ハーヴェスト 3
「誰だよ知らねえな」
「三大貴族の一つだよ!」
「へー、あっそ」
それだけ言うと、ふむ、と少し考え。
「ちしょう、貴族めバカにしやがって! 許さねえぞぉ!」
わざとらしいにも程がある言い方にダイニーは笑いを堪える。男たちの後ろにいるので見えないようにしているが。
「野郎ども、ヴェンゾン家を皆殺しだあ!」
「おう!」
チラリと二人から見つめられ、ハーヴェストはため息をついた。
「おー」
あまりやる気のなさそうなハーヴェストの声に、二人は颯爽と走り出す。ハーヴェストもその後に続いた。目立たないように路地裏などを駆ける。
「さてと。これが今回のアホの親玉の狙いってところか」
「俺らを使ってヴェンゾンが死ねば一石二鳥ってか、まったく」
ドラグたちの会話からはヴェンゾンが黒幕ではないとわかる。それがハーヴェストには不思議だ。
「違うの?」
「あんなに簡単に口を割らねえさ、間違いなく嘘だ。あの下っ端が俺らを片付けられりゃそれでよし、無理なら偽情報で俺らが躍るのをお望みなのさ」
どっちに転んでも自分にとって得なことしか起きないようにできてるもんだ。そんなふうにあっさりと言ってみせる。
「どっちにしろヴェンゾンっていうのが関わるなら、なんらかの形でカタをつけないと俺らはこのまま港町に生きる男だな」
ケラケラと笑うダイニーに、ハーヴェストは「うげえ」と嫌そうに顔を歪める。 貴族たちのゴタゴタに巻き込まれただけ。ふざけるな、と思うが気になることが一つ。
アイツ。あの、死人のような雰囲気のあいつ。ハーヴェストの脳裏に剣を交えたやつがよぎる。
「ヴェンゾン、って。この間の奴らじゃないかな」
「ほう? そう思った理由は?」
「さっきの奴らの戦い方とこの間のチビの戦い方、全然違う。さっきの連中は相手を『倒す』戦い方だ。動きが大ぶりだし、一撃必殺って感じ。切り返しが遅すぎる、いちいち間合いをあけるし」
「一対一の試合っぽいってこったな。で?」
「この間のあいつは。相手を『殺す』戦い方だった。訓練された戦士や騎士じゃない。貴族ならそんな戦い方しないんじゃないの」
一撃に重みはないが、確実に致命傷を狙っていた。連続攻撃を避けたということは相手も連続攻撃に長けている可能性が高い。間合いを詰める方が危険は高いが、確実に仕留められる。まさに命懸けだ、強くないとできない。そして、命を捨てることに恐れがない。恐怖の感覚が麻痺していなければできない戦い方。
人間など弱点の塊だ、どこを怪我してもダメージはあるが。目、首、心臓をやられれば生き残る可能性は低い。そこを確実に狙っていた。派手に倒す戦い方とは真逆、静かに殺す。
「よくそこまで気がついたな、鍛えた甲斐があったぜ」
嬉しそうなドラグにハーヴェストは確信する。
「じゃあ、やっぱり?」
「俺も同感だな。あの時の坊ちゃん、雰囲気がただの貴族様とは思えん。裏でヤンチャして遊んでるっていうのもちょっと違う。とんでもねえ怪物だ。気配消して隠れてたハーヴェストにも気が付いてたみたいだしな」
気づかれてたのか、とハーヴェストは驚く。相手を油断させるため、隠れていたのだが。
あの時剣を交えた奴も、とても貴族とは思えない雰囲気だった。裏で生きている者の典型だ。逃げた自分たちをあえて追うこともしなかった。状況を冷静に見ているということだ。馬鹿な貴族とは訳が違う。
「お頭、喧嘩売るのか?」
ダイニーの問いにドラグは笑う。他の海賊と戦う前特有の、殺気立った笑顔だ。
「売っても売らなくても、あちらさんは来るだろ。宝がなくなってる責任を負わされるためにあの場にいたようなもんだ。こそこそしてる奴の思惑はどうであれ、けじめをつけなきゃいけないだろう?」
「じゃ、なんとかしなきゃなあ」
「その前に。ダイニー、残りの鼠を見つけておけ。裏切り者はどうなるか叩き込め」
「あいよ」
ただでは死なせない。「助けてくれ」ではなく「早く殺してくれ」というほどに、制裁は凄まじい。
「兄貴、俺も拷問覚えるか?」
「覚えたいなら教えるぞ」
ひょい、と片眉をあげて問いかけてくる。ハーヴェストは少し考えたが、首を振った。
「今はいいかな。ダイニーの兄貴ができるし。拷問覚える前に、覚えなきゃいけないことたくさんある」
「正解だ」
ドラグはあれやれ、これやれ、とあまり指示をしない。まずはハーヴェストに考えさせる。その答えに対して自分の考えを教えてくれる。
ハーヴェストは奴隷だったので、自分で考えるというのが最初はできなかった。そのため今はまだ「人として」育てている最中だ。考えることを止めるな、指示を待つなをドラグはもちろん他の仲間からも言われている。自分で考えられない奴は役に立たないし、海では生きていけない。
「お前はまず算数と読み書きが先だもんな」
「それも後でいい」
勉強嫌いなのでムスッとして答える。その様子に、ドラグとダイニーは声をあげて笑った。