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森は唄う  作者: 風花月
3/5

旅立ちの準備2

 扉をノックする音が響いた。


「昼食の用意ができました」


 侯爵は立ち上がると、手を一つ叩いた。

「さあ、お腹を満たそう。そして、前向きな話をしよう」


 皆頷くと、沈みかけた空気を断ち切り、食堂に向かった。


もうすでに、夫人とレイラの弟のリュセが席についていた。


 食堂は、甘い匂いで満ちていた。


 桃のランチである。


 食卓は、花と緑と桃の料理で彩られていた。それぞれの席に座ると、料理長から料理の説明が始まった。


「まずは前菜ですが、桃と生ハム包み青レモンソース添え、それからサラダはフルーツカクテルです」


「美味しそうだな」

「ええ」


侯爵と夫人はカラフルな彩りに笑みをこぼした。リュセは、もう口に頬張っている。


レイラが言った。

「桃をたくさん取ったからよ」


夫人が首を傾げた。

「桃……って、夏のフルーツよね?どこになってたの?」

「レイラ嬢が生らせましたのよ、夫人」

先生が微笑んで伝えた。夫人は目を丸くしてフォークを置いた。


「レイラ、貴女……」


レイラは首をすくめた。


「できるようになりましたわ、お母様」


 夫人はじっとレイラを見つめた。

「レイラ、おめでとう」


そう言うと、彼女は席を立ち娘の側にいった。そして、そっと彼女を抱きしめた。


「あれからもうすぐ15年。あっという間に成長してしまったのね。本当に、……本当に」

「お母様」

トルカは娘の頬に手を当てた。


「秋の御方。まさにその力こそが、貴女の生まれもった宿命。全ての人のために、大切にお使いなさい」


 レイラもフォークを置くと、母の手に自分の手を重ねた。

「お母様。私、頑張りますわ」

 二人は、見つめ合った。声にならない言葉が、交わされた。


 夫人はこぼれかけた涙を拭うと、自席に戻った。


「さあ、皆で味わいましょう!季節を先取りできるなんて幸せね」


 笑顔で切り替えたトルカは、フォークをとると、桃を切り分けた。生ハムとソースを少しのせると、優雅な仕草で口へ運んだ。


「絶品ね」


 早くもそれを食べ終え、フルーツカクテルをつついていたリュセが言った。

「これも美味しいよ!甘味と塩味のバランスが最高!」


 侯爵もその言葉にのってきた。

「本当に。昼からだが、私に少しワインをもってきてくれないか」

「一杯にしておいてくださいな」

夫人はすかさず釘を刺した。


(……ああ、これが私の家族だわ。とても温かく優しい。ずっと一緒にいたいな……)


 レイラは、フォークを動かしながらしみじみと思った。


 食後のデザートは、サロンに運んでもらった。タルトにソルベ、ゼリーにケーキ。目の前でフランベされるカットされた桃。

まさに桃のフルコースである。

さすがに大量なので、館の皆を呼び、一緒に味わうことになった。


 侯爵はあまり立場を気にする人ではないため、よくこうして皆で集まることがあった。夫人も初めてそういう流れになったときは面食らったが、夫がそれを楽しんでいるので気にしなくなった。

どうせ楽しむなら、皆で楽しんだ方がいい。

夫婦揃って身分に拘らないのが、この家の雰囲気をより温かなものにしていた。


 ようやく食べ終わると、また皆元の配置に戻っていった。


 片付けられたサロンで、改めてお茶をいただく。 

リュセは歴史の授業のため自室にひいた。 侯爵も領地から管理人が来ることになっており、その準備に向かった。サロンには、トルカとレイラだけが残った。


 レイラは、侯爵が置いていった下つ国の家族リストを手に取って眺めた。


「できれば、我が家と同じような家族構成がいいのだけど」

「できれば、ある程度の収入のある、暮らしに困らないところに預けたいのだけど」


親子でそんなことを話しながらリストをめくっていった。

しかし、余りにも多く、条件を読むことが面倒に思われる。行きたくて行くわけではないので、気持ちも乗らなかった。レイラは顔を上げた。


「そうだわ、ソロモンに選んでもらいましょう」

そう言って、中指に一つキスを落とした。


「ソロモン、私を手伝ってくださいませ」


すると、宙がくにゃりと歪み、奥から光が生まれてきた。


光はどんどん大きくなり、やがて大きな人型をとり始めた。ソロモンの登場である。


「どうした、レイラ」


 ソロモンの全身が現れると、トルカは立ち上がって礼をした。


「ようこそおいでくださいました」


 レイラは座ったまま、頭を下げた。


「お願いがあるのです。私が下つ国でお世話になる家族を、この中から選んでくださいな」


ソロモンの前に書類の山を見せながら言った。


「これはまた多いな」


「父がいろいろ考えてくれたのですが、その通り多くて……」

「ふむ」


ソロモンはパラパラと書類がめくった。

「レイラの条件はあるのか、何か」

「できれば、我が家と同じ家族構成のところがいいです。その、娘であり姉であるポジションで。あと、母からの希望で、生活に苦労しないところと」

「そうか」


 ソロモンは、何か口の中で唱えると、手を書類にかざした。すると、書類の束の中から三枚、山の隣に浮いて出てきた。


「このあたりかな、それは」


 ソロモンの選んだ家族は、確かに条件の合うものであった。


「あとは、あちらでどのような仕事をしてみたいかによる」

「選択肢は?」

「そうだな……一つは雑誌の記者。一つは教師。もう一つは、ピアニストだな」


 レイラの眉が下がった。


「ずいぶん極端な仕事の選択肢ね」


「伴侶を見つけるまでのことだからな。それまで選り好みしてしまうと、当初の条件から外れるぞ。タイムリミットもあることだし」


「タイムリミットは、いつ?」


レイラは顔を上げた。


「秋の御方として立式する前までだな。こちらの歳でいうと、18歳。下つ国だと、27歳か」

「下つ国とは、そんなに時間の流れが違うものなの?」

「そうだ。下つ国での星の一巡りの間だけだ」

「……そんな短い期間で見つかるのかしら?」

「大丈夫だ。会えばすぐわかる。相手はどうかわからないが、そなたにはわかる」

「相手の方に好かれなかったら?」


ソロモンは笑った。


「その心配は全くない。伴侶は必ずそなたを好きになる。そう、定められているのだから」


 黙ってやりとりを聞いていたトルカが、口を挟んできた。

「大丈夫。必ずそれはわかるわ。不思議なことに」

レイラとソロモンは、驚いて彼女を見た。

「どうしてなのかわからないけど、わかるのよ。まさに運命ね」


うんうんと頷きながら、トルカが言った。


「お母様……」

「安心なさい。貴女が『この人』と思ったら、その人ですよ」

「そうだな」


 レイラはまだ誰かにときめいたことがないのでわからない。きっと、まだ本当の伴侶と出会ってないからなのだろう。


「わかりました。とりあえず、教師で」

「では、この家族だな」


 家族が、決まった。

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