考える理想的な女性像は、男性の好みに合うとは限らない。
リンゴ以下の果物が好きなのに、男達はメロンやスイカが好きだと決め付けて、椅子にロープで縛り付けて、「ほら食べなさい」と口元に押し付けてくるわけだ。
それは拷問である。
「嫌だ、嫌だ、絶対に嫌だ」
大正時代の日本人女性は、平均身長150センチメートルほど。当時は、巨乳という言葉自体が存在しなかった。
日本人男性の遺伝子には、アメリカンなボインボインではなく、ジャパニーズなスレンダーが相手だと刻まれている。
国会の女性議員達は、そういう女性をマッチングさせてくれるだろうか。
おそらく、そういうことは絶対にしない。
なぜなら女性は、巨乳が良いという間違った固定観念に囚われているからだ。
「こうなったら、自分で探すしかない。配信者でもやるか」
お見合いには時間と費用が掛かり、相手が好みに合わなくても、断り難い。
だがネットであれば、一度に沢山の相手へ自分を売り込める。
顔さえ出さなければ、街を歩いていても特定されない。
自分を推してくれる視聴者のSNSを見て、載っている写真から好みを探して、サブアカウントなどで連絡すれば良い。
「通信教育を受ける男子は、誰でもパソコンとカメラを持っているんだよな」
貧乳教徒の俺は、自らの信仰を保つべく、聖戦を始めることにした。