表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
森は唄う  作者: 風花月
5/5

出会い

 ヒロキがレイラと初めて会ったのは、3年前である。前の学校を3年勤めて転勤となり、今の学校に配属になった。そのとき、やはり別の学校から転勤して来たのがレイラである。他にも何人か一緒にこの学校に来た。


 初めは、学年も別でレイラの方が歳も上なので、あまり関わることはなかった。というか、そもそもヒロキはコミュ力が低く、周りとあまり関わろうとしていかなかったのである。


 レイラは、そんなヒロキが気になって、毎週末先輩から誘われる飲み会に誘ってみたり、困っていそうなときに声をかけてみたりしていた。

 ヒロキは、何でこの人は自分と関わろうとするのかと不思議に思っていた。どう考えても、面倒くさいであろうに。いや、ヒロキ自身も人と関わるのはちょっと面倒だと思っていたからだ。子どもたちと関わるのは全く平気だが、大人はいろいろ気を遣うので面倒であった。


 そんなあるとき、珍しくヒロキが酔っ払ってしまったことがあった。


 ヒロキは、普段決して口にしないさまざまなことを、ここぞとばかりに話し始めた。

「桜田先生、給食……勝手に取り替えるの……やめてください」「椎奈先生、何で……いつも会議で寝るん……すか」…

 一緒に飲んでいた皆は、珍しいのでどんどん煽った。ヒロキも、日頃の疑問をどんどんつっこみ始めた。


 矛先は、レイラにも向いた。


「レイラ先生、何……でいつも、俺構うんですか?……俺、別に一人でも……平気っすよ。」

 ロレツの回らない口で、レイラに向かっていった。


「お、まさかのレイラ先生攻撃だ!」

 周りは楽しそうに煽った。


「そりゃ、レイラ先生が面倒見いいからだろ」

「お前にだけじゃないだろ」

「そんな言い方ってないじゃない。レイラ先生は気にかけてくれてるんだもの」


 騒ぐ周りに乗らず、レイラは淡々と答えた。


「だって、放っておけないでしょ。皆でやんなきゃいけないこともあるし」


「それ!それですよ!俺……ちゃんと皆さんとやってる……じゃないですか」


 学年主任の小原先生が、ヒロキの肩をたたいた。


「ヒロキ先生、それは気のせいだから」


 周りの皆も、うんうんと頷いた。


 ヒロキはそれを見て、ショックを受けていた。

「そんな……」


「この前も、メール見ながら困ってたでしょ。あなたはシゴデキだけど、ちゃんと助けを求めることも覚えた方がいいよ」


「シゴデキ……」


「いや、そこじゃない!そこじゃないから!」


 ヒロキはふっと我にかえったようであった。


 そして、バタン!と倒れ込み、眠ってしまったのである。


「あーあ、寝ちゃったよ」

「面白かったねぇ」

「結構ためる奴なんだなー」


 そしてまた飲み始めた。


「私、送り届けてくるよ」

 レイラが言った。


「そう?大丈夫、一人で?」

「歩かせますよ、起こして」

「じゃあ、お願いね」


 酔っ払っている男性陣はあてにならない。レイラはヒロキを起こした。


「ほら、お家帰るよー」


 ヒロキはぼんやりと目を開けて、頷いた。


 お店を出ると、レイラはタクシーを拾った。


「お家はどこ?運転手さんに伝えて」

「はい……」

 そう言いながら、ヒロキは、座席に横になってしまった。起きそうにない。


「あちゃー」

 レイラは頭を抱えた。


(仕方ない、連れて帰るか)

 レイラは送ることを諦め、自分のアパートに連れて帰った。


 翌朝。

 ヒロキは味噌汁の匂いで起きた。

(腹減ったな……)

 目を開けると、全く見覚えのない天井がある。

「…………」


 ヒロキは目を瞑って深呼吸した。

(気のせいだ気のせい)

 そしてもう一度、目を開けて見た。


「!!」


 ガバッと起きて、周りを見た。そこは、こざっぱりとした部屋だった。北欧調の葉や花の模様のあるカーテンは開けられ、窓際にはヒロキの知らない観葉植物が置いてある。

 引き戸の向こうにはテレビやローテーブル、ふかふかの座布団が見える。そして、テーブルの上にはご飯らしきものが並んでいる。


「ここは……」


「ああ、起きた?」

 扉の向こうから、レイラが顔を出した。


「!レイラ先生!何でここにいるんすか⁇」

 ヒロキは、我が身を振り返らず訊いた。

 レイラが笑った。

「だって、ヒロキ先生ったら、タクシー乗せたのに自分の住所言わずに寝るんだもの。仕方ないから、うちに連れて来たわよ」

「…………すみません…………」


 さすがに恥ずかしくなり、布団を被った。


「ほら、起きて!朝ごはんできたから」

「……はい」

 ゴソゴソと布団から這い出ると、テーブルに向かった。


 テーブルには、ザ・日本の朝ごはんともいうようなものが並べられていた。

 ご飯、味噌汁、シャケの塩焼き。ほうれん草の胡麻和えに厚焼きたまごに豆腐。漬け物と梅干しも添えてある。


「…………」


 めちゃくちゃ美味そうだった。飲み明けだけに、味噌汁の匂いがことさら心と体に響いてきた。


「さ、食べましょ」

「いただきます」


 やらかしてしまった恥ずかしさはあるが、美味しそうなご飯に向かう気持ちが勝った。

 味噌汁を一口飲んだ。

「美味しいです……!」

 レイラが微笑んだ。

「ありがとう」

 具は、豆腐と大根、玉ねぎ。それと油揚げである。赤味噌仕立てで、濃厚な汁であった。たまらない。

「飲み明けに最高です!」

「おかわりもあるからね」

「ありがとうございます」

 まるで母のようなレイラであった。


 味噌汁をおかわりし、ようやく食べ終えたところに、コーヒーが出された。

「ありがとうございます」


(俺、どんだけなんだよ……)


 一息ついて、思い出した。そうだ、酔っ払って介抱された挙句、朝ごはんまでご馳走になってる……


 そして、困ったことに、何の違和感も感じない。この状況に。


(俺……)


「よっぽどいろいろ溜め込んでたんだね」

 レイラが言った。

「え……」

「昨夜の飲み会、散々しゃべってたよ」

「そんなにっすか」

「そんなにっす」


 ヒロキは頭をポリポリかいた。

「すみません……」


 それから、コーヒーを飲みながらこれまでの日々について二人で話した。ヒロキは、レイラに対する警戒心が無くなっていくのを感じた。とても、居心地が良かった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ