灰の記憶、姉妹の影
静まり返った観測室の中で、録音の余韻が空間を包んでいた。
「姉妹」――その言葉は、紗香の心に深く突き刺さっていた。
「私に……姉妹がいたなんて……」
「ただの比喩じゃないと思う。君の父親がこの実験を主導していたとしたら……
実際に“遺伝的に近い個体”を扱っていた可能性がある」
祐一の言葉に、紗香は小さく頷いた。
「でも、どうして私の記憶からその存在が抜け落ちてるのか……
父は何を守るために、何を隠したの?」
**
観測室を後にし、ふたりは都庁跡地を後にした。
その足で向かったのは、紗香の実家――今は空き家となった旧・鏡花家。
屋根裏部屋に、父の遺した研究資料が保管されているという。
「ここには……生前、父が“誰にも見せるな”と言っていた資料があるの」
鍵のかかった古い箱。
その中には、分厚い手帳と数枚の写真、そして一枚のDNA鑑定書が入っていた。
手帳にはこう記されていた。
『No.27 冬原薫、No.28 柚山紗香。
二人は、“同一胎内由来の対照被験体”。
異なる経路に分け、観察・管理する。
※紗香には、石化抵抗因子が確認されず。記憶保護処置を施行。』
「……胎内由来……つまり、私と薫さんは……双子?」
紗香が呆然と呟く。
「一人は“実験対象”として、もう一人は“観察対象”として育てられた……
君の記憶が途切れているのは、実験環境から守るためだった」
手帳の最後にはこう書かれていた。
『灰に染まる世界で、彼女たちが何を選ぶか――
それこそが、石化を超える鍵となる』
祐一はそのページを見つめたまま、しばらく黙っていた。
「……君たちは、“石化現象に対抗できる鍵”だってことか」
そのとき、紗香のスマートフォンに非通知の着信が入った。
躊躇いながら応答すると、機械的な声が応えた。
「柚山紗香。君は追われている。
君の“血”は、今や国家と敵対する組織の争奪対象だ。
会いたければ、明日、文京区の“白坂病院跡地”へ。――薫より」
「彼女が……会いたいって」
「だが、簡単に行ける場所じゃない。監視されてる可能性がある」
紗香はまっすぐ祐一を見た。
「それでも行くわ。たとえ罠でも、私は……私の記憶を取り戻したい」
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夜。
ふたりは再び、記憶と陰謀の核心へと足を踏み出す。