星加護クズおじさん巨乳隠し巨乳グラドルムーブがんばる
約十年にも及ぶ長き渡り繰り返した愚行(アル中、暴言妄言虚言、浪費、無職無収入、マッチングアプリ浮気)の果てに、ついに妻子(妻冬美、長女夏緒、次女春子)に捨てられたタノスケは、その自身のあまりの自業自得っぷりにグウの音も出ぬまま酒浸りの生活をおくっていた。ごくたまに冬美と連絡が取れると、そこでタノスケは今まで自分がやってのけた悪辣極まる所業と、それにより冬美の心に散々つけた深い傷に対し衷心より詫び、向後は完全パーフェクト方式でもって心を入れ替え、必ずや直ぐさま〝ピュアラブ清心タノスケ〟に生まれ変わると、そう誓うのだが、散々裏切られ通しに裏切られ続けてきた冬美の心にはそんなタノスケの言葉は一向届かないのだった。
身から出たサビとは言い条、そのサビに全身覆い尽くされもはや身動き取れぬほどで、更には心まで錆びついていたとき、タノスケは運命的に私小説家西村賢太の著作群に出会ったのだった。そして、どハマりしたのだった。
西村賢太ファンの大部分の方々は、各々自身の個性や境遇の影響を受け、その時の自分の心を最も心地よく、あるいは衝撃的に照らす角度から彼の私小説を愛読していることと思うが、それはタノスケも同じで、タノスケの場合は西村賢太が世間的には完全空虚にしか響かぬ〝歿後弟子〟という言葉に圧倒的重量を持たせていくその後ろ姿にまったく根こそぎに心を奪われたのだった。
誰の心にも届かない、本来は意味すらよく分からないほど空虚な響きを持つ言葉に対し、多大な痛みをもものともせぬその生き様によってこうも重量を持たせ、そしてそれをこうも矢のように放ち、一直線、相手(読者)の心へと深く突き刺せるものなのか。しかも、その矢尻は彼の情熱によって溶け、決して抜けぬ歪な形へと変形しているから刺さった傷口からはいつまでも新鮮な血が流れ出る、こんな芸当が果たして人間に可能なのだろうか? いや、可能だ、だって現実にこうして! と、タノスケは天地がひっくり返るほどに驚嘆したのだった。
んで、これにより何だか愛する冬美、夏緒、春子に対し自分の中にある真実の言葉を届けることができる方法を知ったような、そんな晴れ晴れしい気分になったタノスケは、パァーっと眼前開け心地で、んで、なにやら矢庭に降り注いできた大量の光明の中、一人ガッツポーズをかましたのだった。
が、しかし、程なくして問題があることにタノスケは気づいた。問題というのは、痛みをものともせぬ情熱的な生き様で自身の言葉に重みをもたせられるとしても、そうだとしても、では自分の場合、一体どのような生き様によって言葉に重みを持たせればいいのか見当もつかない、ということだった。
西村賢太は、一人決めゆえに、本来誰の耳にも空疎にしか響かぬ〝歿後弟子〟という言葉の中に、他の誰も追随できないほど一心捨て身な猪突の姿勢で歿後弟子道を歩むというその熱すぎる生き様で、結果として重すぎる内実を持たせたのだった。だが、タノスケには何ができるであろうか。どんな生き様ができるだろう。無能、中年、ドリチンのタノスケに、一体どんな熱い生き様が可能なのだろう。
タノスケが冬美、夏緒、春子に対して矢のように放ち、どうしても届けたい言葉、それは〝愛している〟とか〝心から尊敬している〟とか〝何があっても大丈夫〟とか、そういう感じの言葉である。だが、そんな言葉、今のタノスケが今のまま言ってみたところで当然、〝どの口が言ってんだ感〟が漂ってしまい、また、〝顔洗って出直して来い感〟も漂ってしまい、更にはもしかしたら〝声帯潰すぞ感〟までも漂うかも知れず、つまりは結句、今のタノスケのままでは何を言っても鼻で笑われ一笑に付されるだけで到底三人の心には届きはしないこと必定なのである。
だから、やはりタノスケは西村賢太のように自身の言葉の中に熱と意味と価値をパンパンに詰め込み、自身の言葉を重重にしたい心地なのだが、そのために具体的に何をどうするか? 肝心のそれがてんで分からないのだった。
いくら考えても、恐らくは生まれつき右脳と左脳がないタノスケには、何も妙案らしきものは浮かばない。妙案どころか方向性すらも見当付かない状況だったのだ。これはまさに、西村賢太の私小説に出会う前の、あの暗黒絶望の谷へと逆戻りしたも同じような状態だったのだ。
だが、こんなことを言うと、
「なら、熱く一生懸命働けばいいじゃん。熱く働いて社会の役にたっている姿を妻子に見せればいいじゃん。それで稼いだお金も妻子にあげればいいじゃん」
ということを思う方もいらっしゃるだろう。ご高説もっともである。そして、そう言いたくなる気持ちも痛いほど分かるのである。実際、逆の立場なら、タノスケでも間違いなくそう思うことだろう。
だがしかし! である。だがしかし、実はタノスケ、〝巨乳隠し巨乳グラドルの星〟の下に生を受けており、売れるのソレだけだとしても、しかしどうしてもソレだけは売りたくないという厄介極まる質なのである。つまり、無能無教養無学歴なタノスケには、時間を切り売りし、労働力を提供することしか出来ないのにも関わらず、だがしかし、その労働力だけはどうしても何としても絶対に売りたくない! 売らないぞ! という〝ゆずれぬ信念〟〝気高き誇り〟〝無尽蔵の勇気〟というやつを、タノスケは持っているというのである!
つまり、断言するが、タノスケという人は、信念と誇りと勇気の人なのだ!