出会い
ヒロキがレイラと初めて会ったのは、3年前である。前の学校を3年勤めて転勤となり、今の学校に配属になった。そのとき、やはり別の学校から転勤して来たのがレイラである。他にも何人か一緒にこの学校に来た。
初めは、学年も別でレイラの方が歳も上なので、あまり関わることはなかった。というか、そもそもヒロキはコミュ力が低く、周りとあまり関わろうとしていかなかったのである。
レイラは、そんなヒロキが気になって、毎週末先輩から誘われる飲み会に誘ってみたり、困っていそうなときに声をかけてみたりしていた。
ヒロキは、何でこの人は自分と関わろうとするのかと不思議に思っていた。どう考えても、面倒くさいであろうに。いや、ヒロキ自身も人と関わるのはちょっと面倒だと思っていたからだ。子どもたちと関わるのは全く平気だが、大人はいろいろ気を遣うので面倒であった。
そんなあるとき、珍しくヒロキが酔っ払ってしまったことがあった。
ヒロキは、普段決して口にしないさまざまなことを、ここぞとばかりに話し始めた。
「桜田先生、給食……勝手に取り替えるの……やめてください」「椎奈先生、何で……いつも会議で寝るん……すか」…
一緒に飲んでいた皆は、珍しいのでどんどん煽った。ヒロキも、日頃の疑問をどんどんつっこみ始めた。
矛先は、レイラにも向いた。
「レイラ先生、何……でいつも、俺構うんですか?……俺、別に一人でも……平気っすよ。」
ロレツの回らない口で、レイラに向かっていった。
「お、まさかのレイラ先生攻撃だ!」
周りは楽しそうに煽った。
「そりゃ、レイラ先生が面倒見いいからだろ」
「お前にだけじゃないだろ」
「そんな言い方ってないじゃない。レイラ先生は気にかけてくれてるんだもの」
騒ぐ周りに乗らず、レイラは淡々と答えた。
「だって、放っておけないでしょ。皆でやんなきゃいけないこともあるし」
「それ!それですよ!俺……ちゃんと皆さんとやってる……じゃないですか」
学年主任の小原先生が、ヒロキの肩をたたいた。
「ヒロキ先生、それは気のせいだから」
周りの皆も、うんうんと頷いた。
ヒロキはそれを見て、ショックを受けていた。
「そんな……」
「この前も、メール見ながら困ってたでしょ。あなたはシゴデキだけど、ちゃんと助けを求めることも覚えた方がいいよ」
「シゴデキ……」
「いや、そこじゃない!そこじゃないから!」
ヒロキはふっと我にかえったようであった。
そして、バタン!と倒れ込み、眠ってしまったのである。
「あーあ、寝ちゃったよ」
「面白かったねぇ」
「結構ためる奴なんだなー」
そしてまた飲み始めた。
「私、送り届けてくるよ」
レイラが言った。
「そう?大丈夫、一人で?」
「歩かせますよ、起こして」
「じゃあ、お願いね」
酔っ払っている男性陣はあてにならない。レイラはヒロキを起こした。
「ほら、お家帰るよー」
ヒロキはぼんやりと目を開けて、頷いた。
お店を出ると、レイラはタクシーを拾った。
「お家はどこ?運転手さんに伝えて」
「はい……」
そう言いながら、ヒロキは、座席に横になってしまった。起きそうにない。
「あちゃー」
レイラは頭を抱えた。
(仕方ない、連れて帰るか)
レイラは送ることを諦め、自分のアパートに連れて帰った。
翌朝。
ヒロキは味噌汁の匂いで起きた。
(腹減ったな……)
目を開けると、全く見覚えのない天井がある。
「…………」
ヒロキは目を瞑って深呼吸した。
(気のせいだ気のせい)
そしてもう一度、目を開けて見た。
「!!」
ガバッと起きて、周りを見た。そこは、こざっぱりとした部屋だった。北欧調の葉や花の模様のあるカーテンは開けられ、窓際にはヒロキの知らない観葉植物が置いてある。
引き戸の向こうにはテレビやローテーブル、ふかふかの座布団が見える。そして、テーブルの上にはご飯らしきものが並んでいる。
「ここは……」
「ああ、起きた?」
扉の向こうから、レイラが顔を出した。
「!レイラ先生!何でここにいるんすか⁇」
ヒロキは、我が身を振り返らず訊いた。
レイラが笑った。
「だって、ヒロキ先生ったら、タクシー乗せたのに自分の住所言わずに寝るんだもの。仕方ないから、うちに連れて来たわよ」
「…………すみません…………」
さすがに恥ずかしくなり、布団を被った。
「ほら、起きて!朝ごはんできたから」
「……はい」
ゴソゴソと布団から這い出ると、テーブルに向かった。
テーブルには、ザ・日本の朝ごはんともいうようなものが並べられていた。
ご飯、味噌汁、シャケの塩焼き。ほうれん草の胡麻和えに厚焼きたまごに豆腐。漬け物と梅干しも添えてある。
「…………」
めちゃくちゃ美味そうだった。飲み明けだけに、味噌汁の匂いがことさら心と体に響いてきた。
「さ、食べましょ」
「いただきます」
やらかしてしまった恥ずかしさはあるが、美味しそうなご飯に向かう気持ちが勝った。
味噌汁を一口飲んだ。
「美味しいです……!」
レイラが微笑んだ。
「ありがとう」
具は、豆腐と大根、玉ねぎ。それと油揚げである。赤味噌仕立てで、濃厚な汁であった。たまらない。
「飲み明けに最高です!」
「おかわりもあるからね」
「ありがとうございます」
まるで母のようなレイラであった。
味噌汁をおかわりし、ようやく食べ終えたところに、コーヒーが出された。
「ありがとうございます」
(俺、どんだけなんだよ……)
一息ついて、思い出した。そうだ、酔っ払って介抱された挙句、朝ごはんまでご馳走になってる……
そして、困ったことに、何の違和感も感じない。この状況に。
(俺……)
「よっぽどいろいろ溜め込んでたんだね」
レイラが言った。
「え……」
「昨夜の飲み会、散々しゃべってたよ」
「そんなにっすか」
「そんなにっす」
ヒロキは頭をポリポリかいた。
「すみません……」
それから、コーヒーを飲みながらこれまでの日々について二人で話した。ヒロキは、レイラに対する警戒心が無くなっていくのを感じた。とても、居心地が良かった。