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月の女神の涙  作者: aqri
月の女神の涙
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ハーヴェスト

「すげえな、丘の上じゃあんな芸術作品が流行ってるのか」


 別の船の船員に扮して隠れている海賊たち。あのまま出航していたらすぐに軍艦に討ち取られていただろう。進む先に包囲網が敷かれていることなど簡単にわかる。

 双眼鏡を見ながらドラグが見ているのは、自分の船に乗っていた海賊たち三人の哀れな末路。目立つところに置かれて大騒ぎとなっているが、一般市民も怖がっている者より楽しんでいる者の方が多い。相変わらず派手な処刑というのは民衆にとっての娯楽らしい。


「とても人とは思えない姿だ、胸糞悪い」


 ハーヴェストが眉間に皺を寄せて吐き捨てるように言った。自分たちは悪党だが、あそこで手を叩いて死体を見て喜んでいる連中よりは絶対にマシだと思っている。


「さてさて。俺たちは一体いつになったら海に帰れるのやら」


 海賊を仕留めるまでおそらく包囲網は解かれない。当然陸の上は彼らの庭だ、陸地から逃げられるはずもない。そうなると今回のことを何らかの形で収めて突破するしかない。あくまで宝は海賊が盗んだと噂がまわっているので、ここをどうにかしないと根本的な解決にならない。

 もちろん自分たちは海賊だから、濡れ衣やくだらない噂など放っておいても良いのだが。今回は相手が悪すぎる。


「あいつら先月から船に乗った奴らだ。最初から敵だったってこと?」

「どうかね、そりゃ死んだ奴らに聞いてみなきゃわからんな」


 ちょうど人手が足りなかったから船に乗せただけだ。忠誠心などないし仲間意識もない。どう見ても頭が悪そうだったので内部調査をしに来たというわけでもなさそうだった。どうせ今回の黒幕に金で買われたのだろう。


「ハーヴェスト、覚えておけよ。貴族っていうのは毎日パーティーして頭の中が花畑の連中だけじゃない。国そのものを動かす力を持ってる奴らは確かに存在してる」


 ハーヴェストと刃を交えたあの少年。正直彼は貴族の出身では無い気がする。もともとああいう立ち位置で生きるために用意された人間のように見えた。

 だがドラグと話をしたあの男は間違いなく貴族だ。立ち振る舞いや言葉、流暢なクイーンズイングリッシュは生まれ育った環境により培ったものだろう。

 どう見ても何もできなさそうなちゃらんぽらんな男に見えたというのに。そこら中で人が死んでいく中ニコニコと笑って、次に何をするのか全く予想できない不気味さ。ドラグが攻撃を仕掛けなかったのはそのためだ。ハーヴェストや他の仲間たちを守りきれる自信がなかったからだ。


「兄貴、そもそも月の女神の涙って何なんだ?」


 とんでもないお宝があるから、と襲撃はしたものの。行く前からドラグはあまり楽しそうではなかった。部下に怪しい動きの奴がいた為、真相を明らかにするために話にのってやっただけらしい。


「詳細はわかってない。どこ発祥でどんなものなのかも具体的には誰もわからないんだよ。だから宝石だとか、女がつける装飾品だとか、はたまた不思議な力を持った壺だとか。行く先々でいろんな話がある」

「それじゃあ本物だってわかんないじゃん」

「だから偽物だらけなんだよ。海賊の間じゃ、この宝の話が出たら酒の肴にしろって言われてるくらいだ。今回の貴族様はどう考えても騙されたんだろうが。そんなの子供だってわかる、本物をどうやって証明するかその手段がないんだからな。それでも信じたって事は複数の信じる要素があったからだ」

「?」


 意味がわからなかったらしくハーヴェストは不思議そうな顔をしている。 もともとハーヴェストは物心ついた時から奴隷として生きてきた。文字の読み書きもできず働くこと以外をしてこなかったので、会話の意図をくみ取って理解するのは未だに不得意である。飼い主たちの機嫌次第で簡単に死ぬような生活だったので、相手の顔色を伺うのは人一倍得意なのだが。


「これは本物ですよっていう鑑定書なんざ紙切れと一緒だ。これだけで信じるわけない。だがこれが、この国で権力のある人間が関わったとなるとどうだ?」

「貴族、じゃないか。騎士団の偉い奴とか、政治やってるやつとか?」

「そうだ。伝説の一つに月の女神の涙は海賊によって奪われて海賊が持ってるっていう話もあった。海賊を討伐したらそれらしきものを持ってた、その討伐をしたのがこの国で英雄みたいに有名なやつだったとしたら。疑いようもないし、疑う事は死を意味するくらいとんでもないやつだったら買わざるを得ない」


 つまり大喜びで買ったのではなく、買わなければいけない状況に追い詰められていたということだ。買ってしまったのならお披露目をしないわけにはいかない。相手を侮辱することになるからだ。


「貴族ってめんどくさいね」

「一番人間らしい人間じゃねえか。欲望で生きて、忖度に縛られて自分の首がしまっていくんだからな」

「阿呆臭い」


 二人の話を聞いていた副船長のダイニーも同感だとケラケラ笑う。


「で、お頭。このままのんびり港町で暮らすわけでもないんでしょう。どうするんですか」

「そうだなあ。今この三人だから言っちまうと、多分もう二、三匹ネズミが潜り込んでそうなんだよな」


 新しく船に乗せた者たちはパーティで殺された四人とあの三人だけ。それはつまり、仲間の中に正真正銘の裏切り者がいるということになる。しかも海賊ともなれば人質にするような家族もいないし、多少脅されたくらいではいうことを聞かない。


「仲間を疑わなきゃいけないのは心が痛みますなぁ」

「ダイニーの兄貴、すごい棒読み」


 ハーヴェストから突っ込まれてダイニーは再びおかしそうに笑う。


「俺たちは悪党だが、狭い船内で何ヶ月も海を渡り歩いてるから規律は絶対だ。一人のくしゃみが大嵐を生みかねないからな。だからこそ」


 裏切り者には、死よりも辛い制裁を。


 海賊の掟だ。それすらも恐れていないということは、自分たちは絶対に助かるという確約があるから。庇ってくれるあてがあるのだ。あると思い込んでいる、と言った方が正しいが。


「つい最近、この国では海賊狩りっつう遊びが流行ってるらしい。ハンティングしてるのはこの国屈指の戦士たちだって話だ」


 引っかかる言い方に、ハーヴェストは疑問を口にする。


「流行ってるってどういうこと? そんなにたくさん海賊が死んでるの?」

「沈められた船はまあまあな数だ。方々の港町に降りると噂話で持ちきりだからな」

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