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黄昏の庭園

春の終わり。

東京郊外の外れ、地図には存在しない森の中を、祐一と紗香は静かに歩いていた。

先日入手した座標が示すのは、かつて森林療養施設として使われていたという建物跡地。


「ここ、本当に施設だったの……?」


「元々は高官向けの“静養所”として使われてたらしい。だが、ある時期から突然閉鎖され、存在ごと“消された”。今は公安の一部でも知ってる者はほとんどいない」


森の中に静かに佇む白い館。

その名も《黄昏の庭園(Twilight Garden)》。


鉄の門は固く閉ざされていたが、祐一は古びた南京錠を器用にこじ開けると、ゆっくりと中へと足を踏み入れた。


**


建物の中は奇妙な静けさに包まれていた。

床には乾いた落ち葉が積もり、壁には植物の蔓が絡んでいる。


だがその一方で、明らかに最近人の手が入ったような形跡もある。


「誰かが、ここを使っている……?」


紗香が声を落として言ったときだった。


「――いらっしゃい、探偵さん方」


二人の背後から、静かな声が響いた。


振り向くと、そこには白衣を着た老女が立っていた。

背筋を伸ばし、無駄のない立ち振る舞い。年齢は六十代後半と見えるが、目は異様なほど澄んでいる。


「あなたが、“黄昏の庭園”の管理者ですか?」


「いいえ。私は、“観察者”。……かつてこの施設で、“特別な少女”の世話をしていました」


**


老女の名は三宅トキヱ。元は精神医療の看護師であり、“石化現象”の第一発見者の一人でもあるという。


「その“少女”とは、まさか……」


「ええ。あなたたちが探している“富豪の娘”――**冬原ふゆはら かおる**です」


「生きているんですか?」


「……ええ、生きている。ただし、“彼女が人間であれば”の話ですがね」


老女は静かに微笑んだ。


**


「ここで何が行われていたのか、話してください」


老女はしばらく沈黙し、それから重々しく口を開いた。


「――この施設は、国家の“失敗作”の墓場でした。医療・遺伝子実験・心理操作……そのすべてを組み合わせた、新しい人間の創造が目指されたのです」


「その結果、石化現象が?」


「違います。あれは“副産物”。本当の目的は、人間の意識を時を超えて保存することでした。だが、失敗が続き……最後の被験体である“薫”が、奇跡的に“目覚め”てしまった」


「奇跡……?」


「彼女は、“自己意識”を保ったまま、“時間を止める存在”になったのです」


**


紗香が表情を曇らせた。


「まさか、あの執事……彼が“薫”を狙っている?」


老女は首を横に振る。


「いいえ。あの執事は、彼女の“守人”です。薫は彼に“ある使命”を与えて姿を消しました」


「どこへ?」


「私にもわかりません。ただ、彼女はこう言いました――“私がいなくなれば、世界は少しだけ早く動くようになる”と」


静寂が落ちる。


その時、館の奥から微かな足音が響いた。


**


二人が構える中、扉が開いた。


そこにいたのは、少女のような影――だが、その顔は石のように硬質で、片目だけがかすかに赤く光っていた。


「……まさか……!」


少女の姿は、何かを訴えようと口を開くが、声にはならない。

だが、その目には明らかに「意志」があった。


その瞬間、背後の壁から警報音が響き、老女が叫ぶ。


「ダメ!誰かが“この空間”に侵入した!」


「誰が?」


「……**“あの男”よ。石化したはずの……“彼”が、動いてる――!」


**


――それは、屋敷で石化したはずの執事の復活を意味していた。


扉の奥で、少女は静かに“何か”を指さす。

それは、彼女の“次の居場所”――この世界の奥深くにある、誰も知らない実験施設を意味していた。

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