失われた鍵
金属扉が軋む音を立てて閉まった。
祐一と紗香は、地下研究所の最深部、記録保管室に足を踏み入れる。
室内には、埃を被った古いファイル、そして多数の映像ディスク。
だが、その一角――**“重要人物特別記録庫”**と銘打たれた金庫だけが、異様なほど丁寧に管理されていた。
コードを入力すると、重々しい音とともに引き出された記録ディスク。
再生された映像には、幼い少女――冬原薫と、まだ人間の姿だった執事が映っていた。
映像ログ:A-12(10年前)
薫「おじいちゃん、わたし、痛くないよ。へーき」
執事「……申し訳ありません、お嬢様。ですが、これは“あなたにしかできない”」
医師「彼女の血液は予想以上に安定しています。適合率は、99.7%――まさに“鍵”です」
執事「これで、α-Σは蘇る。我々の時代が来る……」
「……“彼女の意志”は、まったく無視されていたんだな」
祐一が呟いた。
「でも、私は見た。彼女の表情……あれは“拒絶”してた。
それでも、従っていたのは――この執事に裏切られたくなかったから」
紗香は拳を握った。
怒りというよりも、悲しみに近いものがその声に滲んでいた。
**
そして、さらに奥の金庫に保管されていた極秘遺伝子レポート。
そこには予想もしない情報が記されていた。
【冬原薫の血液構造について】
・特異型AB-Rh∅
・同型の血液を持つ者は現在世界に2名
・もう1人の適合者:柚山紗香
「……え……?」
その瞬間、紗香の瞳が揺れた。
一方、祐一はすでにファイルの“筆跡”に注目していた。
「この報告書、書いたのは……紗香の父さんだ」
「……っ!」
祐一は続ける。
「つまり――あんたの親父は、“石化研究の開発者の一人”だった。
同時に、娘であるあんたをこの計画から守ろうとしてたんだ」
**
ファイルの最後に残されたメモ。
そこにはこう書かれていた。
『もし私が消えたとき、彼女(紗香)が“鍵”であると知ってしまったら、祐一という男を信じろ。
彼はかつて公安にいたが、心の奥では他人の痛みに真っ直ぐな男だ。』
『祐一。娘を……頼んだ。』
**
沈黙の中、紗香が言った。
「私……今まで、父のこと、何も知らなかった。
ただ“死んだ”ってことだけが、私の中のすべてだった」
「でもそれは――“守った”ってことだ。おまえを」
祐一は手を差し伸べる。
「一緒に、最後まで行こう。答えを探そうぜ」
紗香は一瞬目を閉じ、そして頷いた。
「ええ。……絶対に、もう誰にも“支配”させない。薫も、私も、そしてあなたも」
**
その時、研究所の通信装置から、重く機械的な声が流れた。
『α-Σ、封印解除フェーズへ移行』
『復活液精製完了。対象者データ:柚山紗香』
『起動コードを待機――承認を求ム』
石化された巨体――“スピノサウルス型超生物体α-Σ”。
ゆっくりと、封印の中で“眼”が開いた。