シャイル 3
本当に今回の黒幕に能力を買われて小飼になっているなら、もっと強くて頭の良い奴が来るはずだ。念のため周囲を警戒するが他のものがいる気配は無い。完全にただの捨て駒のようだ。
「どうせ本名なんて名乗ってないだろうし、たいした情報なんてないだろうけど。一応聞いておくか」
怒りに染まりながら襲いかかってくる男の太ももに、もともと持っていた剣を突き刺した。
「がああ!」
「さて、実践は初めてだな」
「な、なにが!?」
ようやくシャイルが只者ではないと気づいた海賊が慌て始める。しかし目をつぶされ、足も大怪我をして逃げることができない。何とか時間稼ぎに会話をしようとしているらしい。
「オニイチャンから教わった、『どうか知ってることを全部しゃべらせてくださいって泣きながらお願いしてきてくれる拷問方法』だよ」
ナイフを、くるくると手の中で回しながら。世間話でもするかのようにあっさりと言い放った。
適当にぶらぶらと歩いて帰る頃には夕方だった。屋敷に戻ると極上の笑顔のマルセルが待っていた。こういう顔の時は大体ろくなことを言わないしろくなことが起きていない。
「海賊が三人ほど、画家の創作意欲を掻き立てるような有り様で見つかった」
「例えがわかりにくい」
「丸焼きと、磔と、串刺しだよ。ヒマだったから見に行ったら凄い顔してたよ。全員生きてるうちにやられたんだろうね」
「俺じゃないからな」
「二人はね。でも串刺しになってた奴の拷問はシャイルだろ? 僕が教えた方法の痕跡が残ってたから。片目が潰れてた、ナイフでも投げたんだろうどうせ」
つまり自分が情報を聞き出すために拷問した後、別の者に始末されたということだ。泳がせて様子を見ようと思ったから生かしておいたのだが。今はどこかに隠れているであろう海賊。目立つことは避けたいはずだ、やったのは海賊ではない。
「あーあ、これじゃあ裏の奴らは僕らがやったって誤解しちゃうね。あの拷問方法をやってるのうちだけだし、殺し方が普通じゃない。こんな派手な事して何考えてるんだって思っただろうなあ」
「後始末して来いってことか」
確かに濡れ衣を着せられている中であの動きは迂闊だったかもしれない。今回珍しくそのことまで考えずに行動してしまった。
――多少、苛ついていたからかもしれない。
「後始末は僕の仕事だからいいんだけど。面白そうだからこのまま今回は君が派手に動いてよ。大々的に悪の貴族の弟様だぞ~って、お披露目といこう」
「わかった」
「で? 無駄にフラフラしてたわけじゃないんだろう。わかったことを聞こうか」
「それに答える前に教えて欲しい。月の女神の涙って結局何なんだ、宝としか聞いてない」
その言葉にマルセルは軽く肩をすくめる。
「僕も知らないよ、なんたって伝説の宝だ。僕だけじゃなくて見たことがある人は誰もいないんだから今回面白いなって思ったんだ。それを手に入れたってはしゃいでた男は、一体それがどうして『本物の』月の女神の涙だって思ったんだろう。何をもって?」
女神と言っているのだから女性の装飾品を思いつく。単純に考えればティアラ、ネックレス、指輪、イヤリングだ。
「商売をしている奴らに月の女神の話題を振ったら、口を滑らせた馬鹿が一人。宝石だって言い切ったのがいた」
宝石商の男。「どんな宝石だったのか」と聞いてきた。
「涙、って言ってるんだから宝石を商売にしてれば宝石って思うのは当たり前なんじゃないの?」
「串刺しの奴が宝の話を聞いたのが宝石屋の店員だった。この時点で宝石屋は宝の正体を確信してたってことだ。今回宝を手に入れたってはしゃいでた馬鹿。そいつが常連客だっていうのは店員に聞けばすぐにわかった。つい最近大口の取引があったっていうこともな」
この宝石商の男が、月の女神の涙として高い宝石を貴族に売ったというのは調べてすぐにわかった。店員たちが忙しく客の対応をしているときに店に忍び込んで、盗んできた書類をマルセルの前に置いた。
「ご丁寧に鑑定書を何種類も作って大事にしまってあったから持ってきた。うまく書けたやつを宝石にくっつけて馬鹿に渡したんだろう」
「なんでこういうのを後生大事に取っておくのかね。似たような手が使えるって味をしめちゃったのかな」
そう言って内容を見てみると、いかにもそれっぽいシナリオが書かれている。
月の女神の涙とは、ずっと南にある国の王家に伝わる希少な宝石。それが大航海時代を迎えて海を渡ってこちらに来ていたのだが、海賊の襲撃にあい紛失してしまったというのだ。
そのため長年月の女神の涙は海賊が持っているというのが信じられていたらしい。それを海賊を討伐した者たちが手に入れ、自分のところに売ってきたというのだ。
それさえ本物だと証明するものも何もないし、そもそもこの話自体が作り話なのは子供でもわかるというのに。買い取った男はその話を信じた。
「ここまでならあの貴族が救いようのない馬鹿だって話になるが。いくらなんでもそれじゃ無理がある」
「へえ?」
どうせ自分の中でも答えが出ているであろうに、マルセルはシャイルの話を楽しそうに聞いている。それもなんだか気に入らない。
「どう考えたって普通は疑うのにそれを買い取ったってなると。この貴族が別ルートでそれを信じ込む要素を持ってたってことだ」
「ちなみにそれはわかった?」
「この短時間じゃ無理だ。おおかた自分より地位の高い奴に丸め込まれたんだろ」
「もしくは脅されたか、だね。そろそろツイードが戻ってくるから続きを聞いてみようか」
ふふん、と楽しそうに笑うマルセル。おそらく宝石商の男に騙されたこの男がバカだったんだ、で終わっていたらこの場で殺されていただろう。そんな愚かな弟は必要ない。何か行動を起こすとその都度テストをされているようなものだ。
死と隣り合わせだというのに、それさえもあまり興味がない。こんな時でさえ全てはギャンブルと思ってしまうからだ。
ここに来る前は賭場で働かされていた。ギャンブルをして客から金を巻き上げるのが自分の役目だった。そこではどんなゲームでも、どんなに強い奴でも負けなしだった。負ければ報復として殺される。それでも死ぬのが怖いと思ったことはなかったし、結局負け知らずだった。
負けたのは、目の前にいるこの男にだけだ。