封鎖された研究棟
かすかに赤く光る目で“意思”を伝えた少女・薫は、再び館の奥へと姿を消した。
「……あれが、“冬原薫”か」
「間違いないわ。けれど――人間とは思えなかった」
紗香は、少女の瞳に宿っていた“悲しみと覚悟”を思い返していた。
それは言葉を超えた何か――たとえば、「人間であることをやめた存在」の哀しみ。
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老女・三宅トキヱは、奥の部屋へと祐一たちを案内する。
その部屋は旧職員用の資料室だったが、埃をかぶったファイルの山の中に、1冊だけ鍵のかかったファイルケースがあった。
「これは……?」
「この中に、“彼女”がいた理由と、最終施設の座標がある」
祐一がケースを開くと、そこには手書きの手帳と共に、**極秘研究施設《G-02》**と記された古い地図のコピーが入っていた。
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「G-02……この場所、知ってる。昔、公安で一度だけ耳にしたことがある。
“国家指定封鎖区域”――地図から消された施設だ」
「その施設で、彼女は育てられ、そして逃げ出した。
だが今、“彼”もそこへ向かっている。……彼女を“回収”するために」
老女は硬い声で言った。
「回収……じゃあやっぱり執事は――」
「彼女を“守っていた”のではなく、“閉じ込めていた”のです。
石化とは、時間の牢獄。彼はそれを管理する“番人”だったのですから」
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――そのとき、再び警報が鳴り響いた。
館の外に、複数の影が現れた。
「誰か来てる……!」
祐一は窓から外を覗くと、黒いコートの男たちが音もなく森に踏み込んでくるのを確認した。
「奴らは……公安でも警察でもない」
「情報が漏れたのね……!」
老女は手帳の一部を破り、祐一に渡す。
「もうここはダメ。G-02には**“地下ルート”**を使って向かいなさい。
これが、その入り口の座標よ。行きなさい、今すぐ――」
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廃墟の裏から抜け出した祐一と紗香は、森を抜け、旧線路沿いを走る。
手帳に記された地下通路の入り口は、廃駅の地下倉庫にあるという。
その途中、祐一は立ち止まった。
「……気づいてるか?」
「ええ。さっきから、誰かが私たちを“追っている”」
森の中に潜む黒い気配。
それは執事でも国家の追手でもない、もう一つの存在。
かすかな呼吸音とともに、夜の闇が深まっていく。
**
二人は、ようやく廃駅へと辿り着く。
その地下倉庫には、封鎖されたエレベーターがあり、手帳の鍵番号で扉が開いた。
「行こう。この先に、“すべての始まり”がある」
――そう言って、祐一と紗香はゆっくりと地下へ降りていった。
**
エレベーターの扉が閉まると同時に、背後の暗闇の中で、ひとつの影がゆっくりと立ち上がった。
それは、かつて人間だった“何か”。
だがもう、彼は“石化されたまま”ではなかった。
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――静かに目を開けるその存在。
口の中で、確かにこう呟いた。
「――薫を……回収する。彼女は、まだ鍵を持っている」