記憶の継ぎ目
旧都庁跡地――
すでに再開発が止まり、フェンスに囲まれたその区域は、昼間でもひどく静かだった。
地下施設があったと言われるが、正式な記録は残っていない。
「ここで……薫が目撃された?」
「そうらしいわ。だとしたら、彼女は“戻ってきた”のかもしれない。自分の記憶を取り戻すために」
祐一はフェンスの切れ目を見つけ、そっと身を滑り込ませた。
紗香も続く。中はコンクリートのがらんどうで、何もないはずだった――
だが、地下へ続く階段が残されていた。
「閉鎖されてると思ってたのに……残ってたのね」
「いや、残ってるんじゃない。誰かが“残した”んだ」
階段を下りる。コンクリートの壁、薄暗い照明、埃の匂い。
やがて、奥に小さな扉付きの観測室を見つけた。
そこには一冊のファイルが、埃を被った机の上に置かれていた。
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《研究記録:特異血液実験班(旧第七班)》
被検体名称:No.27「冬原K」
特異性:高代謝性血液・石化抗体反応あり
推定起源:不明(血液型ABRh-/希少遺伝因子)
関連コード:鏡花-YZ・特例対象
※精神不安定につき、記憶操作を施行
→施術日:◯年◯月◯日/担当:Dr.鏡花誠一
「……“鏡花”?」
祐一は息を呑んだ。
「……父の名前よ。間違いないわ。
この実験に関与してたなんて……知らなかった」
祐一がページをめくると、記録写真の一枚に目が止まった。
「この写真……彼女?」
紗香の手が震える。
「違う。……これは私よ。子どもの頃の私」
彼女の瞳が揺れる。
祐一は、無言で彼女の隣に立った。
やがて、紗香がぽつりと呟く。
「私の記憶には、こんな場所も、実験もない……
でも確かに、“この空気”を知ってる」
祐一は言う。
「……紗香、君も実験対象だった可能性がある。
薫と、同じく“選ばれた存在”として」
そのとき、観測室の天井スピーカーからノイズが走った。
ざらついた音声の中から、女の声がした。
「……聞こえますか、柚山紗香さん。
これは録音です。記憶を失っても、あなたがここへ戻ってくると信じていました」
「私は冬原薫。私たちは、同じ実験室で育てられた“姉妹”です――」
録音は、そこで切れた。
紗香は言葉を失ったまま、ファイルの中に挟まれた小さな紙片に目をやる。
そこには手書きの文字があった。
『灰に還る前に、もう一度あなたに会いたい』