下つ国の生活
眉間にシワをよせながら、レイラはパソコンとにらめっこをしていた。
(ここで、上手から父親を登場させるか……)
文化祭の劇の脚本を書いているのである。
既成のものでもいいのだが、人数や時間を考えると、そうはいかない。
(全くもう!演劇をやらないって選択肢はないのかしら?)
ブツブツ言いながら、指を動かした。
隣の席からその様子を眺めていたヒロキが、声をかけてきた。
「そこ、父親を怒らせたらどうですか?」
「ん?」
「その脚本、喜怒哀楽のうち喜・哀・楽はありますが、怒りがないですよね?」
確かにそうだ。
「でも、怒りって……悲しみから立ち直るのを過程にしてるんだけど。」
「スパイスです。」
「なるほどー」
言われてみればそうかもしれない。
「よし!」
では、怒りを入れてみよう。一旦書いた父親のエピソードを消すと、レイラは新たなものをカタカタ打ち込んだ。
ヒロキはそれをじっと見つめていた。
「早いっすね。」
「何が?」
「台本書くのですよ」
レイラは手を止めた。
「早くないわよ。だって、休み明けから 準備じゃない。これ、私の夏休みの宿題なのよ。」
「大変ですね」
「キーッ!他人事!手伝えー!」
ヒロキは笑いながら言った。
「無理です」
レイラはヒロキの頬を指でぐりぐりさした。
「覚えてらっしゃい!絶対演劇手伝わせるから!」
ヒロキはされるがままになっていたが、椅子から落ちかけると、ようやく両手を挙げてギブアップした。
「わかりました。手伝います。なにやればいいですか?」
「大道具と照明」
レイラはフンッと腕を組んで言った。
「二つは無理でしょう。」
「あなたならやれるでしょう?」
ヒロキはため息をついた。
「わかりました。私が悪かったです。」
「わかればいいのよ、わかれば。じゃ、大道具ね」
「はい」
ヒロキをビシッと指さすと、レイラはまたパソコンと睨めっこを始めた。