鏡花計画
「……まさか、父がここまで深く関わっていたなんて」
事務所に戻った紗香は、父が遺した手帳を机に広げていた。
地下鉄ホームで見つけた「鏡花」という文字。それは偶然ではなかった。
手帳の一部――破かれていたページの裏に、薄く書き込まれていた文字列が見つかったのだ。
《鏡花計画:1959年/初期実験開始》
《対象:生体石化反応と血液因子の関係性》
《成功例:No.04 対象“K” 仮死状態維持》
《要注意:覚醒時、人格崩壊の兆候あり》
「生体……石化?」
祐一は静かに手帳を読み取りながら、思考を巡らせる。
その言葉は、かつて警察内部でも一時期、噂されていた**“旧時代の極秘研究”**を彷彿とさせていた。
**
「父は……ただの民間の探偵じゃなかった。少なくとも、そう見せかけていた」
紗香の声には、震えが混じっていた。
彼女が知らなかった“父のもうひとつの顔”。
鏡花探偵事務所はかつて、「政府や一部機関の依頼も受けていた」との噂はあったが、それはあくまで都市伝説のようなものだと思っていた。
だが、鏡花計画――それは現実に存在し、父は関与していた。
**
祐一は、公安時代の記憶を引き出すように、ゆっくりと語った。
「俺がまだ若かった頃、“石化現象”にまつわる通報が、年に数件だけ記録に残っていたことがある。
でもすべて、“錯乱者の妄言”として処理された。……今思えば、それこそが、“消された痕跡”だったんだろうな」
祐一の目が鋭くなる。
「この“対象K”ってのが、今どこにいるか分かれば――きっと次の手がかりになる」
**
紗香がページをめくると、次に記されていたのは座標のような数字と、ある施設名だった。
《座標:北緯35度41分 東経139度41分》
《施設名:東都医療保護センター(旧・第一精神医療研究所)》
《備考:No.04 収容中》
「この場所、まだ存在してる……?」
祐一はすぐにノートPCを開き、座標を地図に落とし込む。
表示されたのは、東京郊外――現在は使われていない旧精神医療施設だった。
**
「行こう。次はこの施設を調べる」
祐一が立ち上がると、紗香はふっと小さく笑った。
「……こうして動くとき、あなたって本当に公安っぽいわね」
「勘が戻ってきただけさ。けど、動いてるのは“探偵”としてだよ」
**
ふたりは静かに部屋の明かりを落とし、準備を始める。
この施設の先に、“鏡花計画”の真実が眠っている――そして、失踪した人物たちの“答え”があるかもしれない。
**
だがその夜。
鏡花探偵事務所の向かいの路地で、一人の男が立っていた。
無言のまま、祐一と紗香の部屋を見つめるその男の腕には――奇妙な白い結晶が浮き出していた。