プロローグ
「この子は、いずれ秋を」
ソロモンは、赤子の頭に手を置き告げた。
産室は未だ後始末でバタバタしているときであった。
「!」
出産の痛みでベットに伏したままであったトルカは、その祝福を聞き、耳を疑った。産まれた赤子の元気な様子に安堵し、女の子として幸せに生きてほしいと思った直後のことだった。
「秋、でございますか」
思わず、口をついて出てしまった。
ソロモンはその不敬を気にしたようでもなく、トルカに向かい微笑んだ。
「そうだ。これで、久々に秋が満たされる。」
ソロモンはまた微笑むと、手のひらに熱を集めた。そして、小さな金色の指輪を作った。
「万物の実りを支える、秋の御方の誕生だ。」
そう言うと、赤子の小さな手を取り、中指にそっと指輪をはめた。
「この指輪は、成長とともに大きくなる。私からの加護の証だ。ただ、見えると何かと厄介になろうから、普段は見えぬようにしておこう。」
指輪はたちまち見えなくなった。
赤子は、その手をきゅっと握りしめた。そして、微笑んだように見えた。
ソロモンはしばらく赤子を眺めたあと、続けた。
「サリューシュのトルカよ。この子は下つ国に修行に出すがよい。私が加護しよう。伴侶がやがて下つ国に産まれくる。それまでに、預けるに良さげな家族を探しておこう。指輪があるから、彼女の行き来は自由だ。15になったら、下つ国の家族の一員となるようあちらを操作しよう。」
これは決定事項であった。トルカにも、夫の侯爵にも拒否権はない。
初めての子なので手元で育てていきたかった。だが、ソロモンがそう言うのなら、そうするしかないのだ。彼の加護があるというなら、少なくとも生涯守られる。その方がよい。
「ありがとうございます」
トルカは頭を下げて礼を述べた。
「この子は私と直接やりとりできる。必要な知識は与えよう。それ以外は、この家の子として普通に育てるがよい。」
「ありがとうございます」
ソロモンは、周りで片付けをしている侍女たち、トルカの手当てをしている産医や看護師に向かって告げた。
「皆、この娘は秋の御方だ。だが、特別扱いはするな。この家の子として普通に育てるがよい。加護が必要なときは、与えよう。」
皆一瞬手を止め、頭を下げて承った。
トルカは眩暈を感じ、そのまま気を失った。