表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
森は唄う  作者: 風花月
3/3

旅立ちの準備2

 扉をノックする音が響いた。

「昼食の用意ができました」

 侯爵は立ち上がると、手を一つ叩いた。

「さあ、お腹を満たそう。そして、前向きな話をしよう」

 皆頷くと、沈みかけた空気を断ち切り、食堂に向かった。もうすでに、夫人とレイラの弟のリュセが席についていた。

 食堂は、甘い匂いで満ちていた。

 桃のランチである。

 食卓は、花と緑と桃の料理で彩られていた。それぞれの席に座ると、料理長から料理の説明が始まった。

「まずは前菜ですが、桃と生ハム包み青レモンソース添え、それからサラダはフルーツカクテルです」

「美味しそうだな」

「ええ」

侯爵と夫人はカラフルな彩りに笑みをこぼした。リュセは、もう口に頬張っている。レイラが言った。

「桃をたくさん取ったからよ」

夫人が首を傾げた。

「桃……って、夏のフルーツよね?どこになってたの?」

「レイラ嬢が生らせましたのよ、夫人」

先生が微笑んで伝えた。夫人は目を丸くしてフォークを置いた。

「レイラ、貴女……」

レイラは首をすくめた。

「できるようになりましたわ、お母様」

 夫人はじっとレイラを見つめた。

「レイラ、おめでとう」

そう言うと、彼女は席を立ち娘の側にいった。そして、そっと彼女を抱きしめた。

「あれからもうすぐ15年。あっという間に成長してしまったのね。本当に、……本当に」

「お母様」

トルカは娘の頬に手を当てた。

「秋の御方。まさにその力こそが、貴女の生まれもった宿命。全ての人のために、大切にお使いなさい」

 レイラもフォークを置くと、母の手に自分の手を重ねた。

「お母様。私、頑張りますわ」

 二人は、見つめ合った。声にならない言葉が、交わされた。

 夫人はこぼれかけた涙を拭うと、自席に戻った。

「さあ、皆で味わいましょう!季節を先取りできるなんて幸せね」

 笑顔で切り替えたトルカは、フォークをとると、桃を切り分けた。生ハムとソースを少しのせると、優雅な仕草で口へ運んだ。

「絶品ね」

 早くもそれを食べ終え、フルーツカクテルをつついていたリュセが言った。

「これも美味しいよ!甘味と塩味のバランスが最高!」

 侯爵もその言葉にのってきた。

「本当に。昼からだが、私に少しワインをもってきてくれないか」

「一杯にしておいてくださいな」

夫人はすかさず釘を刺した。

 ……ああ、これが私の家族だわ。とても温かく優しい。ずっと一緒にいたいな……

 レイラは、フォークを動かしながらしみじみと思った。


 食後のデザートは、サロンに運んでもらった。タルトにソルベ、ゼリーにケーキ。目の前でフランベされるカットされた桃。まさに桃のフルコースである。さすがに大量なので、館の皆を呼び、一緒に味わうことになった。

 侯爵はあまり立場を気にする人ではないため、よくこうして皆で集まることがあった。夫人も初めてそういう流れになったときは面食らったが、夫がそれを楽しんでいるので気にしなくなった。どうせ楽しむなら、皆で楽しんだ方がいい。夫婦揃って身分に拘らないのが、この家の雰囲気をより温かなものにしていた。

 ようやく食べ終わると、また皆元の配置に戻っていった。

 片付けられたサロンで、改めてお茶をいただく。 リュセは歴史の授業のため自室にひいた。侯爵も領地から管理人が来ることになっており、その準備に向かった。サロンには、トルカとレイラだけが残った。

 レイラは、侯爵が置いていった下つ国の家族リストを手に取って眺めた。

「できれば、我が家と同じような家族構成がいいのだけど」

「できれば、ある程度の収入のある、暮らしに困らないところに預けたいのだけど」

親子でそんなことを話しながらリストをめくっていった。しかし、余りにも多く、条件を読むことが面倒に思われる。行きたくて行くわけではないので、気持ちも乗らなかった。レイラは顔を上げた。

「そうだわ、ソロモンに選んでもらいましょう」

そう言って、中指に一つキスを落とした。

「ソロモン、私を手伝ってくださいませ」

すると、宙がくにゃりと歪み、奥から光が生まれてきた。光はどんどん大きくなり、やがて大きな人型をとり始めた。ソロモンの登場である。

「どうした、レイラ」

 ソロモンの全身が現れると、トルカは立ち上がって礼をした。

「ようこそおいでくださいました」

 レイラは座ったまま、頭を下げた。

「お願いがあるのです。私が下つ国でお世話になる家族を、この中から選んでくださいな」

ソロモンの前に書類の山を見せながら言った。

「これはまた多いな」

「父がいろいろ考えてくれたのですが、その通り多くて……」

「ふむ」

ソロモンはパラパラと書類がめくった。

「レイラの条件はあるのか、何か」

「できれば、我が家と同じ家族構成のところがいいです。その、娘であり姉であるポジションで。あと、母からの希望で、生活に苦労しないところと」

「そうか」

 ソロモンは、何か口の中で唱えると、手を書類にかざした。すると、書類の束の中から三枚、山の隣に浮いて出てきた。

「このあたりかな、それは」

 ソロモンの選んだ家族は、確かに条件の合うものであった。

「あとは、あちらでどのような仕事をしてみたいかによる」

「選択肢は?」

「そうだな……一つは雑誌の記者。一つは教師。もう一つは、ピアニストだな」

 レイラの眉が下がった。

「ずいぶん極端な仕事の選択肢ね」

「伴侶を見つけるまでのことだからな。それまで選り好みしてしまうと、当初の条件から外れるぞ。タイムリミットもあることだし」

「タイムリミットは、いつ?」

レイラは顔を上げた。

「秋の御方として立式する前までだな。こちらの歳でいうと、18歳。下つ国だと、27歳か」

「下つ国とは、そんなに時間の流れが違うものなの?」

「そうだ。下つ国での星の一巡りの間だけだ」

「……そんな短い期間で見つかるのかしら?」

「大丈夫だ。会えばすぐわかる。相手はどうかわからないが、そなたにはわかる」

「相手の方に好かれなかったら?」

ソロモンは笑った。

「その心配は全くない。伴侶は必ずそなたを好きになる。そう、定められているのだから」

 黙ってやりとりを聞いていたトルカが、口を挟んできた。

「大丈夫。必ずそれはわかるわ。不思議なことに」

レイラとソロモンは、驚いて彼女を見た。

「どうしてなのかわからないけど、わかるのよ。まさに運命ね」

うんうんと頷きながら、トルカが言った。

「お母様……」

「安心なさい。貴女が『この人』と思ったら、その人ですよ」

「そうだな」

 レイラはまだ誰かにときめいたことがないのでわからない。きっと、まだ本当の伴侶と出会ってないからなのだろう。

「わかりました。とりあえず、教師で」

「では、この家族だな」


 家族が、決まった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ